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第2話
「お、おはよ……ナオ」
むくりと起き上がったナオは俺を無視し、またさらに辺りを見回した。そして自分が下半身を剥かれていることに気付くと、光の速度で両手で股間を隠す。
「……っ、な、何だこれ……っ?」
そしてナオは俺も下半身丸出しなのに気付くと、ある一点を見て動きが止まった。それが俺の元気な息子を見ていると気付いて、乾いた笑い声を上げながら手で隠す。
するとナオは何か言いたげに口を開き、また閉じた。逸らした顔はジワジワと赤くなっていって、でもその目には涙が溜まっていくのが見える。
「あ、ごめんナオ。これには訳があって!」
俺は内心驚いた。普段は気が強いナオが、何も言わずに泣きそうになるなんて思わなかったからだ。起きたらすぐに、罵詈雑言が飛んでくると思ってたから。
「どういうことか説明しろよ……」
ナオの言葉に勢いはない。俺たちはいつの間にかここに来ていて、この部屋からは、メスイキしないと出られないらしい、と説明した。
「それらしい施設ではあるけど、ラブホとはちょっと違うし……」
「え、お前ラブホ行ったことあんのか!?」
今気になるのはそこかよ、と思ったけど俺は頷く。友達数人と興味本位で入っただけだし、ナオも誘おうと周りは言ったけど、嫌な予感がして誘わなかったんだよな。今思えば正解だったと思う。
「それより、ここから出ないと」
「はぁ!? それでお前、俺のこと……!」
「ナオも出られないと困るだろ?」
俺がそう言うと、ナオは言葉に詰まって視線を泳がせた。顔はほんのり赤いままで、小さく「信じらんねぇ」と呟いている。
「俺に任せとけ。痛くないようにはするから」
「は!? お前俺に突っ込む気か!?」
大きな目がこちらを向いた。その目はもうごまかせない程濡れている。嫌なのは分かるが、このままじゃずっとここにいる羽目になるぞと言うと、そうじゃねぇ、と力無い言葉が返ってきた。
……何がそうじゃないんだろう。早くここを出た方がいいだろうに、ナオはそうじゃないのだろうか。
「多少は俺、経験してるから、少しは楽にできるはずだ。それとも、ナオも突っ込んだ経験ありなのか?」
考えたくないけど、ナオのこの反応に俺はそう聞いてみる。どちらもタチなら、どちらがメスイキするか、すぐに話し合って決めないと。
すると、ナオの目から大粒の涙が落ちた。どうして泣くのだろう? そんなに嫌だったのか?
「背に腹はかえられないだろ? 現状突破するには妥協案で行くしか……」
「そういうことじゃねぇっつってんだろ!」
ナオは泣きながら突然叫び出す。ビックリして黙ると、袖で涙を拭ったナオは、妥協案とか言うなよ、と震えた声で言った。
「分かった、じゃあちゃんと話し合おう」
俺がそう言うと、ナオはキッとこちらを睨む。どうやら俺はまた間違えたらしい。
さっきから、ナオがどうして怒っているのか検討がつかない。そりゃあ、寝ている間に事を運ぼうとした俺が悪いんだけど。
ふと、その事について謝っていないことに気付く。俺はカッと顔が熱くなってごめん! と謝った。
「確かにナオが寝ている間にする事じゃなかった! ホントごめん!」
「そうじゃねぇよ!!」
「……え?」
俺はキョトンとしてナオを見る。視線を合わせないナオは膝を抱えてしまった。どういう事だろう? じゃあ何でナオは怒ってる?
怒ってるのは確かだ。けどいつもなら睨んで怒鳴ってくるのに、今はその半分も勢いがない。いつもと違う反応に俺は戸惑い、オロオロするだけだ。
「……もういい。イクヤ、俺の質問に答えろ」
「え、……うん」
何を間違えたのだろう? 考えてみても、思い当たるのは寝ているナオに触ったことだけだ。けど、そうじゃないって言われたしなぁ。
「お前は、ラブホを知ってるんだな?」
「うん」
「……で、男がメスイキする方法も知っていて、多少は経験あると」
「う、うん?」
ナオは俺に質問していくうちに、どんどん声音が冷めていった。……怖い。すごく怖い。ナオの身体から、怒りオーラがすごく出ているのが見えるぞ。
「誰だよ……」
「え……?」
「誰とヤッたんだよ!?」
そう言うとナオは、俺の肩を押してベッドに倒した。そのまま馬乗りされ、俺は唖然としてナオを見つめてしまう。
大きな目からボロボロと涙が零れている。けど、ナオは声は上げまいと唇を噛み締めて耐えていた。思わず「そんな顔しないでくれ」と言ったら、誰のせいだと怒鳴られる。
「答えろ! 誰とヤッた!?」
このままじゃ埒が明かない、と俺は正直に話すことにした。答えないとナオはもっと怒りそうだし。
「えっと……マッチングした相手……?」
するとナオは顔をぐしゃぐしゃにして、今度こそ声を上げて泣いてしまった。かわいい顔が台無しだ、と思って頬を撫でると、乱暴に叩かれる。
「な、ナオ?」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
ナオがそう叫んだかと思ったら、ガチッと音がして歯が当たった。そのあとも、ぎこちない……というか、明らかに唇を押し付けるだけのキスをされる。え、なにこの柔らかさ。同じ人間の唇とは思えないんだけど。
「ふ……っ、う、……ううっ」
パタパタパタ、と上から水滴が落ちてきた。ナオは唇を離し、俺の上で泣いている。何で? どうして?
「ナオ、どうして泣いてる? 俺とするのが嫌だったか?」
「ああそうだよ嫌だよ! どう足掻いたってお前の初めて奪えないじゃないか!」
「……は?」
俺の上でぐすぐすと泣くナオは、子供のように両手で涙を拭いながら叫ぶ。ちょっと待て、俺の初めてを奪えないって、……俺の初めてを奪えないって事か?
あまりの衝撃の大きさに、思考が変にループする。ナオは俺を嫌っていて、初めてを奪うつもりだった? 俺は、それほど嫌がらせをしたい相手だったと言うのか。
「何で童貞捨てたんだよ!?」
「何でって……性欲の発散?」
マッチングで出会ったひととは、一夜限りの関係だ。それも数ヶ月前、ナオへの欲情が止まらず、どうにもできなくて相手を探した。相手は初めての俺を優しくリードしてくれたし、途中でナオの名前を呼んでも、広い心で包んでくれた。そして、「今日みたいに、ナオくんにしてあげられる日が来るといいね」と笑って去っていったのだ。とても感謝している。
けど、これは俺を嫌っているナオには要らない情報だろう。だからそれは言わない。
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