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プロローグ 1
リビングのソファに力なく座る男の、はだけたシャツに手を掛ける。
「わっ……」
あまりの重症に思わず声が漏れた。脇腹やみぞおちの赤黒い痣は、血の気を感じさせない青白い肌の上で、より一層ひどい怪我だと感じさせた。
うっ血している肋骨のあたりになぞるように優しく触れる。酷く冷たく、まるで真冬の冷え切った外気にさらされたあとのようだった。
「……折れては、なさそう」
そう声に出しながらも、どうしてもその違和感に戸惑いを隠せなかった。
普通の人間ならば活動できるような体温で無い気がする。
それとも、普段飲酒しない俺が久々に酒を飲んだせいで感覚が狂っているのか?
そんなことは無いとわかっていつつも、怪我の具合を確かめながら思考がぐるぐると巡る。
彼の肌の白さは、人種の違いや様々な要因もあるのだろうと理解できたが、夜とはいえ初夏の気温のなかでこの体温はどうも説明がつかないものだった。
先程までの出来事も相まって疑問が次々と浮かんでくる。
この人はいったい何者なんだろう?
「気にしなくても、放っておけば治る」
男は気だるげに俺のことを見下ろし、そう低い声で力なくつぶやく。
全身酷く攻撃されて痣だらけだというのに、放って置くなんて、できるわけがなかった。
「あんなに酷く殴られてたんですよ、もしもの事があってからじゃ遅い!」
外傷だけならいい。最悪、内臓への影響がないとも限らない。
体の怪我の具合は素人目にもかなり酷かったが、幸いにも骨折などはしていなさそうだった。
腫れが引くように湿布を貼って包帯でしっかり止める。
男は、諦めたように、ただされるがままだった。じっと、なにか思考を巡らせているようにも見えた。
一通り胴体への手当てを終えて、腕や肩、首を確かめて、そして顔を見る。
容赦なく殴られた頬は、腹部同様赤くなり、目の上が切れて流れた血の跡がついていた。傷跡に痛々しさを感じつつ、それでもなお綺麗なその顔立ちについ目が奪われる。
色白な肌に真っ黒な、ゆるく癖のついた黒髪。彫りが深く、遠くを見るような深い青色の瞳。アンニュイな雰囲気は、あまりにも俺のタイプでつい見とれてしまう。
「どうした……?」
顔をみたままフリーズする俺を、彼は不思議そうに見つめる。
「い、いえ……血出ちゃってますね、ちょっとまっててください」
気を取り直し、洗面所へ向かいタオルを取ると、蛇口からお湯を出し濡らす。
お湯の温かさを感じながら、より疑問が強くなった。
先ほど触れた彼の、あの体温の低さは異常だ。それに、なぜ男たちに追われていたのだろう……。
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