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ぐったりとしているその人を放って置くことも出来ず、手当ての為に自宅に連れてきた。
リビングのソファに力なく座る彼の、はだけたシャツに手を掛ける。
「わっ……」
あまりの重症に思わず声が漏れた。脇腹やみぞおちの赤黒い痣は、血の気を感じさせない青白い肌の上で、より一層ひどい怪我だと思わせた。
うっ血している肋骨のあたりになぞるように優しく触れる。酷く冷たく、まるで真冬の冷え切った外気に晒された後のようだった。
「……折れては、なさそう」
そう声に出しながらも、どうしてもその違和感に戸惑いを隠せなかった。
「気にしなくても、放って置けば治る」
男は気だるげに俺のことを見下ろし、そう低い声で力なくつぶやく。
「あんなに酷く殴られてたんですよ、もしもの事があってからじゃ遅い!」
外傷だけならいい。最悪、内臓への影響がないとも限らない。
体の怪我の具合は素人目にもかなり酷かったが、幸いにも骨折などはしていなさそうだった。
腫れが引くように湿布を貼って包帯でしっかり止める。
男は、諦めたように、ただされるがままだった。じっと、なにか思考を巡らせているようにも見えた。
一通り胴体への手当てを終えて、腕や肩、首を確かめて、そして顔を見る。
容赦なく殴られた頬は、腹部同様赤くなり、目の上が切れて流れた血の跡がついていた。傷跡に痛々しさを感じつつ、それでもなお綺麗なその顔立ちについ目が奪われた。
「どうした……?」
顔をみたままフリーズする俺を、彼は不思議そうに見つめる。
「い、いえ……血出ちゃってますね、ちょっとまっててください」
気を取り直し、洗面所へ向かいタオルを取ると、蛇口からお湯を出し濡らした。
お湯の温かさを感じながら、より疑問が強くなった。
先ほど触れた彼の、あの体温の低さは異常だ。それに、なぜ男たちに追われていたのだろう……。
しかし、一人で逡巡しても答えがわかるわけでもなく、今はとりあえず目の前のことに集中することにした。
お湯を止めてタオルを絞る。
リビングに戻ると男は力なくソファに体を預けていた。
俺の足音に気づくと座り直し、ぼんやりと視線をこちらに向けた。
「おまたせ。染みたらごめんなさい」
隣に腰掛け、彼の顔の乾いた血を優しく拭き取っていった。
温いタオルと比べると、よりその肌の冷たさが際立った。
「そういえば……」
本当に人間なのだろうかと意味のわからないことが頭に浮かび、その思考をかき消すように話しかけた。
「俺は玲央。渡辺玲央 っていいます……よかったら名前、教えてくれませんか?」
今更ながらそう自己紹介して、彼の反応を伺う。
彼の闇に沈むような青い瞳が俺を映す。
「エヴァンだ」
特に表情を変えずに、彼、エヴァンはそう名前を口にした。
正直教えてもらえるとは思っていなかったから内心ほっとした。
「エヴァンさんか……よろしく、おねがいします。傷口消毒しますね」
どこか違和感を感じる部分があるとはいえ、日本語も通じるようで、コミニュケーションが取れるならどうにかなるだろうと、謎の自信を感じながら手当てを続けた。
上まぶたの傷口をアルコールで消毒し、絆創膏を貼る。殴られた頬もまた痛々しい色で痣になっていた。ポリ袋に氷を詰めてタオルで包んで渡すと、彼は素直に頬を冷やした。
最低限の応急処置を済ませ、俺はエヴァンを寝室へ案内した。
「ソファで構わない」
そういうエヴァンの腕を引いて、俺のベッドを貸すことにした。
「こんな大怪我してるのに、あんなとこで寝させられないですよ!」
「これくらい、大したことはない」
「大したことあります! 俺がソファで寝るんで、なにかあったら声かけてください。明日は念の為、病院行きましょうね?」
引かない俺にエヴァンは渋々従った。
彼が横になったのを確認したあと、救急セットを片付け、深夜2時を過ぎた頃やっと落ち着けた。
あまりも現実離れした出来事に、かなり戸惑っていた。
謎の男達に追われるエヴァン。
彼の異様に白い肌や冷たい体。
彼の纏う独特の雰囲気は怖くもあり、一方ですごく魅力的だった……。
見ず知らずの男を家に上げている不安もあったが、どこかわくわくしている自分もいた。
ソファに横になり体を預けると、すぐにまぶたが重くなり、そのまま眠りについた。
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