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翌朝。スマホのアラームで目が覚めた。
時計を見るとまだ、朝8時で、昨夜はお酒を飲んでいた上に遅くに眠りについたのもあって体はだるくて仕方なかった。
ソファの上で寝返りをうち、しばらくぼうっとしていた。
背もたれにかけられたままのグレーのトレンチコートが目に入る。そのコートは、自分のものではなく昨夜出会った男、エヴァンのものだ。
夢じゃないのだと改めて思い知らされる。
なりゆきで泊めることになったとはいえ、ずいぶん大胆なことをしてしまったと思う。酒が入っていたせいで、あんな怖そうな集団の中に飛び出して助け出すなんて。
たしかにエヴァンはとても魅力的で、あの深い青色の瞳を思い起こすと胸が高鳴った。
深く息を吐いて、体を起こした。
カーテンを開けると、日の光に目が眩む。
キッチンに行き水を飲んで、彼にも持っていこうとペットボトルの水を持ち、寝室へ向かった。
淡い光がカーテンの隙間から漏れる中で、彼はまだ眠っていた。
慣れ親しんだ自分の部屋に、見ず知らずの男が眠っている光景に不思議な気持ちになる。
ベッドに近づき、横向きになって眠るエヴァンの黒髪をすくい、頬の怪我の様子を伺う。
「えっ、なんで……」
思わず声が出てしまい、それに反応して彼が目を覚ました。
昨夜、とはいえほんの6時間ほど前まであったはずの、エヴァンの頬の赤い痣が見る影もなく消えていた。
驚きを隠せずにいる俺を見て、エヴァンは目を伏せた。
「き、傷が……」
確かに見たはずだった。
血を拭ったのも覚えているし、彼が殴られる瞬間でさえ見ていた。
困惑し固まる俺を見て、エヴァンはゆっくりと体を起こした。
痛みに呻くこともなく、ただ少し気だるげに。
「手当てに……いろいろと、気遣い感謝する」
低く掠れた声でいうと、そのままエヴァンはベッドから出ようとした。
「ま、まだ休んでても」
そう言いつつも内心は驚きと恐怖がにじみ出てきていた。
少なくとも全治数週間の怪我だった。
そんな傷がほんの数時間で消えるわけない。
それなのに、にわかに信じられないが、たった一晩で回復したようだった。
エヴァンは、暗い表情で目を逸らした。
「これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない」
彼はベッドから出ると、その足でまっすぐ玄関へ向かった。
道中のリビングでコートを拾い袖に腕を通す。
後を追いながら引き止めることも、できずにいた。
思えばこんな初夏にトレンチコートを羽織っているのも違和感があった。
「すべて夢だと思って忘れてくれ、それが一番いい」
俺を見下ろすエヴァンの青い瞳は、相変わらず遠くを見るようで。硬い表情も相まって寂しさを感じさせる。
それに加えて、あえて俺を直視しないようにしているようなもどかしさがあった。
彼はそのままよく足に馴染んでいそうな黒い革靴を履き、玄関の扉に手をかける。
振り返ること無く、出ていくその背中を目で追い、俺はただ立ち尽くしていた。
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