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戻せない時間【1】

「離せ」 「何緊張してるの」 「してない」 「君、表情が乏しいけど分かりやすいよね」 手首を強く引くと未発達な体は簡単に前のめりになる。 もしかして、恥ずかしい? でもさ、こんな事大したことないだろ? 耳殻に唇を寄せ囁くと面白いほど表情を変えた。 白い頬が赤くなり白目まで色を染めた。 拘束していた手首から掌へ指をすべらせ強張っていた指を解し恋人のように五指を絡める。 重なった掌がやたら熱い。 「こっちの方が良いかな」 人の波を泳ぐようにして移動し食堂の一階の奥、木製のドアとコンビニエンスストアの様なガラス張りの売店が見えたとき、彼は我慢の限界だといわんばかりの勢いで海輝の手を振り払った。 ロビー中央を過ぎれば、二階三階へ移動する利用者の集団から外れ、もう手をつなぐ必要などない。

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