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戻せない時間【5】

最後に過ごしたのは、去年の夏だ。 彼は小学生だった。 あと二月で、一年が経つ。 あの夏休みが何だか随分と昔の事のように思える。 懐かしいと思う程、甘い思い出ではない。 生々しく開いた傷口がそこにある。 自身を慕う子供を海輝は笑って裏切った。 彼は信頼していた相手から地獄に突き落とされ、己の心を殺してでも守ろうとした大切なものを失った。 記憶の中の彼と目の前の彼が重なっていく。 意志の強そうな漆黒の瞳と、滅多なことでは緩まない固く結ばれた桜色の唇。 極上の手触りの柔らかな漆黒の髪、赤ん坊の様な滑らかな肌。 性格を表したかのように、真っ直ぐに伸びた背筋。 涼し気に整った容姿。 雨後の菖蒲を思わせる清らかさ。 相変わらず年齢にそぐわない大人びた眼差し。 綺麗な子だと改めて思った。

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