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サウンド・オブ・サイレンス 3

 新幹線が名古屋駅を出ると、雨が止んで薄日が射してきた。  浅い眠りのなかで、学生時代を思い出す。鎌田は大学のボート部に所属していた。ボート部が大学対抗のレガッタへ向けて練習する風景を、真理は大学の途中の川べりの道で見た。  あるとき川の土手で、数人の生徒がボート部を見学していた。生徒のひとりが同じゼミの実流だということに、真理は気づいた。  実流は親友の鎌田の練習を見に、川べりへ来ていた。ゼミでも実流の視線はつねに鎌田を追っていたが、鎌田が実流と視線を合わせると、実流は軽く目を逸らす。真理は実流の目線が気になって仕方なかった。細くて中性的な実流の顔と相まって、真理には、実流が初めて恋に落ちた少女のように見えた。  ゼミの打ち上げで居酒屋へ行った。実流は酒に弱いようで、ビールをコップ一杯空けると、うとうとと眠り始めた。 「寝かせておこうぜ」  鎌田は座敷の隅に実流を転がすと、教授を囲んで酒を飲み始めた。ぽつんと寝かされた実流の寝顔のあどけなさを見て、真理は実流を放っておけなくなった。眠り続ける実流のとなりに座って、黙々とビールを呷る。 「……鎌田……?」  真理の膝に手をかけて、実流がぼんやりと目を開けた。 「鎌田はいないよ」  ビールのグラスを手に、真理が実流を見下ろす。 「鎌田は止めておけ」  膝にかけた手が凍りつく。脅えた表情で、実流が目の焦点を真理に合わせる。 「落ち着け。俺からは何も言わないから」  真理は自分の膝から逃げようとする手を掴んだ。冷えた指先を握り込む。 「誰にも言わないでくれないか」 「約束する」  真理は実流の指を離さなかった。実流が諦めたようにふたたび真理の膝に手をかける。 「僕は男が好きなわけじゃない。ただ、いっときの憧れだと思うんだ」  実流が頭を床に下ろす。 「大学を卒業すれば、きっと忘れる……それまで、僕は見ているだけでいい。でも、そんなに露骨だったのかな」 「俺にバレるくらいには」 「……じゃあ、見ないようにする」  真理は実流がこのままでいいのではないかと思った。実流の視線の意味など誰も気づいていない。居酒屋の座敷の片隅で男同士が手を繋いでいても、気づく者は誰もいない。  真理はすこし温まった指から手を離すと、実流の手の甲を軽く叩いた。 「苦しい恋なんて、するな」  実流の顔に、淡くすさんだ笑みが滲んだ。 「……そうだね……」  実流の手が離れていく。真理はこの瞬間、実流の存在が自分の胸に落ちてきたことに気づいた。

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