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第1話

××× やや伏せた双眸。 窶れたような顔つき。 ダイニングテーブルに向かい合って食事を摂るアゲハの顔色が、何となく優れない。 入院中、見舞いに来ていた頃のアゲハは明るく、全然そんな素振りを見せなかったから……つい、忘れてしまいそうになる。 「……」 僕のせいだ…… 何となく居心地の悪さを感じ、目を伏せる。 箸と茶碗を手にしてはいるけれど、とても食事を摂る気にはなれそうにない。 「……どうかした?」 「え……」 驚いて視線を上げれば、口の両端を綺麗に持ち上げ、明るい表情を浮かべたアゲハが優しく微笑む。 「箸が進んでないよ」 「……」 「ほら、早く食べないと遅刻しちゃうよ」 そう言いながら、小鉢に盛られた金平牛蒡を箸で摘まむ。 「……」 「んっ。これ懐かしいなぁ! おばあちゃんが作ってくれた味によく似てるよ」 見開いた大きな目を輝かせながら、咀嚼をする。 きっと、アゲハなりに空気を変えようとしたんだろう。 昔からそうだ。 母の発する負のオーラを察知したアゲハは、屈託のない笑顔を向けながら母の喜びそうな話題を振る。例えそれが、好ましくない話題だったとしても。 「……」 美味しそうに食べるその表情(かお)も、僕を気遣う為の演技(うそ)なのだろうか。 ごくん、と飲み下す度に動く首元の傷跡が、痛々しくて見ていられない。 スル…… 突然辺りを覆いつくす闇。 アゲハの肩口からゆっくりと現れたのは──刃渡り10センチのバタフライナイフ。 その刃先が鋭く光り、咀嚼するアゲハの首元にピタリと押し当てられる。 「──ッ!」 思わずギュッと目を瞑る。 顔面に飛び散る鮮血。生温かい感触。鉄の匂い── 震える指先。 あの時の惨劇が、今も鮮明に蘇って僕を苦しめる。 「………大丈夫だよ、さくら」 アゲハの柔らかな声。 その刹那──眩いほどの光が射し込み、ひらひらと優雅に舞うアゲハ蝶の姿が瞼の裏に映る。 「さくらには、お兄ちゃんがついてるからね」 「……」 そっと瞼を持ち上げれば、伏せ目がちながら穏やかな表情をしたアゲハが、のんびりと朝食を摂っていた。 『では、次のニュースです』──付けっぱなしのテレビから、原稿を読み上げる女性アナウンサーの声が聞こえる。 事件の後──首に包帯を巻いたアゲハが、集まった報道陣の前で頭を下げ、謝罪するシーンがニュースで流れていたのを思い出す。 ……もし、アゲハが芸能人じゃなかったら…… 「……」 首元に残る傷跡が視界に映る度に思う。 今度は僕が……アゲハの望みを叶える番なんじゃないかって。

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