2 / 44
第2話
厚手のカーテンを閉め、ウォールハンガーに掛かった制服に着替える。
退院後。アゲハの住むこのマンションに身を移し、住所変更等の手続き、学区内の中学校への転入……と、それなりに慌ただしい日々を過ごしていた。でも二週間もすれば、何となく今の生活に順応している事に気付かされる。
あんなに酷い環境にいたのに。まるでそれが無かったかのような、平穏な日々。きっとこれが、世間一般でいう平凡で退屈な毎日なんだろう。
別に、今の生活を壊したいとは思わない。
だけど竜一のいない毎日は、僕にとって何の価値もない。息を吸って吐いて、ただ只管に目の前の作業をこなすだけの、生きた屍でしかない。
カーテンを開け、柔らかな眩い朝日を部屋に取り込む。射し込んだ光の先にある、腰ほどの高さの白いチェスト。一番下の引き出しを開け、奥に潜んでいるジュエリーボックスを引っ張り出す。
パカッと蓋を開ければ──そこには竜一とお揃いの、十字架のピアス。
『これを付けて、いつも竜一を感じてたい。会えない日も、竜一が傍にいるんだって思えたら……きっと、淋しくない』──病院で意識が戻った時、竜一にこのピアスを見せながらそう口走っていた。
『なら、大丈夫だな』──返ってきたのは、予想に反して突き放すような台詞。
──どうして、あんな事言ってしまったんだろう。
もっと素直に、もう竜一と離れたくないと言ってしまえれば良かった。
半年もの間、半グレ集団に囚われていた僕は、解放されたら元の生活に戻れるものだと思っていた。
あの時住んでいたアパートじゃなくても、新たに竜一の用意してくれたアパートに移り住み、彼の帰りを待つ……幸せな日々に。
『嫌だろうけど……これからは、俺のいる所で会って貰う。その方が、何とでも言い訳が立つからね』──それを邪魔したのが、アゲハ。
若葉の支配下にいたのもあるんだろうけど。若葉が強く提唱する“兄弟仲良く”を実現する為の第一歩──アゲハのマンションに移り住み、共同生活をする条件と引き換えに、僕達兄弟の身の安全を保障して貰っていた。
僕の知らない所で。勝手に。竜一とも話をつけて。
アゲハが一緒なら会える。
そう思ったから、全てを飲み込んで了承したというのに。あの日以降──まだ竜一とは一度も会えていない。
考えてみれば、忙しい竜一とアゲハの都合が合う日なんてあるんだろうか。
結局、半グレ集団に囚われていた頃と、あまり変わらないんじゃないだろうか。
「……」
そっと目を瞑り、両手で箱を包み込みながら、祈るように胸の前に当てる。
『似合わねぇな』──拙いながら、竜一と半同棲を始めた去年の春。
ピアスを僕の耳朶の前にかざし、ニヒルな笑顔を浮かべる竜一。その逞しい腕に抱き寄せられ、甘えるように寄り掛かった時の温もりが思い出され、空っぽの身体が切なく震えた。
ともだちにシェアしよう!

