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第3話 牽制と踏み台
×××
おっはよー
やだ、何それ。可愛いじゃん!
……キャハハハッ、
下駄箱に靴を仕舞う僕の背後を、愉しそうにお喋りをしながら通り過ぎていく女子集団。僕には無縁だった平穏な日常を、一寸違 う事無く過ごしてきたんだろう。
別に、羨ましいとは思わない。
今まで僕が経験してきた悪夢のような出来事を、卑下したくもない。
もしそんな風に思ってしまったら、僕に手を差し伸べてくれた人達に申し訳が立たないし……何より、僕自身が救われないから。
「……」
首に巻いた白いマフラーを引き上げ、口元を隠すと、静かに息を吐く。
3階に上がり、ひんやりとした廊下を歩きながら教室へと向かう。
パラパラと廊下にいる生徒達。僕が近くを通っても、誰も気に留めたりはしない。
引き戸の取っ手に指を掛け、ガラッと開ける。と、廊下まで響いていた賑やかな声が、一層騒がしく聞こえた。
「……」
誰も僕を遠巻きにしない。敵意を剥き出したりもしない。
アゲハの弟だとか、ホモだとか、犯罪者だとか……好奇な目で見られる事が多かったから。だから、学校が変わったってだけで……こんなにも世界が変わるなんて。
ざわざわとざわめく中、窓際一番後ろの自席へと向かう。カバンを机の横に掛け、脱いだ上着を椅子の背に掛ける。
窓の隙間から流れ込む、ひんやりとした外気。冷たい椅子に腰を掛け、マフラーを外し倦ねながら窓の外に目をやれば、薄い水色の絵の具を塗り広げたような空が見えた。
「……」
澄み切った空に浮かぶ薄雲は、何処か儚げで……いつか見た空に似てる。
……そうだ。
僕がコブラのアジトに閉じ込められていた時──箱庭と呼ばれる二階の窓から、竜一と隠れて暮らした向かいのアパートを眺めていた時の空だ。
「……」
本当にここは、現実なんだろうか……。ふと、そんな錯覚に陥る。
何事もなく平穏な日常──もしかしたら、いま見ているものが全てが夢で。僕が心の奥底から望んでいた幻想を、見せられているだけなんじゃないか。
でも……だとしたら。
どうしてこの世界でも、竜一に逢えないんだろう。
……逢いたい。
逢いたいよ、竜一。
そっと左手の手首に触れ、内側にある傷に触れる。
もう一度ここに傷を付けたら……この長い長い夢が醒め、現実世界の竜一に逢えるんだろうか……
「──綺麗な、空だね」
突然の声に驚き、ハッと我に返る。
「僕も、好きなんだ。空見るの」
そう言って僕の机の端に手を付き、そこから窓の外を見上げる。
「……」
細い毛先が柔らかな朝陽に溶け、髪や長い睫毛が白金色に光る。整った横顔。童顔で大きな瞳ながら、空を見据えたその目から、意思の強さを感じた。
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