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哀歌 23 side奏多
その日の練習では、凪は驚くほど積極的だった。
普段は、自分のパートに関しては控えめに意見を出すものの、俺たち3人があれこれ言ってても黙って聞いてるだけだったのに、今日は自分から曲のテンポやアレンジについて意見を出してきて。
休憩の間にはギターの練習してて。
そんな凪の熱量に押し上げられて、俺たち3人も自然に力が入って。
スタジオが借りれるギリギリの時間まで、集中して練習した。
「それじゃ、お疲れー!」
練習が終わり、駅で夏生と賢吾が俺と凪に手を振る。
本当は俺も二人と同じ方向の電車なんだけど、俺がいつも凪を送っていくから、最近はここで別れることが殆どで。
でも、今日は送っていいのかもわからなくて。
「…奏多?帰んないの?」
その場に立ち竦んでる俺に、凪が不思議そうに声をかけた。
「帰る…けど…」
いいのか…?
思わず、視線だけで訊ねると。
「…じゃあ、送ってよ。いつもみたいに」
凪はふわりと微笑んだ。
「いいのか?」
「何をいまさら。いつもいらないって言ってんのに、無理やり送ってくれるの、奏多じゃん」
「む、無理やりって!嫌なら、別にっ…」
「ほら、帰るよ」
そうして、俺の腕を掴んで、ぐいっと強く引っ張る。
凪の手が触れた部分が
チリッと熱を持った
結局、いつもの方向の電車に二人で乗り。
車内で今日の練習の反省や今後の方向性なんかを、また熱く語り合って。
電車を降り、話を続けながら凪のマンションに向かって歩いていた時。
「…ねぇ、奏多」
不意に、凪が足を止めた。
「ん?」
釣られて足を止めると、凪はひどく真剣な眼差しで俺を見上げてくる。
ドキッと、心臓が跳ねた。
「…俺、今はまだ、奏多と同じ気持ちにはなれない。ごめん」
なんの前触れもなく、そう言われて。
今度は心臓がギューッと掴まれたみたいに痛む。
「…うん…え?」
でも、凪の言葉を頭の中で反芻して。
それに気が付いた。
今、なんて言った…?
今はまだ、って言ったか…?
「でも」
呆然と立ち竦む俺に、なぜか困ったように眉を下げて。
「俺は、奏多の隣にいたい。奏多と音楽一緒にやりたい。奏多の側が、すごく心地良いから…ごめんね…こんなのズルいって、わかってるんだけど…」
小さな声でそう言うと、苦しそうに目を伏せる。
「もし、奏多がそんなんじゃ嫌だって言うなら…」
「いいよ、それで」
そうして続けようとした言葉を、遮った。
それでいい
今はそれだけでいい
わざわざ『今は』って言ってくれるってことは
これからのこと
少し期待してもいい、ってことだよな?
だったら今はそれでいいんだ
少しずつ
少しずつでいいから…
「ごめんね…でも、ちゃんと覚えてるよ。奏多の気持ち。絶対、忘れないから」
凪はそう言いながら、落としていた視線をおずおずと上げ。
ぎゅっと握った拳を、自分の胸に当てる。
「…おう」
俺の一方的な告白をちゃんと受け取ってくれたことが嬉しくて、笑顔で頷くと。
凪も安心したように笑みを浮かべた。
「ねぇ、ラーメン食べにいかない?俺、お腹減っちゃった」
そうして、唐突に明るい声で話題を変える。
「え?いや、もうすぐ家に着くじゃん。なんかコンビニで買って、家で食べたら?」
もう遅い時間だしと、目の前に見えてるコンビニの看板を指差すと、不服そうに頬を膨らませて。
「いいじゃん、たまには。美味しそうなラーメン屋さん、駅前で見つけたんだ」
「駅前まで戻んの!?」
「大丈夫。奏多でも払えそうなリーズナブルなラーメンだったから」
「また貧乏イジりかよ!ラーメン代くらい、普通に出せるわ!」
「そう?じゃあ、行くよ」
「って!ちょっと待てよ!」
楽しそうに笑いながら、今来た道を戻っていく凪の背中を。
俺は慌てて追いかけた。
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