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哀歌 22 side奏多

「ねぇ、凪ってまだ具合悪いの?もうとっくに退院したんだよね?」 退屈そうにスネアをポンポンと叩きながら、夏生が俺に聞いてきた。 「さぁな」 「さぁなって、どういうこと?まさか奏多、連絡とってないの?なんで!?」 「えええっ!?あんなにいつも、凪凪凪凪言ってる奏多が!?」 夏生と賢吾のびっくりした顔に、なんだかちょっとムッとする。 「別に…そんなに、言ってねぇし…」 「いや、言ってる」 「そうだよ!奏多の頭ん中って、凪しかいないじゃん!」 「そんなことは…」 「「あるっ!!」」 ない、って言いかけたのを、揃った声で遮られて。 思わず、言葉に詰まった。 「どうしたの?喧嘩でもした!?」 「違う」 「ちょっと、やめてくれよ〜。凪にバンド辞められたら、来月のライブどうすんのさ〜」 違うって言ってんのに、賢吾は心底不安そうにベースを掻き鳴らす。 凪がバンドを辞める…? 「…いや、ありえるな…」 「は!?なにが!?」 「凪…もう、来ないかも…」 「「えええっ!?」」 あの時は誉先生に唆されてあんなこと言ったけど 凪がまだ斎藤伊織を忘れられないのはわかってるし この先忘れることもないだろうし それなのに俺、あんな重たいこと言っちゃって… もう俺に会いたくないって思っても おかしくないかも……… 「なになに!?凪になにしたの!?」 「ちょっと!さっさと凪に謝って来いよ!どうせ奏多が悪いんだろ!?」 「いや、でも…」 「なぁに?俺が、なんだって?」 二人に責められて、口籠ったその時。 不意に割り込んできた、澄んだアルトの声。 「「凪っ!!」」 夏生と賢吾の叫び声を聞きながら振り向くと、スタジオの入り口に凪が立ってた。 「凪ーっ!よかったー!」 賢吾がベースを放り出して、ダッシュで凪の元へ駆け寄り、ガバっと抱き着く。 「辞めちゃうのかと思ったよーっ!」 「え?なに?辞めちゃうって、なんの話?」 「バンドだよ。奏多と喧嘩して、凪が辞めるっていうから…」 「えぇぇ?なんでそんな話になってんの?」 凪は、賢吾に抱き着かれたまま、夏生のホッとした表情に眉を顰めて。 説明を求めるように俺の顔を見た。 けど、俺は金縛りにあったみたいにその場に立ち尽くすことしか出来なくて。 ただ呆然と見返すだけの姿になにかを察したのか、小さく息を吐くと、賢吾の背中を宥めるようにポンと叩く。 「奏多と喧嘩なんてしてないし、バンドを辞めるつもりなんてないよ。俺、今みんなと音楽奏でるの、めちゃくちゃ楽しいんだけど?」 そうして、息を呑むほど鮮やかに、笑った。 「ごめんね、心配かけて。でも、もう大丈夫だから」

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