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第−1話 先生の面影

 初めて人を好きになったのは高校一年の春だった。  初めてセックスをしたのは高校一年の夏で。  初めて失恋したのは高校一年の秋、だった。  漫画や小説みたいに、タイムスリップできたらいいのに。  あー、いや、違うか。俺だけに「停止」ボタンみたいのがくっついてて、成長をそこで止められたら良いのに。けど、どこにもタイムマシンも、そんな都合の良い「停止」ボタンもあるわけなくて。  時間は止まらないし。  日常は漫画や小説みたいなご都合主義の展開にもなるわけがない。  俺も、あの頃の可愛さなんてどこにもなくなって、今は、もう――。 「はぁっ、はぁっ」  やっぱ、ダメだった。 「はぁっ」  気がついたら突き飛ばしてた。  身体が勝手に相手のこと突っぱねて。  ――舌、出して。  その言い方が違っていて「無理」になった。  そこまで押さえ込んでいた小さな「違和感」が一瞬で、「無理」って信号に変わり、全身に走った。 「は、ぁっ」  全然違う。  無理。  気がついたら拒否してた。 「はぁ? お前、また……モデルやってんだから気をつけろよなぁ」  朝、大学の最寄駅で降りると、同じ学科の山本が隣の車両に乗っていたらしく遭遇した、そして、俺の腕のあざをすぐさま見つけ、でかい声をあげる。けれどその呆れ気味なでかい声は通勤、通学、その他色々で行き交う人の音に混ざってくれて、その他大勢の雑音に変わる。 「……うっるさい」 「お前ねぇ。何、またアホしたん?」 「うるさい」 「いや、何回目よ……アホなん?」 「うっるさいっ。帰りにどっかに当たっただけだ」  俺も帰宅してシャワー浴びた時に驚いたくらい、いつどこにぶつけたのか覚えてなかった。腕にひどいアザ、直径三センチくらいだけど、紫色が濃くて、ちょっと見た目やばいくらいの鬱血。  でも本当に覚えてないんだ。  今朝も頭ガンガンしてるし。 「お前ねぇ、トイレに席立つ時はグラスを空にした?」 「……」 「グラス半分くらいで席立ったら、申し訳なくても、もったいなくても、グラスは交換。これ初対面の男とサシ飲みする時の基本ね」 「……サシ飲みってほどじゃ。それに初対面じゃない」 「また、同じ?」  その質問に、きゅっと喉奥が締まった。 「年上、六つ? だっけ?」  そうちょうど、同じ、六つ年上だった。  昨日は冬物のアパレルの撮影で、複数人だった。その中の一人。  年上で、帰国子女。英語が話せて、その英語を話す声が低くて、なんか、面影も少し似てる気がして。  色々話してたら、撮影の後飲みに行こうって誘われた。ただのレモンサワー。普通の。 「お前ね、その近場で漁るのやめとけって言ってるだろうが」 「漁ってない」 「いやいや、この前だって、年上のやっぱモデルだったじゃん」 「あれはっ」  だって、少し、髪型とか似てて。 「まぁ、そっちの業界、そっち系も多そうだし。だからこそ、お母さんは心配です」 「誰がお母さん」  背丈ならけっこうある。モデルやってるくらいだから、それなりに。けど、トップモデルってわけじゃない。どっかのファッション雑誌を飾るわけでもない。  フツーのモデル。  サッカーを今でもサークルでやってる山本と同じくらいの背丈。そこまで華奢じゃないし、そこまで体格的に中性的でもない。  ――可愛いな、志保(しほ)。  だって、キスが違う。 「とにかく、酒飲む時は気をつけろよ」  だって、触り方も違う。 「あと、手当たり次第禁止!」  けれど一番違ってるのは、きっと俺。 「してない」 「いやいや、どうみたってしてるでしょ」 「向こうから寄って、」 「ついて行ってるのがダメー。そんなふしだらな子に育てた覚えはありませんっ」 「っぷ、あはは。うちの親とキャラ真逆」 「そんなことないですわよっ」 「あははは」  先生じゃないって。そして、俺も、あの頃の華奢で可愛い高校生じゃないって、いつもひどく落胆する。  無理じゃん。  高校一年の時の面影なんてほぼない。  身長はその頃よりも十五センチは伸びた。肩だって、細くもない、腰だって、同じだ。  顔も……だな。  可愛い、からは程遠い。  もう、先生の好みからは外れまくり。  なのに、俺はあの人のことが好きで、あの人が好みで、まだそこに気持ちも身体も居座ろうとする。そこにいても置いてけぼりのまんまなのに。そこにいたって、先生が来てくれることはないのに。  だから先生の代わりを探してる。  先生にどこか似てればいいよ。別に。声とか、触り方とか、髪型とか、そんなんでいいよ。  昨日の相手はキスの時の言い方が先生と違ってて「無理」だった。  その前の人は触り方が先生と違ってたから「無理」ってなって、そのもっと前の人は、なんか強引で、先生と全然違ってて、嫌、だった。  結局、先生はいないのにね。  俺ばっかが先生のことを思って、動けずにいる。 「……はぁ」  先生じゃない人しかもういないのに、先生がいいなんて。 「……不毛」  そう呟いて、ぼんやりしながら、手が無意味にスマホを開いた。  昨日の人、連絡先とか交換してなくて良かった。っていうか、向こうも多分適当なんだろう。会ったその日に、なんてさ。 「!」  連絡先をつなげてないことを確かめていたら、メッセージが届いた。知らない名前から。 「……」  けれど、名前を登録してるってことは知り合い。それに、これって。 「……同窓会」  そんなお知らせだった。  高校生の時、一年、いや、半年くらいしかいなかった高校のクラスメイトから届いた同窓会のメッセージ。  一年生の、春から秋までしかいなかった高校。  春か秋まで。  先生を好きになって、先生とキスをして、セックスをして、別れるまでの半年間だけいた、高校からの。  ――同窓会のお知らせ。  ――皆様、いかがお過ごしでしょうか。  ――大学に進学した方、就職された方、それぞれの進路で頑張っていらっしゃることと思います。  ――同じクラスで過ごした皆様と、それぞれの境遇や思い出を語らえる場にしたいと思います。  ――当時の担任をしてくださった、桐谷(きりたに)先生にもお声がけしてます。  ――また楽しく懐かしく語らえることを願っております。 「……先生」  参加していただける場合は参加のボタンを、そんなメッセージを読みながら、指が勝手にそのボタンを、すでに押していた。  同窓会って文字よりも、その「先生」って文字に、指が勝手に動いていた。

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