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第0話 先生の面影
春から秋までだった。
そこにいられたのは。
父親が転勤族ってやつで小学校は二回、中学で一回、引越しをした。
高校に入って半年で、またもや引越し。
母親は父親にベタ惚れだから、単身赴任は有り得なくて、子どもの俺も自動的に引越し、転校。
けど、高校での転校は手続きや試験もあったりして、なかなか難しくて、面倒で。もう一回、転勤があったけど、一年程度のことだからと、その時は父親だけが単身赴任することになった。
いや、もしかしたら、何か気が付いたのかも。
やたらと学校に行きたがる、そして毎日少し帰りの遅くなった俺の様子に。
何かを言われたわけでもなく。
何かを訊かれたわけでもないけど。
なんとなく。
母は何か、気がついていたのかもしれない。
夏休み、進学校だったそこの高校では夏季特別授業があって、俺はその授業に全部参加希望にしてたから。
全部、教科の得意不得意関係なく、全部参加したがったから。
だからかもしれない。頑なに母は高校一年の二学期っていう中途半端で微妙なタイミングでも構うことなく、家族での引越しを望んでた。
そして、秋、夏休みが終わったと同時に引っ越すことになったんだ。
慌てたように。
急かすように。
そして、親の仕事の都合で、俺の、初めての夏が終わった。
「……」
同窓会、か……。
講義室の階段になっている長テーブルの隅で、もう何度も開いたその通知を眺めた。
届けてくれた幹事は名前と顔が一致しないくらいにおぼろげにしか覚えてない。
大人でいうところの名刺交換みたいに、当時、とりあえず連絡先を交わしたうちの一人からだった。もちろん、向こうも一斉送信してるっぽいから、一年生の春から秋までしかいなかったクラスメイトにも届いてるって把握してないかもしれない。
先生も呼ぶって書いてあるけど、来るかな。
同窓会の会場は。
「……」
ただの居酒屋っぽいんだ。
URLに飛んで、何度も確認したけど、ホテルとかどこかの宴会場みたいな場所じゃなさそうだった。
だから、多分、仰々しく開かれる感じの同窓会じゃない。内輪って感じのやつだ。ほぼ飲み会に近いやつ。
なら来ないんじゃん?
しかもまだ卒業して、二年しかたってない。
懐かしいも何もないでしょ。
きっと、二十歳になって酒飲める歳になってはしゃいでて、珍しいメンツでも騒いでみたくなったとかなんだろし。
それなら、先生来ないでしょ。
ただの居酒屋でさ。俺たちにしてみたら、長く感じる二年でも、大人にしてみたら、たったの二年、前の元生徒なんて懐かしとかさ、なんともないでしょ。
「……」
けど。
――当時の担任をしてくださった、桐谷先生にもお声がけしてます。
この言い方なら、もう誘ったっぽい。すでに誘っていて、それで断られていたら、この一文にはならないだろ。そもそもこの一文を書かない。
だから、これは来るから書いてある一文、になるわけで。
なら。
「なんかあったん?」
「!」
講義が始まる前のまだザワついてる講義室の片隅で、もう何度も何度も確認したメッセージをもう一度確かめていたところだった。
開催されるのは、九月。
っていうか、もうあと三日後。
夜の十九時から。
その居酒屋のメニューも覚えるくらい、行き方も頭に入ってるくらい、何度も見てた。
その画面を遮るように、長テーブルの隣に勢いよく座った山本が、ひょこっと顔を突き出した。
「…………なんも? ないけど?」
「そっか?」
そこで、ニヤリと笑ってる。
「……なんだよ」
「いやぁ、だって最近、そわそわしてない? モデルの仕事で可愛いアイドルとツーショットが待ってる、とか?」
「あるわけないだろ」
「あはは」
山本は、俺がゲイだって、知ってる。悪い奴じゃないし、そういうので差別するようなタイプに思わなかったから。一人、山本にだけは伝えておいた。返事は予想通り「ふーん」だった。
「じゃあ、なんか良いことあった? っていうか、なんかあんの? そわそわしてね?」
「別に……課題忙しかっただけ。夏休み明けにすごい量の課題出されただろ。だから時間がないだけ」
「まぁ、確かにすごい量だったけどさ」
見透かさしてるように笑われて、返事が突き放すようにぶっきらぼうに尖ってくる。頬杖をつきながら、これ以上、見透かされまいと口元を手のひらで覆って隠した。
そんなに顔に出てた?
アザ、作ったのなんて、この間の時だけだし。
別に二日酔い、するほど飲んでないし。
退屈だけれど、でも、退屈って顔した覚えもないし。
別に、何も。
楽しそうになんてしてないし。
そわそわもしてない。
「なんもない、よ」
本当に、別に。
「……ふーん」
ただ、明々後日、同窓会があるってだけ。その同窓会のお知らせを毎日眺めてただけ。
「そっか」
「……そうだよ」
ただ。
――はーい、出欠取るぞー。席着けよー。
ただ、先生も来るかもしれないってだけ。
――相田。
――! はいっ。
担任の先生が来るかもしれないってだけ。
俺が春に出会って、夏に。
「!」
――同窓会のお知らせ。
――同窓会があと三日になりました! ご参加希望してくださった方みんなに送信してます。
――二次会のお知らせです。
――二次会はカラオケで、地図と店のURL貼り付けておきます。
――会場は押さえてあるので、参加の方は、当日、参加費を別途お願いします。参加人数で割り勘なので、たくさん参加してもらえるとありがたいです!
夏に恋をした先生が来るかもしれないってだけ。
会えるかもしれないって。
――当日、みんなに会えるのを楽しみにしてます。
そう、思っただけ。
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