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第1話 同窓会
今日は夜遅く日付が変わる頃になると雨になるかもしれないってさ。
帰りが遅くなる人は傘持って行ったほうがいいって。
何時になるだろ。
帰り。
二次会は参加……。
「……」
すんのかな。
先生。
するんなら、行き……た。
「いらっしゃいませー」
「あ、すみません。今日、団体で予約してると思うんですけど」
少し遅れた。まぁ電車ならしょっちゅうある人身事故での遅れ。もううちの駅に辿り着いた時点で電車は遅れてて、それを幹事に伝えるかどうしようか、かなり迷ったけど。一学期しかいなかったクラスメイトが同窓会に来るってわかってんのかも、わかんないし。そもそも、誰これ? ってこともあるかもしれないから。
なんか怖け付いた。
「あ、はーい。こちらになりまぁす」
だから、とくに遅れるとかは連絡しなかった。
「ごゆっくりどうぞぉ」
先生。
いる?
いない?
つか、場違い感すごいんじゃ。
誰? って。
「……え?」
開けられた襖。振り返った女子が目をまん丸くして。
「……ぁ、えっと」
ほら、場違い感ってそう思った。
「え? え? もしかして、もしかしてっ、相田(あいだ)、くん?」
思ってた以上に人がいた。クラスのほぼ全員? 二十人以上は来てる。
「わー! すご! マジ? 相田くん?」
「……ども」
「きゃあああああ、どーしよ。幹事の林田が、相田くん参加になってるって言ってたけど、マジで来てくれると思わなくて。ちょー久しぶりぃ! 来てくれてめちゃくちゃ嬉しいぃ!」
「……久しぶり」
久しぶり、どころかあなたのこと知らないけど、胸の内でそんなことを呟きながら、そう返事をした。
「きゃあ、マジで、すごっ! 相田くんだぁ」
そうはしゃぐ目の前の誰かがニコッと笑って、おしぼりをくれた。
この個室全部が同窓会?だよな。
部屋は完全個室で、大きな掘りごたつが二つ横並びに並んでる。二つのこたつの真ん中が通路になっていて、横の端と端じゃ、会話はできそうになく。みんな隣になった奴と話してる感じだった。
「今って? モデル、してるってみんな当時すごかったんだよー。大学、始まった? よね?」
「あー、まぁ」
「まだ暑くて、夏休み延長して欲しいよねぇ。モデルやりながらとかすごいよね。大変そう。っていうか顔ちっさい! 背高ーい! かっこよっ」
「……いや、全然」
「あ! ここ、ここに座れば?」
彼女は隣の席を作ろうと席を詰めて、それから適当に空いているところから座布団を持ってきてくれた。
「あー……」
顔も名前も覚えてない「同級生」にまたニコッと笑って、視線を遠くに向けた。
来て、ないか。
まぁ、そうだろ。
「じゃあ……」
いるわけない。たかが居酒屋でやる「同窓会」って名前が付いただけの飲み会になんて。
きっと来ない。
そう思って、しばらくしたら用事ができたとか言って帰ろうと、溜め息混じりに隅の席で静かにしていようと思った。
けど。
「!」
い、た。
「相田くん? 席どーぞ」
「あ、あぁ、ありがと」
「是非是非ぃ」
先生、いた。
「相田くんは何飲む?」
先生だ。
「あ、じゃあ、レモンサワーで」
「はーい」
先生、来てた。
「誰かぁ、レモンサワー追加でぇ」
先生、だ。
――志保(しほ)、資料、また手伝ってくれる?
桐谷(きりたに)先生。
俺の。
「おーい、来たぞー。誰のレモンサワー?」
「あ! はやっ! ありがとおお、こっち! 相田くんのでぇす」
その声に、幾人かが振り返った。名前を思い出せそうにない元クラスメイトの一人が大きな声で俺の名前を伝えて、到着したばかりのレモンサワーがバケツリレーみたいにこっちへ運ばれてくる中。
先生が顔を上げた。
そして、俺を。
「…………」
見つけた。
わか、った? 俺って、わかった?
あの頃の面影なんてない。
背は伸びたし、身体付きだって全然違う。
わからないんじゃん?
もう俺は、先生の――。
「はい。相田くんのレモンサワー」
「あり、がと」
「じゃあ、相田くんも来てくれたのでぇ、もう一回カンパーイ」
まだ、外は暑い。もう九月も半ばなのに、夏の残りが今年はひどく長引いていて、夜になっても昼間の熱が媚びりついたみたいに暑くて、ここに来るまでに汗かいたくらい。
夜遅くには雨が降るって言ってたけど。
喉もカラカラ。
それに、それに。
「……っ」
先生が、いてくれた。
けど。
先生が、こっち見て驚いたような顔してた。
けど。
もう、全部違うでしょ。
モデル、やってんの知ってる?
離れても先生に俺のこと覚えててもらえるかな、とか思って始めたんだ。
でも興味ないかもしんない。そう思ったら、なんか急にここに来たことが失敗に思えて来た。
のこのこ現れて、何してんのって。
「お、すごいいい飲みっぷり」
先生が来るかもってことだけで頭がいっぱいだった。その反応とかまで考えてなかった。そんな自分に呆れて、届いたばかりのレモンサワーを半分も一気に飲んでた。
「相田くん、かっこよ! お酒、強っ」
強くない。
普段飲まないし。
「っ」
なのに、一気に飲んだりしたから。
「!」
先生と目が合った。
その瞬間、喉奥にアルコールが染み込んで、熱くなった。
目が合って、そっぽ向かれると思ったのに。
その口元が少し笑ったみたいに、緩んだのが見えたから。
やば。
俺って、わかってくれたっぽい。
「あ、先生も来てるよ。あそこ」
「みたい、だね」
動揺が顔に出そうなんだけど。
不自然なくらいに口元が緩みそうで、だから、ちゃんと、普通の顔しないと。
「相変わらず人気だよねぇ、先生」
「……」
「あの時も隣の、あれ、長谷川(はせがわ)でしょ? ピッタリ陣取ってるよね」
「前もそうだったじゃん」
「そうそう」
確かに先生の隣には、当時もよく先生にくっついていた女子がいた。
「噂あったよね。長谷川、先生マジで狙ってるって」
「あー、あったあった」
「けど、今はもう完全ないっしょ」
「彼女? 奥さん? いるみたいだし」
「そうなんだ」
………………へぇ。
「指輪してた」
………………指輪、だって。そっか。
「マジか!」
「してた。なんかフツーのシルバ−の。薬指んとこ。しかも左」
…………へぇ、そう、なんだ。
「かっこいいもんねぇ。長谷川だけじゃなくて、けっこうガチな子いたし」
「あっ、知ってるー。隣のクラスのさぁ……」
女子たちの噂を聞いていたら、さっき一気に流し込んだレモンの爽やかさと苦味が喉奥から鼻先までじわりと広がって。
「あ、あと、水泳部のさぁ、ちょぉお美人だった一個下もガチだったらしい」
勝手に表情が険しくなっていった。
もしかしたら、会えるかもしれないって、来たんだ。
会ってどうしたいとか、考えてなかった。
ただ先生に会いたかっただけで。
そこから先のことは全然考えてなかった。
声かけようとか、そんなことも考えてなくて。
だから、彼女がいるとかも考えてなくて。
「はーい! 二次会行く人ぉ?」
二次会、ある。
連絡来てた。カラオケだよな。
先生行くのかな。
行くなら。
「二次会、カラオケでーす」
行く?
行ったところで先生はもう誰かのじゃん。
俺のになんてならないじゃん。今も昔も。
「……」
ぐるりと周囲を見渡した。
さっきまで女子に囲まれてたのは見た。もう店出ないといけない時間になったからって、会計が済むまで店の前で待ってた間、女子数人と笑いながら話していた。
学校でも女子によく囲まれてたっけ。
たった十五、六のガキには二十三歳はとても大人に見えて、けれど、手が届かないほどの大人じゃないし、先生はかっこよくて、話し楽しかったから、すごい人気で、いつだって誰かが先生のことを捕まえていた。
いつだって、俺はそんな先生のことを遠くでチラチラ見るくらいしかできなかった。
――相田。
いつだって。
「行くの?」
「!」
繁華街。俺たち以外にも、土曜日の夜なんて、人がごった返していて、路上には溢れるように人、人、人で。その中のどこかでまた先生は誰かに捕まってるんだろうなって、思った。
「……ぁ」
「二次会、カラオケだって」
キョロキョロしてるとこ、見られた?
先生のこと、目で、すごい探してたの、バレた?
「行く? 二次会」
「……ぁ、いや」
そう。
先生の瞳って黒くて綺麗なんだ。
よく見つめられると、その黒さに惹かれてじっと見すぎて笑われたっけ。
――おまえ、見すぎ。
そう言って、顔をくしゃっとさせて笑ってくれたのが、俺は。
好きで。
「先生、は?」
初めて人を好きになったのは高校一年の春だった。
「んー……行かない、かな」
初めてセックスをしたのは高校一年の夏で。
「同じ」
初めて好きになった人は、先生だった。
「俺も、行かない」
この人、だった。
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