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ちゃんと恋人編 6 ヤキモチは気持ちいい

 悪い先生と悪い子、なら、いいよね? 「……おぉ」  社長を足に使っても。  今日の撮影は短かったから、また、篤樹さんを迎えに行こうと思ったんだ。俺が行くと身バレしちゃうかもしれないから、車の中で待ってたんだけど。またあの生徒の子が篤樹さんの後ろにくっついてるのが見えて、また今度は車から飛び出そうとした。で、社長に止められて、代わりに社長が篤樹さんを迎えに行ってくれた。俺はその様子を車の後部座席で見てた。  社長が篤樹さんに声をかけて。  篤樹さんが慌てて振り返って。  何話してるんだろ。  わかんないけど、あの生徒の子が目を丸くしてる。  社長を見て。  篤樹さんを見て。  また社長を見て。  あ、もう一回社長を見た。  そして、なんともいえない顔をしてる。説明しにくい顔。落胆とかにも見えるし、とにかく驚いてるようにも見える。  多分だけど、思いっきり、勘違い、してくれたかも。 「っぷ、あはは」  ほら、先生がなんだか「心外」って顔してる。あはは、すっごいいやそう。  俺も、やだけど。  でも、まぁ。  ちょっと楽しい、かも。  あの生徒の子、きっと、篤樹さんと社長が恋人同士って思ったのかな。ね、そうっぽい。  んー、けど、そしたら、この間のあれは? ってなるよね? 社長、勘がいいから、意図的に何かお芝居をしてくれたのかなぁ。何か話してるみたいだし。 「!」  がっかり、って顔をした生徒の子が項垂れるようにしながら駅へと向かって歩いてく。そして、がっかりじゃなくて「げんなり」って顔をした篤樹さんと、なぜか楽しそうな顔をした社長が仲良そうにこっちに向かって歩いてきた。 「おかえりなさい」 「……ただいま」  わ、すごい。嫌そう。 「あー、楽しかった」 「社長?」 「ぶりっ子って楽しいな」 「えぇっ?」  篤樹さんが、また「げっそり」としてる。 「お疲れ様。ダーリン」 「! えぇ? 社長が抱かれる方?」 「あはは、そう」  それは、確かに。 「っぷ、あははは」 「……笑いすぎだ。志保」 「だって」  社長が抱かれる側って笑っちゃうじゃん。だって、社長の身長、モデル並だよ? 元モデルだもん。で、顔は渋オジだし、ヒゲ生えてるし。どう見たってさ。 「あはははは」 「あの子、自分は到底好みのタイプに該当しないってがっかりしてたな」  そりゃそうでしょ。あの子、華奢で小さくて、瞳が大きくて、昔の俺みたいだもん。ちょっと頑張ったら女の子にだってなれそうな感じじゃん。それと、社長とじゃ、全然タイプ違いすぎるでしょ。 「今度、SHIHOに来たドラマの話は断るんじゃなくて、俺が代わりに出ようかな。演技力なら相当だぞ?」 「あはは、いいかも」  ドラマは出ないよ。俺、モデルだもん。 「はぁ……疲れた」 「っぷ、お疲れ様。篤樹さん」  それに、ドラマに出られるほどの演技力ないし。あ、でも、社長に演技指導してもらったら、できるようになったりして。お芝居。 「それでなくても、俺、生徒に恋人のこと、名前以外、訊かれたこと全部に答えてるんだぞ? あれもこれも、あれだって、相手が……」  そして、これからも変わりなく、恋人のことを話すことがあるかもしれない。みんながどんな人想像するのかはわからないけど、でもあの生徒の子だけは、篤樹さんが恋人のことを話す時に想像するパートナーの顔が社長になっちゃうわけで。  ちょっと面白くはないけど、でも、面白い。 「ほら、お二人さん。出発するから、シートベルト」 「はーい」  笑っちゃいけないけど、笑っちゃって。 「はぁ」  篤樹さんがそう溜め息をつく度に、やっぱりちょっと笑っちゃった。  そう何度も早く仕事が終わってくれるわけなくて。あの社長の主演男優賞ばりの演技を見られた日以降は、あそこまで迎えに行けてない。ただ、あの生徒の子が帰りに質問攻めにしてくることはなくなったって。でも、日本語を覚えたいのは本当だから、レッスン中には積極的に質問してくれてて、おかげでクラスにその熱心さが伝わって、雰囲気がすごく良くなったんだって教えてくれた。 「あ、志保」 「?」 「この間、ボーダレスで一緒に仕事してた」 「あ、平川とのツーショットの?」 「あぁ」 「見たい!」  ストレッチをやめて、篤樹さんのいるソファに飛び上がって座ると、自然と体を開いて受け止めてくれる。そのまますっぽり、ってほど小さくはないかもしれないけど、でも、たくましい篤樹さんの胸を背もたれにして、二人で一緒にソファに沈んだ。俺が手渡された雑誌を広げて、肩のところから篤樹さんもその雑誌を眺めてる。 「……この日、すごく仕事終わるの早くて、平川、売れっ子だからさ。あの日だよ? 篤樹さんを迎えに行った」 「……あぁ」  言いながら、パラパラと雑誌をめくっていく。  あ、この写真、使ってくれたんだ。俺が服のデザイン重視で立ち位置変えたやつ。あ、これも、使ってくれてる。動きが出やすい服だったから、できるだけ大きく動いたんだよね。 「?」  知らないインタビューが載ってた。服の紹介と一緒に、少しずつ、撮影の合間に尋ねられたインタビューが掲載されてるけど、後半に、平川が単独でいつの間にか受けたらしいインタビューが載ってた。別枠で取ったのかもしれない。忙しいからスケジュール的にあれが限界で。残りのインタビューだけ後日、みたいな。  ――ボーダレスで一緒に仕事して以来ですね。けど、最高のモデルだと思います。背? 気になります? あいつ、誰よりも服の着こなし方とか、コーデじゃなくて、服一点ずつの特徴を捉えて、ちゃんと引き出すんですよ。それがめちゃ上手い。見習いたいけど、到底できそうにないですね。 「!」  ――また一緒に仕事したいですね。 「…………すご、俺、褒められてる」 「……」 「やたっ、ね、篤樹さんっ……? ……篤樹さん?」  無言なのが不思議で振り返ると、むくれてた。 「……自慢の恋人が褒められて嬉しいけど、嬉しくない」 「……」 「相手がダントツ人気のこいつだと思うと」 「……っぷ、あははは」 「笑うなよ。こっちはただの一般人だぞ? こいつが本気で奪いに来たら」  あ、今、気持ち、い。 「ね、篤樹さん」 「?」 「そしたらちゃんと捕まえて、閉じ込めてよね」  篤樹さんも言ってたでしょ? 「ね? 篤樹センセ」  ヤキモチは気持ちいいって。 「ふふ」  だから、そっとキスをした。 「もちろん」 「っ、あっ」 「捕まえて、閉じ込めとくよ」 「ン」  そっと、甘いキスをして、二人でもっとしっかり抱き合いながらソファに沈みこんだ。

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