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第6話 役行者の後鬼

 直桜たちは一先ず、四季を置いて淫鬼邑を出た。清人に連絡を取るためだ。邑の中からだとスマホが圏外になってしまう。  電話に出た清人の声がやけに焦っているなと思ったら、直桜たちが殺人の森の調査に入って、既に三日が経過していたらしい。  体感としては数時間だっただけに少し驚いた。 「現世と幽世の時間の流れが違うって、よくある話だけど、四季は現世(こっち)に出てきて大丈夫かな?」  直日神に問う。  緩やかな時間経過の中で生きている妖怪が現世に出て、体に支障などないか心配だ。 「そもそも妖怪が自らの住処を出る自体が勧められぬが。四季が望むなら、それも良いのだろう。梛木に相談するがよい」  確かに梛木なら何とかしてくれそうだ。 「本人も気乗りしてなさそうだったのに出てくるって、相当気になってるんだね」  狩られた同朋の使われ方もだろうが、分裂しきれていない自分の半身が何より気掛かりなのだろうと思った。 「吾は四季が気に入った。力になってやろうぞ。四季はきっと直桜の役に立つ者だ」 「役に立つ、か」  以前も直日神は紗月に対し、似たような表現をした。 (直日はもしかしたら、あんまり悪い意味で役に立つって言葉を使ってるわけじゃないのかもな)  紗月の時も、意味合いとしては紗月を守る意図が含まれていた。  今回の四季に対しても、独善的ではない、四季を思いやる直日神の意図が見え隠れする。 (ウィンウィンな関係ってこと、なのかな)  とはいえ、直日神の見解がなかったとしても、淫鬼である四季の協力は仰がねばならないと思った。 (ここまで類似点が多いと、理研と全く無関係とは思えない。むしろ無関係って考える方が不自然だ)  四十年も前に邑は襲撃されているのに、何故今になってとも思う。だが、四季の分身の感覚が流れてこなければ、わからなかった事実なのだろう。  直桜が知らない所で何かが動き始めているのだと、ぼんやりと思った。  清人からの折り返しの連絡で、諜報・隠密担当の花笑の者が来ることになった。誘拐された人々は保護してくれるらしい。  そちらは任せて、直桜たちは四季を連れて事務所に帰った。 「本気で心配したぞ。連絡つかねぇし、探しに行っても何処にもいねぇし」 「清人、殺人の森に来たの? 邑まで来れば良かったのに」  どうやら三日振りらしい事務所は、すっかり綺麗に片付いていた。それどころか、広くなっている。梛木の空間術で間取りを変えたのだろう。 「入れなかったんだよ。入り口なんか見つからねぇし、気配もねぇし。むしろお前たちは、どうやって入ったんだ?」 「どうって、護の姿が突然消えて、俺は引っ張り込まれて」  清人の問いを受けて、直桜は四季を見上げた。  着物の袖に手を隠して腕を組んでいた四季が、不意に空を見上げた。 「そうだな、連れ込んだ。その後は、入り口を閉じた。直桜たち以外に用はなかったからな」 「今は開いてんだろうな。花笑の奴らが入れなくて人間の保護ができねぇと困るんだが」  清人の苦言に、四季がこくりと頷いた。 「入り口は開いているから、ある程度の霊力がある者なら入れる。人間の居場所もわかるように道標を立てておいた」  呆けているようで、準備が良いなと思った。 「結界の中に入って喰われたりしねぇだろうな」 「今の淫鬼邑に淫鬼は俺一人だ。俺が出てくれば何もない。心配はない」  清人の顔が曇った。  こういう顔の清人は、ちょっとだけ相手を心配している。最近、直桜にもそれがわかるようになった。 「とりあえず、四季の事情とか説明するよ。四季、話していいよね? 清人は俺たちの上司で枉津日神の惟神だよ」 「あぁ、そのようだな。俺には直日神より心地が良い。どうやら直桜と同じでお人好しの類のようだ。喰われぬよう気を付けろ」  四季の言葉は所々で確信を突いてくる。  直桜も清人も何も言えなくなってしまった。 「たっだいまー。直桜たち、帰ってきたー? って何か、でかいのがいるね?」  玄関を開けて入ってきた紗月が、四季を見上げて感心している。  やっぱりインターフォンは押さないんだなと思った。  紗月がいつもの調子で直桜たちに手を振った。 「化野くん、直桜、おかえりー。無事で良かったよ。んで、君が噂の淫鬼かね? よろしく」  紗月が何の抵抗もない様子で手を差し出す。  四季も、その手を握り返した。 「ああ、よろしく。妖怪に慣れているのだな。お前は伊豆能売か。祓戸大神に守人が揃っているとは、今の特殊係は安泰だな」  四季が紗月の小さな手を握り、控えめに振っている。 「君は祓戸の神に詳しいんだね。特殊係のことも知っているようだけど。13課と呼ばない辺り、もっと昔から存在を知っていたりするのかな」  紗月に指摘されて気が付いた。  直桜たちは暗黙の了解で特殊係を13課と呼ぶが、四季は特殊係と呼んでいた。よく考えれば邑から外に出たがらない妖怪が特殊係を知っているのも、違和感がある。  四季はあまり人間の事情に精通しているようにも見えない。 「詳しくはないが、知っている。特殊係の班長には、とても世話になった。世話になった? 世話をした、長らく共に暮らしていた、一緒にいた時間が長かった、好きな人間だった、どれだろうな?」 「多分、全部なんじゃないの?」  直桜を振り返った四季に、呆れ顔で指摘する。 「へぇ、忍の知り合いなんだ。しかも、結構長く一緒にいたってことは、もしかして……」  紗月の言葉を遮るように、事務所の扉が開いた。  派手な音を立てて乱暴に開いた扉から、忍が駆け込んで来た。  四季の姿を見付けて、忍が大きく息を吐いた。 「息災だったか、後鬼」  普段、表情のない忍の顔に安堵の色が見えた。  忍の前に立った四季が、徐に膝を付き、傅いた。 「御久しゅうございます、小角様。今生において再会を果たせるとは、思いもよらず。しかしながら窮地には馳せ参じる所存でおりました。よもや、私が助けられようとは、申し訳もございません」  忍が膝を折り、項垂れる四季の肩に手を置いた。 「今回は互いに助け合いだ。13課にとっても俺にとっても四季の協力は助かる。静かな暮らしを望むお前を、またも引き摺り出して、すまない」 「いいえ、むしろ今の世で、俺のような妖怪が御側に仕えては小角様の名を汚しましょう。心苦しく存じます」  四季の声がくぐもる。   「己を恥じるな。四季は千年前からの俺の友に違いない」 「小角様……、どうか何なりと、この後鬼をお使いください」  四季が顔を上げて、忍を見詰めた。  直桜たちに向ける視線とは違う、欽慕を含んだ目だった。 「特殊係の須能忍としてお前に助けられるのは、二度目だ。今回も協力、感謝する。だが、生きていてくれた事実が、俺は何よりも嬉しいよ」  四季の肩を抱いて語り掛ける忍の声は、今までに聞いたことがないくらいに、優しかった。

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