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第5話 淫鬼四季からの依頼
森の奥には幾つかの小屋があり、最も大きな家屋が真ん中に建っていた。
「あの小屋に、昔は仲間が住んでいたの?」
「まぁ、そうだな」
直桜の言葉に返事する四季の声に感情はない。
「種族が自然淘汰されるのは理だ。この世に我等のような存在が必要なくなったのだろう。ならば理に従って消えるだけ。だが、俺には消える前にやらねばならん仕事が残っている」
四季が、小屋の一つの扉を開けた。
中には人間が数名、眠っていた。行方不明になった人々だと思われた。
「ここは邪魅も淫の気も濃い。人には毒だ。眠らせて結界で守らんと死んでしまう。時々起こして食事などさせるが、常に意識のある状態で守るには俺一人では力不足でな」
四季が一人一人の状態を丁寧に確認している。
その姿からして、毎日一人で世話しているのだろう。
「それで寝かせてるんだ。そこまでして人を囲っている理由ってなんなの?」
直桜は、先程と同じ質問を投げた。
「お前たちを呼ぶため。攫ったのも囲っているのも、霊の感度が高い人間を、できれば特殊係の人間を呼びたかったから。そうしたら惟神とその眷族が来た。俺は運がいいらしい」
小屋から出た四季の後に続く。
大きな屋敷の中は閑散として、一人で暮らすには寂しそうに感じた。
和風な家の縁側に、促されて腰掛ける。
和服を着こなしている四季に合った家だなと思った。
「人の食事はよくわからんが、もてなしをする時は、甘味などが良いのだろう」
四季が持ってきてくれたのは抹茶と練りきりだ。
一人なのに、よく準備できるなと思う。
「腹が減っていれば飯も作る。さっき、たらふく精子を吸わせてもらって俺は満足だが。お前たちは疲れただろう」
確かに射精した後の疲労感はあるが、空腹を感じるほどではない。
とはいえ、有り得ない回数を出したので、普段より疲れてはいる。
「ちょっと疲れただけ。少し休ませてもらえれば、大丈夫」
「私も、疲労感がある程度です」
恥ずかしさと何となくの気まずさで、声が小さくなる。
護も直桜と同じような顔で返事をしていた。
「それで、人を攫ってまで13課の人間を呼びたかったのは、なんで?」
直桜の問いかけに、四季が黙り込んだ。
何かを考えているような、何も考えていないような顔でしばらく黙った後、徐に口を開いた。
「惟神の精子は美味いな。普通の人間の精子より十倍は長生きできそうな味だった。鬼神も美味かったぞ」
褒めてくれているのかもしれないが、あまり嬉しくない。
微妙な気持ちになった。
四季は、相変わらず会話というものをするつもりがないらしい。
「俺たちが数を減らした一番の原因は狩りでな。四十年程度前になるか。この場所に人間がやってきて、同朋を狩っていった。やけに強い術師がいた。あの頃、お前たちの精子を喰らっていたら、俺ももう少し気張ったかと思ってな」
突然、なんともシリアスな話が始まって、直桜は抹茶を飲む手を止めた。
「狩りって、殺されたんじゃなくて、連れ去られたってこと?」
四季が首を傾げて考え込んだ。
「殺された、連れ去られた、消された、解体《バラ》された、搾り取られた、どれだろうな?」
「全部だろ。つまり襲撃されて死んだ仲間もいたし、連れ去られた仲間もいて、その中には解体されて利用された妖怪もいたってことで合ってる?」
四季のまどっこしい会話にいい加減、慣れてきたし、話し方も何となく掴めてきた。
「そんな感じだ。特に俺たちが出す淫気と淫水、精子の搾取の方法が重宝されるそうだ。俺たち自身は性別のない妖怪だが、相手に性を与えることも出来る」
「え? そんなこと、出来るの?」
ぞっとしない顔で問う直桜に、四季はなんてことない顔で頷く。
「男に子宮を作ったり、女に陰茎を与えたり。俺たちにとっては悪戯程度の妖術に過ぎない」
「悪戯じゃ済まないけどさ」
四季がなんてことなく話している内容は最近、身近になった人間を想起させる。
「どう考えても」
「理研で生まれている少子化対策の被験体の人々を連想しますよね」
護も同じように感じていたらしい。
しかも、四十年前といえば重田優士が生まれる少し前だ。
もし、淫鬼たちの妖術や体が利用されたのだとしたら、時期的にはぴったり合う。
「俺たちは種族を残す時、一人が二人に分裂する。分裂を繰り返して、古い個体から死んでいく。俺が最後に分裂したのは数年前、俺の半身は、分裂してすぐ邑を出た」
想像したら衝撃的すぎて、身震いした。
「分裂すると別の個体になるから、性格も思考も何もかも別人になる。繋がりなどない。だが、俺の分身はどうやら、俺と完全に分かれたわけではないようだ」
四季が茶を含んだ。
食事はしないようだが、水分は取るらしい。もしかしたら直桜たちに合わせて真似事をしているだけかもしれないが。
「分かれてないって、どんなふうに? 何かが繋がってるの?」
「時々、視界が共有される、思考が流れてくる、知らない感覚を覚えている、全部だ」
今回はどれかではなく、全部らしい。
「あと、声が聞こえる。助けて、と。その声が誰なのかは、わからない」
「自分の分身の声じゃなくて?」
直桜の問いかけに、四季はやはり首を傾げた。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ぼんやりと答える四季は、どこか別の何かに想いを馳せているように見えた。
「俺たちの種族が良からぬ使われ方をしているのだと感じる。特殊係に何とかしてほしかった。だから、お前たちを呼ぼうと人を攫った」
四季が直桜たちに目を向けた。
直桜は護と顔を合わせた。
「直桜の予測が当たりましたね。しかも、きっと理研絡みです」
護が言う通り、淫鬼の特性は理研が作りだしてきた少子化対策の被験体に酷似しすぎている。
特に四季がいう淫気は、きっと蜜白たちが発するフェロモンだ。転用されていてもおかしくない。
「呼んでくれて良かったし、話しを聞けて良かった。四季にも協力してほしいんだけど、この邑から出る気ある?」
妖怪は基本、自分の居場所を変えない。
四季から分裂した個体のように出ていく者は少ない。
「あまり出たくはない。だが、仕方がない。きっとこの役目が今生、俺がすべき最期の仕事なのだろう。会いたい者にも会えたからな」
四季が直桜を頭を撫でた。
「惟神に会いたかったの? それとも直日?」
「直日神と、その惟神だ。眷族にも興味があった。今の直日神に眷族がいるかは、知らなんだがな。鬼神なら、親近感が湧く」
淫鬼というくらいだから、四季もきっと鬼なのだろう。
見た感じは人間と変わらないので、いまいちイメージが湧かないが。
「あのさ、来た時、何であんなに攻撃的だったの? お腹、空いてたの?」
最初から普通に話しかけてくれていたら良かったのに、と思う。
もっと平和的に精子を分ける方法もあった気がする。
「腹は減っていたが、そういう理由じゃない。淫鬼の能力を経験してもらう目的が大きかった。俺は、会話があまり得意ではない」
「自覚あったんだ」
思わず零れてしまった。
「能力を知ってもらえば、特殊係の人間なら、何か思い当たるのではないかと思った。直日神の惟神なら、ある程度の術を試しても死ぬことはなかろう」
「一回の食事で人が死ぬほど精子を吸うの?」
本当に、ぞっとしない。
四季が顎に手をあててまた、考え込んだ。
「弱い人間だと、時々死ぬ者もあるが。ほとんどは死なない程度にしか吸わない。生きていてもらって何度も吸える方が効率がいい。さっきはお前たちに俺の術を一通り見せたから時間が掛かって射精の回数が増えたに過ぎん」
「そうだよね……」
やっぱり捕食なんだな、と改めて思った。
「俺たちは基本、一月に一度くらい精を喰らえば生きられる。あとはまぁ、そうだな」
四季が直桜の顎に手を添えて、唇を吸った。
体の中の霊気と神気が吸い取られるような感覚がした。
ずっと黙っていた直日神が、四季の頭をぐぃと押した。
護が直桜の体を引き寄せて、四季から離した。
「気軽に神気を吸うでない。腹は膨れているのだろう。直桜の精はもうやらぬぞ」
「どうせ吸うなら、せめて私にしてください。直桜はダメです」
直日神が珍しくちょっとだけ怒っている。
護が混乱したような怒り方をしている。
直桜的には少しくらいなら分けてもいいと思うが、二人にこう言われてしまうと、言い出せない。
「俺のように長く生きている妖怪は、口吸いで人間の精を吸えるから、繋ぎ程度に吸ったりする。と説明したかっただけなんだが」
「言葉で伝えてくだされば、わかります」
「そうか」
護の抗議的な声に動じることなく、四季が頷いた。
「共に行けば、直日神とまた話せるな」
「良いぞ。酒が飲めれば尚良い」
四季の問いかけに直日神が嫌がらずに返事をしている。珍しいなと思った。
「酒なら飲もう。淫水に似て嗜好として悪くない」
そう言われてしまうと、何となく酒が飲みずらくなる。
護も同じように思ったのか、苦い顔をしていた。
「また、あの方にも会えるのか」
小さな声で零れた四季の言葉は、独り言のように響いた。
感情のない話し方をする四季だが、嬉しそうにも悲しそうにも聞こえた。
誰に会いたいのかを聞ける表情ではなかった。
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