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第4話 直日神と淫鬼

 直桜の目の前に立った男が直桜を見下ろしている。  やけに背が高い。二m以上ありそうだ。 「お前がなかなか術を破ろうとしないから、仕方なく眷族に手を出したんだよ。俺とて、あそこまでする気はなかった。だが、ああいうことも出来るという説明にはなったか」  まるで直桜が悪い、みたいな口ぶりに、少しイラっとした。 「あそこまで神力を抑え込まれると、俺の霊力だけじゃ抜け出すのは難しいんだよ」 「快楽に流されかけていただけだろうに。神力はすべて抑えはしなかったよ。もっと早くに気枯れをすれば良かった」  当然のように言い放たれて、直桜はむすっと目を逸らした。 「気枯れは、なるべくやらないようにしてる。対象を絞れないし、自分の意志じゃ始められないし、止まれなくなるから」 「今は自分の意志で始めたし、止まれた。術の対象も俺だけに絞れた。使えていただろ」 「それは、直日が溶けないでいてくれたからで。もし神喰いしちゃったら、この辺一帯の生き物全部、死んじゃうし」  集魂会の根城でやってしまった気枯れは、一番最悪の状態だ。  今くらい冷静でいられれば、神喰いせず自分の意志でコントロールして気枯れを使える。だが、どこでスイッチが入るかわからないので、自分でも怖くて迂闊には使えない。  だから普段から使わないようにしている。陽人にも自分の術に数えるなと言われているし、それに反する気はない。  今回は、特殊な結界内の異空間だからこそ、人に害を成さずに使えると判断しただけだ。 「てか、なんで俺がアンタに説教されないといけないワケ? この場でアンタを狩ってもいいんだけど?」 「神喰いすると全能感に呑まれるか。いっそ神喰いして慣れるのがいいだろうに」  直桜は男を睨み据えた。 「五月蠅い。お前にこれ以上、口出しされる話じゃないよ。俺は絶対に神喰いはしない」  直桜の目を見詰めていた男が、小さく鼻を鳴らした。 「神になるのは怖いか。それとも、直日神が好きか。いずれにせよ難儀だな。神喰いせずとも気枯れを使う法はある。もっと使いこなすべきだ」 「なんで、そんなに気枯れに拘るんだよ。関係ないだろ」  初めて会った妖怪に、そこまで言われる筋合いはない。苛々が頂点に達した時、直日神が顕現して、直桜の肩に手を添えた。 「その話はその辺りでやめておけ。直桜、護を介抱してやらぬと、淫の気に中《あた》って辛いぞ」  直日神の言葉で直桜は護を思い出した。  振り返ると、護が呆然と座り込んでいる。 「護! ごめん、今、浄化するから」  手に金色の神気を集約して護に当てる。  その目に、少しずつ生気と意識が戻ってきた。 「……直桜、私は、何を……。とても、気持ちが良かった気が、するのですが」  護が腕を伸ばして直桜に抱き付いた。  その体を抱きとめて、浄化を続ける。  二人の姿を眺めていた直日神が男を振り返った。 「歓迎にしては手荒だな。淫鬼の一族は穏やかな種族だったと記憶しておるぞ」 「惟神に気枯れの手解きをしてやれ、直日神。いずれ、必要になるぞ」  直日神の言葉を全く無視して、男が話を蒸し返した。 「その惟神は優秀な人間のようだ。神喰いせずとも気枯れが使える」  直日神が直桜を振り返った。その顔色は、あまり芳しいとは言えない。 「考えておこう。直桜の気持ちも大事にせぬとな」 「相変わらず、人に寄り、人を愛する神のようだ。人に焦がれる気持ちは解らぬでもないが」 「お前は、直日と知り合いなの? さっきから気枯れに拘るけど、何か理由があるの? てか、惟神について、なんで詳しいの?」  どうせ返事はしないのだろうと思い、直桜は思い付いた質問を投げた。 「直日神とは顔見知り程度だ。淫鬼の一族は古い。長く生きていると色々と知る機会も増える。惟神の知識も、その程度だ。気枯れはお前の最大の武器になる。人を救いたいのなら、体得しろ」  意外にも質問に全部応えた。  それに、最後の言葉が気になった。 「人を救うために、気枯れを使えっていうの?」  男は当然の如く頷いた。 「神の御業は人を殺さぬ。総ては救うための術。それが祟りであろうと罰であろうとな。しかし、問題はお前ではない。直日神の方にあるようだ」  男の目が直日神に向く。  直日の神の表情は変わらない。 「そうだな。吾にあろう。直桜の心は昔から決まっておるのだから」  直日神が直桜を振り返った。 「直桜は気枯れを体得したいか? 自身の御業としたいか?」 「直日が嫌なら、要らない。陽人にも使うなって言われてる。俺自身も、手に余る技を使う気はないよ」  間髪入れずに答えた直桜に、直日神が困った笑みを浮かべた。 「惟神に甘やかされているな、直日神。腹を括ればよいものを」 「簡単に言うてくれる。だが、間違ってはおらぬ。吾は己《うぬ》が気に入ったぞ」  歯に衣着せぬ物言いをする男に直日神が放った言葉に、直桜は驚いた。  直日神が相手を気に入ることは滅多にない。今のところ、護と清人と紗月の三人だけだ。 「ああ、名を知りたいのか。俺は四季《しき》、淫鬼の長だ。長といっても、もう俺しかいないがな」 「一族は、滅んだか?」  四季が首を振った。が、その後、考え込むように顎に手をあてて、首を傾げた。 「滅んだ……、滅ぼされた、勝手に出て行った、殺された? どれだろうな」 「全部なんじゃないの?」  思わず突っ込んでしまった。  思いつく限りの表現を使ったのだと思われる四季の言葉は、どれも物騒だ。何かがあったことは間違いなさそうだった。 「この森の辺りで、行方不明者が大勢出てる。今まで何もなかったのに突然、人が消えるような事態に、何か心当たりある?」  直桜はようやく本題の話題を振った。 「全部、俺の仕業だ。攫った人間は全員、ウチの邑で生きている。元気だぞ」  あまりにも普通に悪気もない返事が返ってきた。  予想していた返答だったが、何となく疲れた。 「生きているなら、良かったけど。何の目的で攫ったの? 食事したかっただけ?」  人間の精を喰らう妖怪だ。  人を囲っておけば、食事に困ることはないだろう。 「この森を奥に進むと家がある。今は人間がいるから食べ物もある。こっちだ」  四季が歩き出した。  話をするから移動しようと言いたいのだろう。何となく、四季の会話のパターンがわかってきた。 「護は吾が運んでやろう。まだ、ぼんやりとしておる故な」  直日神が護を抱き上げた。 「すみません。眷族が主に抱えていただくなんて」 「気に病むな。護は可愛い直桜の、可愛い恋人ぞ」  直日神の笑みに、護が顔を赤くした。  そんな直日神を四季が遠巻きに眺める。 「四季は直日と親しいわけじゃないんだよね。何で詳しいの?」  直桜の問いかけに、四季が直桜を見下ろした。 「詳しくはない。前に会った時は名も聞かれなかった。ただ、直日神はきっと、お前が大好きなんだなと、思っただけだ」  真顔で言われて、直桜の方が言葉に詰まった。  どことなく掴みどころのない淫の鬼が、悪い妖怪でないことだけは、何となくわかった。

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