18 / 79
第17話 伊吹保輔の暴露
直桜の指示通り、円は次の日からまた学園に戻った。
さりげなく二年生の教室や職員室、西館などを見回っているが、特に異常はない。
この二日は、妖怪の気配もないから、捕食もしていないのだろう。
(淫鬼の話によれば、一月に一回程度の食事ができれば生きるのには支障がないらしいけど)
あくまで生きるのには、支障がないだけだろう。
もっと妖力を蓄えたい、高めたいならば、捕食の頻度は上がるはずだ。
淫鬼である四季の元には、今のところ分身から何も流れてこないらしい。そうなると、あの六黒という教師が四季の分身なのかも怪しくなってくる。
(淫鬼には違いないだろうけど、一族の生き残りって可能性もあるよな。分身がまた分裂した可能性だってある。現世で増えないとは限らない)
考え出すとキリがないが、六黒という教師が危険である事実は間違いない。今はそれだけで十分だ。
六黒は保輔や美鈴と共に精子バンクに関わっている。もしかしたら、特別な精子の採取や保存などは六黒の仕事かもしれない。というのが直桜の見解だ。
(捕縛するなら三人揃ってが望ましいけど、こっちも人手が必要になる。とりあえず智颯君が戻ってくるまで俺は偵察のみにしとくのが安牌か)
今日には智颯も出雲から戻る。
清人に叱られたばかりなので、余計なことはしないでおこうと思った。
(藤埜室長の意見は尤もだし、あの時の智颯君は確かに焦ってたから、あれは愛の鞭だけど)
それが智颯に伝わっているといいなと思う。せめて出雲で楽しい思いをして帰ってきてくれたらいい。
学校から帰れば智颯も戻っているだろう。良い顔をしているといいなと思った。
六限が終わって、円は帰り支度を始めた。一通り見回ってから帰るつもりでいたのだが。
「花笑くん、伊吹先輩が呼んでるよ~」
クラスの女子生徒が声を掛けてきた。
「やっぱり格好良いよね」
「一年生のクラスに来るとか、珍しくない?」
「花笑くん、仲良いの? どういう知り合い?」
たくさん声を掛けられて、混乱しそうになる。
しかし、仕事中は草モードのスイッチが入る。笑顔も得意になる。
「オカルト同好会の先輩だよ。最近、入部したんだ」
女子生徒たちが顔を赤らめている。
「そうなんだ。私も入ろっかなぁ」
「伊吹先輩と花笑くんがいるなら、楽しそう」
ニコリと笑んで、その場を後にした。
喰われるかもしれないからやめたほうが良いよ、とは言えない。
廊下に顔を出すと、扉の前に保輔が立っていた。
「すまんなぁ、もう帰る? ちょっとだけ時間ええ?」
まるで何事もなかったように話しかけられて、円は頷いた。
「良いですよ。どうせ帰るだけですから」
円と智颯はあの日の記憶を失くしていると思われているはずなので、覚えていない振りをする。
保輔について、円は外に出た。歩いていった場所は部室ではなく、校舎裏に小さく作られた中庭だった。
綺麗に整理されている割に人気がない場所だ。
念のため、ポケットの中の懐中時計に霊気を流す。花笑の草が使う便利アイテムだ。会話や音を記録したり、時に映像も保管できる。霊気を込めておけば、居場所を伝えるアイテムにもなる。
「オカルト同好会は、いいんですか?」
「俺も名前貸しとるだけやもん。構へん。オカルト、あんまし興味ないねん」
「そうですか」
保輔が円に背を向けたまま、何も言わない。
円はその背中を見詰める。
「そういえば、智颯君て休んでんの? 調子でも悪いん?」
「実家に帰ってますよ。明日からまた学校に来ると思いますけど」
「へぇ、そうなんや」
また会話が止まってしまった。
どうにも、やりずらい。向こうもこちらの出方を窺っているのだろうが。
「聞かないんですか? 智颯君の実家が何処か」
仕方がないので、円は乗っかる方に賭けた。
「滋賀県大津市にある桜谷集落。惟神の里、やろ」
思った以上に確信を付いてきて、円は身構えた。
そんな円とは裏腹に、保輔の態度は変わらない。
「花笑円。警察庁公安部特殊係13課、呪法解析室・解析担当。神奈川県相模原市出身の草。十四歳でボストン大学卒業しとる奴が高校生なんか、怠いやろ」
円は隠し持っていた小刀を引き抜いて、保輔に向けた。
「困りますよ、先輩。突然そういうこと言われると、俺も仕事しなきゃならなくなる」
ゆっくりと振り返った保輔が小さく笑んだ。
「俺は少子化対策の被験体やけど霊元持っててな、けど能力は電脳系やねん。武力対抗できひんから、刀仕舞ってや。話し合いがしたいねん」
保輔が両手を上げる。
円はとりあえず背中に小刀を仕舞い込んだ。
「今の話が本当なら、俺は今すぐ先輩を縛り上げて確保することも可能ですが、そういうのは考えませんでした?」
保輔が考えるような素振りを見せて、カラッと笑った。
「せやなぁ、あんまし考えんかった。花笑は俺の話に乗ってくると思うたからな」
「一応、根拠、聞きましょうか」
「その前にな、少しだけ俺の話、聞いてや。それが根拠になるさけ。理化学研究所って、どこにあるか知ってる?」
突然、本題のような話を振られて、円は顔を顰めた。
「奈良県の橿原にあんねん。知らなかったやろ? 正確には理研の少子化対策室と昔の霊元移植室や。今は、霊能開発室がある」
「霊能、開発室?」
初めて聞く部署名だ。しかし、心当たりはあった。
直桜から「理研で霊元移植実験に類似の実験が始まっている可能性がある」と聞いていたからだ。
「俺の話、聞きたくなったやろ?」
「その前に、どうして俺にそんな話を?」
あまりにも胡散臭いが、内容に信憑性があって聞き流せない。非常に厄介だ。
「本当は智颯君が俺のターゲットやってん。けど、おまけに付いて来た君の方が俺の好みやった。それだけや。あ、ついでに今、智颯君がいないんも都合良かってん」
智颯に害が及ぶくらいなら、ここで自分が食い止めておきたい。
見たところ、確かに保輔は武闘派ではなさそうだ。
すぐに飛び出せる体勢は崩さずに、円は話を聞くことにした。
「わかりました。お話の続きをどうぞ」
「霊能開発室はなぁ、人工的に霊元を持った人間を作るんが目的や。少子化対策の無理な実験で、時々生まれる俺みたいなんを、偶然じゃなく作りたいんや。そもそも少子化対策室ちゅぅんが国の認可と助成を受けるための建前でな。理研の本当の目的は、人工的に強い霊元を持った人間を作ることや。俺らはその過程で生まれた副産物でしかないねん」
円は息を飲んだ。
保輔が一気に捲し立てるように話した内容は、どこでも聞いたことがない。もし事実だったら大変な内容だ。
「信じんでもええ。話しだけは頭に入れてくれ。覚えといてくれたら、それでええ」
余裕に見えた保輔の顔に焦燥が浮かんだ。
どことなく、周囲を警戒しているようにも見える。
「俺みたいなガキが産まれるんに必要なんは、何だと思う? 女の子宮や。試験管ベイビーいうても、腹で育てる期間は必要やろ。その為に雇われとる女性を理研ではマリア呼ぶねん。助けなならんのは、産まれてきた俺らだけやない。そういう人らもなんや」
「助ける? どういう意味ですか?」
円の質問には答えずに、保輔は続ける。
「理研の近くには保育園があんねん。生まれたガキは一旦、そこに引き取られる。優秀なのから行先が決まる。あぶれたんがbugsや集魂会にいる奴らや。けど、俺らはまだマシやねん。酷いんは幽世に売られるか妖怪の餌、一番多いんは呪術の実験体や」
何も言葉が出なかった。
もし本当の話だとしたら、確実に13課案件だ。今までずっと見逃されてきたことになる。
「霊能開発室が軌道に乗れば、今まで以上にバグが増える。そうなる前に手を打たな、手遅れになる」
「じゃぁ、なんでアンタは理研に精子提供なんかしてるんです?」
「手を打つためや。バグにならない人間を生むために、優秀な精子を提供する。大事なことやろ?」
保輔がニヤリと笑んだ。
背後に気配を感じて、振り返る。何かが飛んできて、かろうじて避けた。
首の後ろにチクリと痛みを感じて、手をあてる。
体の中に甘い香りが充満して、頭がくらりとした。
「な、んで、どこから……」
「あーぁ、草やのに、油断しすぎやわぁ」
やけに大袈裟な言い方で、保輔が大きな声を出した。
立っていられなくて片膝を付く。
円に歩み寄って、保輔が屈んだ。
「俺のcode土蜘蛛って知ってた? このcode持ってんの、俺だけなんよ」
保輔の手に蜘蛛の子がわらわらと乗っていた。
「そうか、蜘蛛、か」
小さな蜘蛛に毒を仕込んで噛ませたのか。体感的には淫気を持続注入されているような感覚だ。
グラグラする円の体を、保輔が支えた。
「円は俺の好みやさけ、後で俺の精子、たっぷり飲んでな。俺の精子はなぁ、射精すると多幸感が強まんのと受精率高いのと、何より俺のことが好きで好きで仕方なくなって何回でも性交したくなる。円には俺を好いてほしいわ」
顔を上げられ、唇を吸われる。
小さな刺激すら気持ちが良くて、腰がびくびくと震えた。
「あかん、今すぐ犯したい。円も俺と気持ち悦くなりたいやろ」
股間を執拗に揉まれて、腰が大きく跳ねた。
「ぁ! ぁっ、やっ、やめっ、ぁぁあ!」
「はぁ、可愛いなぁ」
股間を揉まれながら、唇を吸われて口内を犯される。
甘い香りが口から鼻に抜けて、意識が少しずつ薄れていく。
「なぁ、さっきの話、ちゃんと覚えといてな。理解して解決できる人に伝えてな。約束やで」
耳元で小さく囁いた声は、あまりにも切実で、まるで同じ人間の言葉とは思えなかった。
ともだちにシェアしよう!