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第19話 作戦会議
ソファに転ぶように腰掛けて、直桜は項垂れた。
「初、稀、悪いんだけど、智颯と瑞悠の尾行してくれない? 何かあったらすぐに連絡して」
どうせ二人で霊糸を追って円を助けに行くのだろう。
頷いて、初と稀は早速、智颯と瑞悠を追ってくれた。
何だか、始める前からどっと疲れた。
「若者の世話って大変なんだなぁ」
思わず零した言葉に、紗月が吹き出した。
「大変だろう? 俺の苦労、わかってくれた? お前が好き勝手してる時の俺の苦労とか苦労とか苦労とかね」
コーヒーを片手にドカリとソファに腰掛けた清人は、どこか優越感を漂わせている。
「俺、そんなに好き勝手してないよね? むしろ従順だと思うんだけど」
清人が思いっきり眉を顰めた。
「勝手に集魂会に行ったり反魂儀呪の巫子様に会ったり、突然解毒を始めてぶっ倒れたりしてる奴が? 何言ってんの?」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
とはいえ、清人も似たようなものだ。
「誰にも相談しないで反魂儀呪に潜入捜査しに行く清人に言われたくないよ」
「俺は大人だからね。それに、陽人さんと忍さんには相談してから行ったからな」
「どっちもどっちだよ」
紗月の一言で、直桜と清人は言葉を失くした。
その様子を困った顔で笑いながら護が眺めている。
「清人が纏めてくれるかと思ったのになぁ」
智颯ともめている時も、清人と紗月は傍観者を決め込んでいた。
「今回の現場指揮は直桜に全部任せるって言っただろ。そういう時の俺は余計な口出ししないよ。今回は直桜の成長のためでもあるからな」
直桜としても、現場の指揮を執るのは初めてだ。勝手もわからないし、何より人を使うのは難しい。
「いっそ自分が動いた方が、ずっと楽だって思ったよ」
大きく息を吐いて、乾いた笑いを零した。
「こういうのも経験。お前はいずれ、そういう立場になってく人間だからな。ちゃんと肝に銘じとけよ」
清人の言葉に、今はまだ素直に頷けなかった。
「それはそうと、我々はどうしますか? 若者たちは強行突破を選んだようですが」
護の言葉に、直桜は息を吐いた。
「強行で突破されちゃうと、ちょっと困るよね。下手したら人が死ぬかもだし」
直桜はスマホを取り出した。
集魂会の黒介にメッセージを送り始めた。
顔色を蒼くした護に、清人が説明する。
「さっきの円と保輔の会話な。あれ、保輔の遺書みてぇなもんだ。恐らく保輔は、ちょっと前の重田さんみてぇな立場なんだろうよ」
「反魂儀呪に脅されているってことですか? でもbugsは自分から反魂儀呪の傘下に入ったんですよね?」
直桜は改めて思考を整理しながら話し出した。
「恐らくだけど、保輔にとって予想外の何かが起きた。もしくは、始めから協力以外の目的で反魂儀呪に近付いたのか。その場合、槐に返り討ちに合ってる可能性もあるね」
紗月が直桜の言葉に納得の表情で頷いた。
「可能性、あるねぇ。会話の内容、割と切羽詰まって聞こえた。直桜と清人が感じた保輔の嘘って、どれだったの?」
直桜と清人が目を合わせた。
最近になって清人に聞いて知ったのだが、直桜の嘘に気が付く勘は、勘ではなく神力だったらしい。
生まれた時からそうだから気が付かなかった。
「精子提供の下り。バグを生まないために優秀な精子を提供したい。きっと嘘じゃない、けど本音でもない。みたいな印象を受けたよ」
「あとは円を口説いてる言葉だな。まるで台詞を吐いてるみてぇに感情が籠ってねぇ。保輔の精子が受精率高いんなら、恋愛対象は女だろ。円に欲情してないのは丸わかりだった」
今度は護と紗月が顔を見合わせた。
「それだと、会話の八割が本当の話をしているってことになりませんか? 理研の下りは総て真実ってことになりますよね」
「嘘が巧い奴の典型って感じだね。隠したい本音だけ嘘を吐いて、あとは全部事実を語る。今までもその手で難局を乗り越えてきたんだろうね」
しかしその手は、あの槐相手には通用しなかったのだろう。
あっさり見抜かれて追い詰められている状況は、容易に想像できた。
「特に最後の言葉は、切実に聞こえた。円くんに伝言を頼むような言葉を吐きながら、保輔は円くんを拉致した。無事に解放する気があるんだと、俺は判断したんだけど」
直桜は清人を振り返った。
『理解して解決できる人に伝えて』
あんな言葉は、逃がす気がないなら決して言わない。
「だとしたら智颯じゃなく円を選んだ理由も納得できるか。保輔は円の肩書を知った上で拉致している。応用力があって、かつ自力でも脱出可能な円を選んだのかもな」
「円くんの拉致は、別の人間からの指示、ということでしょうか?」
護の言葉は、暗に槐を示唆している。
それはこの場にいる全員が感じるところだ。
「槐の言葉を代弁できる、槐に準ずる存在が、今のbugsにはいるのかも。実質のリーダーは保輔じゃなく、他にいる」
この答えに、直桜は確信を持っていた。
伊吹保輔は、確かにbugsのリーダーなのだろう。そのリーダーを裏で操っている奴がいる。
「俺たちが本気で叩かなきゃならねぇのは、そっちってことだなぁ。保輔が何のために反魂儀呪に組したのか、まだわからねぇが、困ったもんだ」
「本当に厄介だよ。最初からウチに来てくれたら良かったのに」
頭を抱える直桜と清人を、護が眉間に皺を寄せて眺めている。
「直桜、清人さん。今、何を考えていますか?」
護がこういう言い回しで質問してくるときは、大抵答えに気が付いている時だ。
「お人好し二人が考えそうな答えなんか、丸わかりじゃん。保輔を助けたいんだよ」
紗月が二人を指さして笑う。
護が頭を抱えた。
「まだ保輔がどういう人間か、ちゃんと確認ができたわけじゃないんですよ。どんな理由があろうと円くんは拉致されているんです。その目的もわかっていないのに」
「円くんの拉致は、智颯を釣る餌だよ。向こうは惟神の精子が欲しいわけだから」
護が、がばっと顔を上げた。
「だったら今、智颯君と瑞悠さんが霊糸を辿って追っている現状は、まずいのでは?」
「まずいねぇ。だから直桜は行くなって言ったのになぁ」
清人がコーヒーを含みながら、笑いを吐き捨てた。
「二人とも若いからね。これも社会勉強だと思ってもらおう。多少、痛い目に遭った方が色々覚えるだろうしねぇ」
紗月が今日のおやつのマドレーヌを、ぱくりと頬張った。
「そんな悠長な態度で構えていて、大丈夫なんですか?」
「最悪、智颯と瑞悠なら殺されることは、有り得ないからな。命の危険が最も高いのは円だが、利用価値があるうちは問題ない。猶予はあるだろ」
清人の視線が直桜の手元に向く。
直桜は話をしながらもスマホを離さず、集魂会の黒介とコンタクトを取っていた。
「その猶予期間中に、俺たちは俺たちにしかできないことをする。結果的でしかないけど、智颯と瑞悠が時間稼ぎしてくれてると思ってさ」
不安の表情が消えない護の肩を、紗月がポンポンと叩いた。
「あれでもあの二人は惟神だからね。実力は同年代の術者より遥かに高い。円くんは無自覚だけど、草の実力は花笑五人兄弟の中で最強って初ちゃんと稀ちゃんが話してたから、大丈夫でしょ」
紗月の話に、護は怒り肩を降ろした。
「信じるのも、大事なことですね。後輩は心配ですが、仲間ですから」
「俺は護のそういうとこ、好きだけどね。誰か一人くらい心配してくれないと、逆に不安になるっていうか」
護が少し照れた顔で直桜をちらりと窺った。
「ん、行基と黒介がこっちに来てくれるって。それから、武流がやっと話す気になってくれたみたい」
直桜はスマホをスクロールする手を止めた。
「やっぱ、そうなんだ、はは」
思わず乾いた声が漏れてしまった。
全員の視線が直桜に向いた。
「一番の目的は俺の精子だってさ。最強の惟神は狙えなそうだから、とりあえず保輔は智颯を狙ったらしいよ」
黒介から送られてきたメッセージを見せる。
護がすっくりと立ち上がった。
「殺しましょう、今すぐに。助ける必要はなくなりました」
「なくなってねぇよ。とりあえず座れ。まだ座れ、護」
清人が護を服を引っ張って座らせる。
「集魂会で武流に誘われた経緯があったからさ。何となく予測はしてたんだよね」
「誘われた? そんな話は聞いていませんが」
護の視線が怖い。
直桜は、ドキリと肩を揺らした。
「そういえば、話してないかも。ごめん、後でちゃんと話すけど、封じの鎖を掛けられた時に、そういうことが、ありました」
「あの時ですか。つくづく、やめておけばよかった……」
護が頭が痛そうに眉間を押さえている。
その姿を紗月が気の毒そうに苦笑して眺めていた。
「化野くんは直桜のことになると豹変するねぇ。しかしさ、だとしたら、反魂儀呪に潜入した時、清人は既に精子採取されてんじゃないの? 槐に散々、抱かれたんでしょ?」
平然と清人に問い掛ける紗月を、護が信じられないモノを見る顔で眺めている。
清人がぱちくり、と目を瞬かせた。
「言われてみれば、そうね。あの過程で取られてたら、気付かんわね」
思い返すように、清人が空を眺める。
「へぇ、ワケわかんなくなっちゃうくらい善くされちゃったんだぁ。槐はそんなに善かったんだぁ」
ニタリと笑んだ紗月の顔を、清人がじっとりとした目で眺める。
「お前は俺に何を言わせたいの? ヤキモチならヤキモチって言えよ?」
「ヤキモチだよ、普通に」
「あ、そう……」
清人と紗月がイチャつく会話を始めた脇で、護が頭を抱えていた。
「やっぱり殺しましょう。反魂儀呪に関わる組織は皆殺しで良いと思います」
「護、落ち着いて。清人と紗月が気にしてないことを護が気に病んでも仕方ないだろ。それにきっと、清人の精子は採取されてないから安心して」
黒介に返事を返しながら、直桜はついでのように話した。
「槐って、アレで独占欲強めだから、清人も護も自分が許した相手以外に渡したくないって考えると思うんだよ。何となくだけど、理研の実験に反魂儀呪が積極的だとは、俺は思えないんだよね」
「その根拠は?」
紗月の問いに、直桜は呻った。
「何となくでしか、ないんだけど。理研の実験のやり方とかシステムとか、いまいち槐に合わないというか。もし、反魂儀呪が深く関与してたら、もっとスマートなやり方ができてる気がする」
清人が小さく頷いて、肯定の表情をした。
「それは俺も思うところだな。理研と反魂儀呪の繋がりにも、まだ明確な根拠が見付からねぇだろ。その理由も、反魂儀呪側が積極的じゃねぇからって気がしてる。もっと別のでっかいバックボーンがある気がするし、そっちの存在のほうが、不気味だ」
直桜と清人の話を聞いて、紗月が呻った。
「理研から反魂儀呪への一方的なラブコールでしかないかもってことね。だとしたら、理研は単体で叩く方が陥落が早いのかも。反魂儀呪の側から叩きに行っても無駄かもね」
「そもそも反魂儀呪と理研の繋がりも槐の母親世代の話ですからね。久我山あやめも安倍晴子も今は現世にいませんし、従姉弟とはいえ安倍千晴と槐がどの程度親密かもわかりません。そういう意味では伊吹保輔の情報は、確かに欲しいところですが」
護の言葉に頷いて、直桜はスマホをテーブルに置いた。
「武流と交渉した。保輔や武流が守りたいと思っている総てを13課組対室が守るから、全面的に協力してくれって。この内容を保輔に取次いでもらう。ついでに、伊吹保輔は|13課組対室《ウチ》でもらう。いいよね、清人」
「はっ⁉」
護が誰よりも早く苦言を呈した。
直桜のスマホをスクロールしてメッセージを確認しながら、清人が頷いた。
「今回は直桜に指揮官を任せるっていったの、俺だしなぁ。まぁ、保輔がウチに寝返るのは、悪い条件じゃねぇな」
直桜にスマホを返して、清人が笑んだ。
「あとは智颯と瑞悠次第かな。保輔の寝返りも含めて。俺と護は初たちとギリギリまで近隣待機ね。なるべく手出ししない方向で。集魂会との別働は清人と紗月にお願いしていい?」
紗月と清人が同時に頷いた。
「歌舞伎町の方ね、了解。行基と黒介に会うの、久し振りで嬉しいな」
紗月がワクワクした顔をしている。
「大人になったねぇ、直桜。先走った若者にもリベンジと成長の機会を与える余裕ができるとは」
そう言って頭を撫でられると、あまり大人になれている気がしない。
「異論はありませんよ、ありませんけど。お人好しの神様二人、本当に困ります」
頭を抱える護を紗月が慰めている。
「じゃ、それぞれの仕事をしに行こう。犠牲は無しで解決するよ」
出来る限り総ての準備を整えて、直桜は立ち上がった。
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