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第26話 一緒に強くなる
行ってはいけないと言われる場所に行ってしまうのが、好奇心旺盛な子供というものだ。
智颯と瑞悠もその例に漏れず、子供心に怖さと探求心と好奇心を携えて集落の外に出た。妖怪が出ても、ある程度は何とかなるという根拠のない自信もあった。
(僕は惟神だし、お兄ちゃんだから瑞悠を守らなきゃ)
遭遇してしまった妖怪はとても強くて、智颯だけでは、太刀打ちできなかった。それどころか、瑞悠の攻撃の方が遥かに強かった。
智颯が自分の実力と瑞悠の強さを実感したのは、まさにこの時だった。
しかし、所詮は子供だ。
目の前で瑞悠が大怪我を負って、どうしていいかわからなくなった。
それ以降の記憶はなくて、気が付いたら集落に戻っていた。
瑞悠は無事で、自分も怪我はなかったのに、どうしてか、智颯の中に得も言われぬ不安が残っていた。
どうやって帰ってきたのか、誰が助けてくれたのかも覚えていない。瑞悠も覚えていないと話していた。
けれど、あの一件以来、瑞悠は智颯に怯えるような目を向けることが多くなった。
きっと何かがあった。
そう思うのに、怖くて聞けない。
瑞悠は覚えているのだろうと、態度で何となく感じていた。
自分が何かをしたのだとも思った。
覚えていないなりに、体には感覚が刻まれているものだ。
無意識に霊力も神力もセーブする癖が付いていた。
物心ついた時から、鋭すぎる感覚に気が狂いそうになって気吹戸主神が気配を弾いてくれていた。
高校生になった今でも、気吹戸主神は智颯の感覚と神力をセーブしてくれる。
自分の力が怖かった。
神力の多さではなく、扱いきれない己の未熟さが恐怖だった。
(もっと自信が付くまでは、気吹戸にセーブしておいてもらおう)
それが逃げでしかないとわかっていても、そのせいで自信が持てない自分の心に気が付いていても。
一度閉じた蓋を開ける勇気が、智颯にはなかった。
めきめきと頭角を現し強くなる瑞悠を横目に伺いながら、自分の凡庸さに嘆く。
どんなに神力が多くても、扱う才がなければ意味がないのだと。
そんな智颯をいつも慰めてくれたのは直桜だった。
無理に頑張る必要はない、智颯がしたいようにすればいい。
周囲の大人たちが智颯の力を伸ばしたがる一方で、直桜は無理強いしなかった。集落最高峰の惟神の言葉は、智颯の胸に強く響いた。
努力をしている風でもないのに誰よりも強い。智颯を始めとする惟神にも優しい直桜は智颯の憧れだった。
憧れが恋心に変わるのに時間はかからず、直桜が集落を出た後には、直桜の残像を追いかけて焦がれる気持ちは増していった。
十六歳になり、高校進学と同時に13課に所属を決めた。早く集落を出て、直桜を追いかけたかった。
13課に所属して一カ月程度で、呪法解析室の助っ人を任じられた。
怪異対策担当という花形部署から遠ざけられた思いがして気が滅入った。戦闘特化部署に智颯程度の術者は要らないのかもしれないと思った。
呪法解析室で出会った一つ年上の青年は、あまりに幼く見えるのに酷く優秀で、その落差が気になった。何より、時々やけに大人びた態度をとる。
自分の悪癖を指摘された上、今まで経験したことがないようなキスをされて、余計に存在を意識した。
関われば関わるほど、花笑円は気になる存在になった。
彼はどこか自分に似ている。
実力があるのに自信がないところ、自分の能力を正しく把握できていないところ、正しい評価を自分に与えないところ。
まるで自分にするようなつもりで、円を褒めて円を助けた。
大好きで憧れの直桜を忘れてしまうほど、円はいつの間にか智颯の中に深く入り込んでいた。
(傷付いてほしくないんだ、瑞悠にも、円にも。僕が弱いせいで迷惑かけたくないんだ。幸せに、笑っていて欲しいんだ。僕が全部、守りたいんだ)
守りたいのに、今の自分では、守れない。
歯痒くて、悔しい。
きっとこんな時、直桜なら皆を守れるのに。
(僕じゃ、ダメなのかな。大好きな人を守るのは、僕でありたいのに)
「……はyくn、ちはやくん、智颯君」
ぼんやりした声が、鮮明になり輪郭を得た。
「円……、僕はまた、誰も助けられなかったよ」
直桜に抗って勝手に走って、結局捕まって、散々に迷惑を掛けた。挙句に円や瑞悠を危険に晒して。
瑞悠の一番大事なものまで奪われて。
円に不本意な相手と抱き合わせて。
大切な二人を奪われたのが悔しくて、どうしていいか、わからなくなった。
行き場のない怒りと敗北感だけが、体中に広がった。
「智颯君は俺たちを助けてくれた。誰一人、傷付いてはいないから、安心して」
円の手が伸びてくる。
智颯の手を握って引き寄せて、抱き締めた。
いつもの温もりに包まれて、涙が零れそうになる。
「まだ終わってない。次は俺が智颯君を助ける番だよ」
円の顔が近付く。
優しく笑んだその顔は、智颯が知らないくらい穏やかに見えた。
「円は、そんな顔してたっけ? すごく、優しい顔だ」
「そんな風に見えるなら、智颯君のお陰。俺は智颯君のお陰で変われたの。前にも話したでしょ」
「でも僕は、そんな価値のある人間じゃなくて」
守られてばかりの、自分じゃ何もできない、只の弱虫だ。
「俺にとっては、誰よりも価値がある人だよ。だから、自分の価値に気が付いてよ、智颯君。俺、ずっと伝えてる。智颯君は自分が思ってるより、ずっと強い」
円が、握った智颯の手の甲に口付けた。
「一人で認めるのが怖いなら、俺が傍にいるから。二人なら、怖くないでしょ。俺は一生、智颯君の傍にいるよ」
智颯は円の手をやんわりと握り返した。
「こんな時ばかり流暢に話す円は、狡い。格好良くて大好きだって、傍にいてほしいって、素直に思う」
「言われてみれば、そうだね。だって全部、本音だから。智颯君の前では心の声が出ちゃうんだよ」
円の手が智颯の頬を包んだ。
「傍にいるよ。だから一緒に、強くなろうよ」
唇が重なって、熱い。
円の熱が流れ込んでくる。
「うん、円と一緒なら、きっと僕はもっと、強くなれるって、思うんだ」
熱い唇を返して、その手を強く握り返した。
もう、怖いとは思わなかった。
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