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第37話 主従と恋人

 地下十三階の事務所に戻ってしばらくすると、優士から連絡が入った。  円の報告も早いが、優士の行動も早い。  あの陽人の秘書官ができるのは優士しかいないだろうなと改めて思った。 『今日中に保輔を迎えに行くから、事務所に寝かせておいてほしい』  連絡通り、三十分もしないうちに優士が迎えに来た。  保輔は眠ったまま陽人の邸宅に連れられて行った。 「どうして、桜谷さんのお家なのでしょうか?」  ようやく落ち着いて、事務所でコーヒーを飲みながら一息ついた。  今日のおやつはチョコレートだ。  清人と紗月がいないから、保存がきくものにしておいた。 「直霊術と強化術の安定と定着、ついでに特訓もするんじゃないかな。いつ帰ってくるか、わからないね」  なるほど、その為に急いでいたのだな、と思った。  保輔が使える術者として13課に参入すれば、陽人の副長官としての体面も保てるだろう。  解析結果としては、充分な特異性と価値があったはずだ。あとは実力を付けさせてしまえばいい。それがbugsを保護した根拠にもなる。 「ちゃんと学校には行かせてもらえますかね」  護が不安そうに問う。 「どうだろうね。長くなりそうなら逆に通学しながらだろうけど、短期でいけそうだと見込んだら、学校は休ませるかもね」  護が気の毒そうに息を吐いた。 「保輔君は自分に負い目を感じている節があるし、そのせいで我々に遠慮していますからね。少し心配です。自分の将来については、諦めてほしくないですね」  直桜も同じように思う。恐らく13課組対室は全員感じている所だろう。  優士が冗談交じりに「自分を安売りするな」と諫める気持ちは、直桜にも理解できる。 「13課って結構、寝返り多いから、気にすることないのにね」  最近なら、重田優士がそうだし、丑霧剣人も元々は反魂儀呪の特攻隊だ。白雪は保護対象の刀をいまだに呑み込んだまま13課で仕事を続けている。  護が苦笑した。 「13課の詳しい内情を保輔君は知らないでしょうからね。そのうちに、13課が自分の居場所になってくれるといいのですが」 「自分の居場所、か」  居場所を探して彷徨う寂しさと心細さは、直桜にも少しだけわかる。  保輔はもしかしたら、理研に捨てられた子供たちが安心できる居場所を作りたかったのかもしれない。 「今度、保輔と一緒に集魂会に行こうか。bugsの子たちの顔、見せてあげたいし、俺も行基と黒介と、あと武流にも今回の件のお礼言いたいしさ」 「そうですね。保輔君が戻ってきたら、相談しましょう」 「その前に、護の神力強化するけどね」  自分の顔から笑みが抜けたなと思った。  蜜白のことは、どうしても気が抜けない。  護が、はたと表情を止めた。 「それは、そうですね。直桜がまた暴走しては困ります」  ガっと顔を上げる。  護が苦笑していた。 「俺も、直日とちゃんと話したほうが、いいかな」  暴走、という言葉を聞いて、ぽつりと零れた。  また無意識に気枯れを使うような事態は、絶対に起こしてはいけない。やってしまう以上、コントロールできるようにならなければならない。  護が真面目な顔つきになった。 「すみません、直桜。私の言い方が良くなかったですね。碓氷さんのフェロモン対策、しっかりして行きましょう」 「……護は俺に、今以上の力を持って欲しくないの?」  槐から話を聞いた時も、円の話の時も、今も、護はどこか直桜のレベルアップに消極的に見える。 「今でも直桜は充分強いです。他の惟神の皆さんと比べても、神力は比ではない。焦る必要は、ないですよ」 「それだけ?」  含んだコーヒーを飲み込んで、護が俯いた。 「正直、少し怖いです。今以上に直桜が力を持ってしまったら、遠くに行ってしまいそうで。今でも時々、追いつけなくて怖いのに、これ以上、手の届かない場所に行かれてしまったら、どうしたらいいか、わかりません」  護の不安を初めて聞いた気がした。  ずっと隣で、同じ歩幅で歩いているつもりだった。 (前にも言われたっけ、一人で考えないで相談しようって。俺はきっと、自分では気が付かないうちに護を置いて一人で走って、不安にさせてたんだな) 「心配かけて、ごめん。でも俺、護がいるから走れるんだよ。護がいてくれるから、何でもやってみようって思えるんだよ。一人じゃ、絶対に無理だ」  護がいなければ、直桜が13課組対室にいること自体が有り得ない。  直日神と自分の力に向き合おうなんて、きっと考えなかった。 「直桜……、いけませんね。眷族が主の邪魔をするようでは、直日神に叱られてしまいます」  直桜はいつの間にか下がっていた顔を上げた。 「直日神とちゃんと向き合いましょう。直桜の神力が半分も使われていない理由を聞きましょう。その上で、どうするか、三人、いえ、二人と一柱で考えましょう」 「いいの?」  護が深く頷いて、微笑んだ。 「一番大事なことを忘れていました。直桜が今、13課にいてくれるのは、私と直日神と暮らす平穏を守るためだって。私も直日神も同じ気持ちで直桜と生きているんだって。その為にはきっと、直桜の力と向き合うことは、避けて通れません」  決意をした顔が、直桜を見詰めていた。  直桜は顔を逸らして俯いた。 「……直桜?」  不安そうな声で護が名を呼ぶ。 「俺……、護に名前呼ばれるの、好きだ。護と並んで歩くのも車で出かけるのも好き。一緒に寝ると安心できるし、ご飯を食べる時も一緒がいい。毎日、一緒にいたい」 「私も同じですよ。直桜と手を繋ぐのも、大好きです」  何故か、涙がぽたぽた零れた。 「いつも、甘えてばかりで、ごめん。護の優しさが当然みたいになってて、今だって、きっと自分の気持ち殺して受け入れてくれたんだろ」 「私は惟神の眷族ですよ」 「俺は眷族とか主とかじゃなくて、対等な関係で一緒にいたい。護が嫌がることはしたくないんだ」  向き合って座っていた護が直桜の隣に座り直した。 「今回の件でも、前回の事件でも思いました。私と直桜はバディで恋人で、対等な関係です。だけど、惟神である以上、主従の立場は必ず求められる。祓戸の最高神である直日神の惟神なら猶更です。そういう関係も受け入れなければいけません」 「それは、俺たちが納得していればいいことで」  顔を上げた直桜に護が首を振った。 「違います。直桜は自分が何者であるかを受け入れなければならない。私も同じです。今日、円くんが教えてくれたでしょう、直桜は惟神の頂点だと」 「あ……」  陽人にも忍にも梛木にも、散々言われ尽くしてきた。  その都度、自覚したつもりでいた。   「直桜は四神のパートナーに優しくて大きいと評される惟神の頂点なんですよ。私はとても誇らしかったです。だからこそ、直桜は強くいなければいけない。私はそれを支えなければいけない。いずれ必ず対峙する、災厄のためにも」  いずれ対峙する災厄、久我山あやめの封印、反魂儀呪との対決、その後ろに潜む大きな闇。きっとそれらは避けては通れない。必ず惟神の力が必要になる事件だ。 (覚悟が足りなかったのは俺だ。護は、俺の些細な一言ですぐに決意を固めてくれたのに)  護の優しさに、また助けられている自分が情けないのに、嬉しい。 「俺また、護に助けられてる」 「それが眷族の役割です。恋人の役割でも、ありますけどね」  護の腕が肩を抱いて、頬に軽くキスをした。 「主従でない時は対等でいましょう。けど私は直桜を甘やかすのが好きなので、たくさん優しくしてしまうと思いますが」  頬に、鼻に、額にキスを落として護が囁くように話す。 「エッチの時は、意地悪だよね」 「嫌ですか?」 「好きだよ」  自分から護の唇に口付けた。口付けを受け取って、護が倍以上に返してくれる。  体をぴたりと付けて抱き合える今が幸せだった。  幸せを噛み締めながら、自分の力と向き合う覚悟を護と一緒に作ろうと決意した

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