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第38話 ありふれた願望
特殊係13課も一応は警察官なので、週休二日制、土日祝日は休みだ。事件が入れば休日出勤になるが、普段は精々oncall体制になる。
今は清人たちが出雲に出向いていて不在なので、緊急の事件が起これば直桜たちが対応する。
特に直桜たちのプライベート空間は事務所と繋がっているので、呼び出されやすい。事務所のインターフォンが鳴れば一先ず対応するのは直桜か護、主に護が多かった。
嵐のように鳴り響くインターフォンに、直桜と護はベッドの中でビクリと肩を震わせた。
「こんな時間に誰だよ……。連絡、入ってないよね」
頭の上のスマホを探る。普段なら、何かあれば忍か陽人、或いは清人から連絡が入る。班長と副班長不在の今なら、班長代行を務める諜報・隠密担当の花笑堅持から一報があるはずだ。
「まだ、夜が明けたばかりですね。緊急事態かもしれません」
「その通り、緊急事態じゃ。出雲の宴から途中で無理やり帰されたのじゃからな」
眠い目を擦って起き上がろうとした護の顔の真ん前に梛木の顔が迫った。
「えっ⁉ 神倉さん、いつおかえりに……」
護と直桜を見下ろして仁王立ちする梛木を、直桜は呆れた目で眺めた。
「戻ったのは、たった今じゃ。忍が珍しく後鬼など連れて宴に来よるものじゃから盛り上がってな。あれはしばらく帰って来ぬぞ」
本人も行ったらなかなか帰って来られないと心配していた。引き留められている姿は容易に目に浮かぶ。
明日には戻る算段だったが、どうやら帰っては来なそうだ。
「だから代わりに忍に帰されたの? 清人たちも一緒に残ってるの? 梛木は腹いせに俺たちに八つ当たりしに来たの?」
梛木が直桜に向かって、ふんと鼻を鳴らした。
「仕事をしに来たのじゃ。不良集団の頭目はどこにおる?」
「保輔のこと? 陽人が自分の家に拉致ったよ。直霊術と伊吹山の鬼の目を持つ異才だったから、鍛えたいんだと思う」
小さく息を吐いて、梛木がベッドに乗ると、直桜と護の間に潜り込んだ。
「はっ⁉ ちょっと何してんの? 出てよ」
「いいから、避けよ。真ん中に入れぃ」
無理やり間に潜り込んで、布団をかぶる。
半身を起こして呆然と眺める護に梛木が視線を向けた。
「化野も横になれ。腕枕せよ。直桜にするように優しくせぃよ」
「えっ、本気ですか? 冗談ですか? どうするのが正解ですか?」
護が本気で狼狽えている。
梛木が直桜を振り返る。その目を眺めて、直桜は諦めた。
「横になるのが正解、ついでに腕枕してあげなよ。梛木、今日だけだからね。護はもう貸してあげないよ」
「過保護じゃのぅ、眷族だからか? 恋人への独占欲か? 直桜はどんどん人間らしくなっていくのぅ。昔は誰の隣に寝ようが気にせんかったろうに」
むふふと笑う梛木の鼻を摘まむ。
「両方だよ。そういうこと言うなら俺も梛木に遠慮しないからね。もう一緒に寝てあげない」
「こら、やめい、鼻はやめんか」
じゃれる二人の姿に、護が吹き出した。
「お二人は仲が良いんですね。そういえば、直桜が13課に来る前からのお知り合いでしたか」
護がベッドに横になり、ちゃんと梛木に腕枕してあげている。そういうところも優しいなと思う。ちょっとぎこちない仕草は、多少緊張しているのだろう。護にとって梛木は13課の副班長だ。
「直桜のことなら、産まれる前から知っておる。直日神が魂から見初めた赤子じゃ。神世でも話題になっておったからの」
「そんなの初耳なんだけど」
神在月に出雲に行っても、そんな話は一度も聞かなかった。
「神々は直桜に興味津々であったぞ。出雲では様々な神に声を掛けられたであろう?」
「まぁ、確かに、そうだね」
とてもフランクに話しかけてくるから、神様とは友好的な存在なのだなと子供の頃から思っていたが、そういう理由だったのかと改めて思った。
その中でも特に親しくなったのが武御雷神と竜神罔象だった。
「今回は清人がその状態じゃ。枉津日神が惟神を得たのは久し振りじゃからな。紹介しまくって人気者になっておったぞ」
「伊豆能売を眷族として連れて行ったし、尚更だろうね」
久々に神世に戻った枉津日神が惟神と眷族を連れて行き、滅多に来ない役行者が後鬼を連れて参加したとなれば、宴は大フィーバーだろうなと思った。
「とても楽しそうですね。忍班長も清人さんたちも、ゆっくり羽を伸ばせると良いのですが」
梛木がキリっと護を振り返った。
護がビクリと体を震わせる。
「楽しんでおったぞ。忍なぞ、羽を伸ばしまくっておったわ。しばらくは帰って来ぬ。だから帰されたのじゃ。いつもなら一月楽しめる宴が半月で仕舞いじゃ」
梛木が布団を被ってプルプルしている。
本当に残念なんだなと思った。
「しばらくって言ってもさ、俺たちも行かなきゃなんだから、すぐに帰ってくるだろ?」
忍は良いとして、清人と紗月に帰ってきてもらわないと、直桜たちが出雲に行けない。13課組対室を空にはできない。
「戻ってこなくとも、折を見て出雲に来いというとった。13課組対室は立ち上げたばかりじゃ。空にしても良いとな」
梛木が至極つまらなそうな声でぼそっと言った。
「それはまた、忍班長や清人さんらしからぬ言葉ですね」
俄かに信じ難いと言った表情の護も頷ける。その辺りは、きっちりした二人だ。
「直桜と化野が来れば、隙を見て帰りやすくなるから来てほしいそうじゃ。直日神の眷族に神々は興味津々じゃ」
「そういう感じね。忍も清人も帰れなくて困ってるよね、その発言。梛木が連れて帰ってきたら良かったのに」
まんまと忍の懸念が当たったといったところか。
その懸念に清人が含まれたのは予想外だったのだろうが。清人大好きな枉津日神が自分の惟神と眷族を自慢して歩く姿は容易に想像が付いた。
「宴の真ん中で揉みくちゃにされとる輩を四人も拾ってこれるか、面倒な。なれば一人で帰るわ」
吐き捨てる梛木の顔はちょっと拗ねて見える。
「それは、大変でしたね。お疲れさまでした」
護が梛木の肩をぽんぽんと叩く。寝付かせる時に子供にするような仕草だなと思った。護にとっては腕枕の延長なのかもしれない。
梛木も存外悪くない顔をしている。
「ま、問題の人間を陽人《ひの》坊が請け負ぅてくれたのなら、良し。じゃが、早いうちに一度、会わねばなるまいな」
梛木が直桜の胸に手をあてた。
何かを確かめるように、じっと見詰めている。
「最近、直日は顕現したか?」
「そういえば、淫鬼邑に行った時以来、会ってないかな」
「では、例の人間とは、会ぅておらぬな?」
「うん、保輔と直日は会ってない」
梛木の手に神気が灯った。
胸の真ん中が温かくなって、心地よい。大きな何かがせり上がってくるような感覚があった。
「感じるか? 直桜の中の神力が溢れようとしておる。もう、力を抑えておくのは難しいぞ。直日も直桜も、腹を決めねばな」
「梛木も、知ってたの?」
四季に槐、円に続き、四人目だ。さすがにこうも指摘されると、直桜としても目を背ける気にはなれない。
「直桜の中に孵化しそうな何かがあると、傍におる者なら感じておっただろう。化野は、どうじゃ」
ちらりと梛木が後ろを振り向く。
護が申し訳なさそうに俯いた。
「禍津日神の儀式の少し後から、徐々に膨らんでいくのを感じてはいました。ここ最近は、特に保輔君と接するようになってからは、急激に大きくなったと感じていました」
「そんなに、前から?」
直桜が零した問いに、護がおずおずと頷いた。
「ごめんなさい、直桜。私は、怖くて、伝えられませんでした。でも今なら、ちゃんと向き合う覚悟はできています」
怖い、とは昨日話してくれた護の本音だろう。
護の表情を確認して、梛木が直桜に向き直った。
「直桜は今まで、惟神の力を抑制し生きてきた。これほどに神力を使ぅたのは、ここ数カ月が生まれて初めてではないのか?」
「そうかも、しれない。集落の修行以来、かも。あと、集落で気枯れをしちゃった時以来だと、思う」
集落で起こしてしまった気枯れは直桜にとって事件だった。もう力は使うまいと誓うに十分なほど、自分の力を怖いと思った。
「様々な術者に触れ、直桜の力もまた触発されておる。直桜は逃げるのをやめた。惟神として強くなりたい、そうじゃろう」
梛木の言葉に迷いなく頷いた。
その顔が優しく笑んだ。
「ならば受け入れよ。もう昔の直桜ではない。守ってやらずとも、共に歩ける。直日とも、化野ともな」
梛木があてた手に力を籠める。
今の言葉は直日神に向けていたのだと思った。
「けど、梛木、俺は……」
そこまで言って、言葉を飲んだ。
梛木が直桜の言葉を待ってくれている。
ぎゅっと目を瞑って、口を開いた。
「俺は、護とは違う意味で自分の力が怖い。扱いきれずに自分がどうにかなってしまうのが、怖い。力を得たら、大事な人を傷つけるんじゃないかって、それが、怖いよ」
集魂会で気枯れをしてしまった時のように、自分が自分で無くなってしまったら、護でも止められない状況になってしまったらと考えると、踏み切れない。
震える直桜の手を、護が握った。じっと直桜を見詰める目は強くて、言葉がなくても安心をくれる。
「そうならぬ為の、直日神じゃ。直桜が自我を持って自らの意識の元、力を使いこなすには直日の存在が必須じゃ。直日は直桜に溶けたい、一つになりたい願望が強すぎるのよ」
「「え?……」」
直桜と同時に、護が驚きの声を上げた。
「神喰いは人の側だけでは成立せぬ。神の側にも同意が必須じゃ。神を喰らえば直桜が神そのものになる。じゃが、直日と共に在れば共に強くなれる。直桜は、どちらを選ぶ?」
梛木の問いの答えは初めから決まっている。
「直日がいてくれたら、俺は俺を見失ったりしない。俺のままで力を使えると思うんだ。直日がいない人生を生きる気はないよ。それに、俺が神になっちゃったら、護と添い遂げられない」
護が握ってくれた手を握り返した。
「直日と一緒に強くなって、護と共に生きたい。これって贅沢なのかな」
梛木を見下ろす。
その顔がにっと笑んだ。
「いいや、その程度、強欲にも入らぬ。ありふれた願望じゃ」
梛木が護を振り返る。
「私も直桜と同じ気持ちです。だからきっと、当然の未来ですね」
「なれば、道は決まったの」
梛木が直桜の胸に当てた手に神力を込めた。
部屋中に光が溢れて、目の前が真っ白になった。
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