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第40話 神様の手

 とても温かい。どこが温かいのだろう。全身が温かいが、手が一番、温かかった。  薄らと目を開く。  護と、その手前に梛木が寝ている。護のベッドの中だと気が付いた。  直桜と護が結んだ手を胸の上に置いて、梛木が包んでくれている。 「ようやっと、心を決めおったか。やはり直日もまだまだ童じゃの」  梛木がぽそりと零した。  最古の国つ神である梛木に言わせたら、直日神はまだ子供、なのだろう。 「……あ、れ? 直桜……」  護がぼんやりと目を開いた。 「おかえりなさい」  ぼんやりしたまま微笑まれて、胸がきゅんと締まる。  真ん中に梛木がいなかったら、きっと抱き締めていた。 「邪魔で悪かったの」  梛木が直桜を見上げる。 「俺、何か言った?」  無意識で口走ったのかもしれないと思った。 「言わずとも、その顔でわかるわ」  梛木が、胸の上に置かれた直桜と護の手をきゅっと包んだ。 「神結びで眷族との繋がりも深まったか。化野、鬼の手の強化を続けよ。鬼化で体躯を大きくするより、右手に力を集約するほうが使い勝手が良かろう。前にした訓練を覚えておるな?」  梛木の言葉に、護が頷く。 「直桜から流れ出る神力は眷族の神紋に流れ込む。場合によってはもう一人くらい眷族を増やしても良いやもしれぬな」 「え、嫌だ」  反射的に応えてしまった。  梛木がちらりと直桜を窺う。 「眷族は護だけでいい。他の誰かに神紋を与える気はないよ」 「ならば化野が使いこなすしかないの。直桜は自分の神力をコントロールする術を得よ。直日と相談しながらな」  直桜は頷いた。  少し、ほっとした。本当に他に眷族が必要なら、梛木はもっと無理強いしてくるはずだ。 「右手と、腹が、熱いです。いつもの直桜の神力より、強い気がします」  護の顔が上気している。 「直日神と直桜の神力が、本当の意味で交じり合ったのだ。今までより濃い力が流れ込んでくるぞ。己を鍛えよ」 「はい……」  護の顔が苦しそうだ。  今の状態だと、直桜自身も自分の神力のセーブができそうにない。 「俺、いつもより神力流れ出ちゃってるよね? どうしたらセーブできるの?」  慌てて梛木に助けを求める。 「直桜の中の力を抑えていた箍が外れた。それが直桜の本来の神力じゃ。しかし、流しっぱなしにしては化野も辛かろうし、直桜も枯れる。留める癖を付けよ。流れ出す水を池に溜めるイメージをしてみよ」 「池に、水を、ためる……」  自分の胸の中に球体を作って、その中に神気をプールするようイメージする。出て行った気を戻して溜めていく。  熱を持っていた護の手が、少しずついつもの冷たさを取り戻していった。 「楽になりました。ありがとうございます……」  護が力なく笑んだ。 「うむ。覚えが早くて良い。二人とも、起きられるか? 今から陽人《ひの》坊の家に向かうぞ」 「え?」  驚く護の鼻を梛木がきゅっと掴んだ。 「伊吹山の鬼に会ぅて直日を起こしてもらわねば神結びは完結せぬ。お主も直日神の眷族として全体の強化じゃ。今のままでは直桜の神力を受け取り切れぬぞ、良いのか?」 「嫌でふ。行きまふ」  鼻を摘まんだままフリフリされて、護が顔を揺らしている。 「もしかして二人とも、見てたの?」  直日神とのやり取りを知っているような梛木の話し方が気になった。  護がビクリと顔を上げた。   「直桜を直日神の中に送り込んだのが誰だと思うておる。手を握っておれば、直桜と直日の会話くらい筒抜けじゃ」  梛木が何でもないことのように話した。 「そっか、じゃぁ、説明する手間が省けたね」  見られて困るものでもない。  むしろ、護と梛木なら事情を把握しておいてもらえた方が助かる。  何となく、笑みが零れた。 「ちゃんと話せて、良かったよ。梛木、ありがと」  久しぶりに梛木に抱き付いた。  こんなことをするのは、きっと子供の頃に出雲に行った時以来だ。  初めて神在月の出雲に行ったのは、確か五歳の時。速佐須良姫神の惟神だった榊黒修吾が連れて行ってくれた。その時に最初に出会った神様が梛木だった。  梛木とはそれからも出雲でよく会った。会う度に頭を撫でてくれるその手は、直桜が成長するにつれ頭に届かなくなった。  今ではすっかり直桜の方が身長が大きい。 「なんじゃ、童の頃のようじゃの。そんなに嬉しかったか」 「うん、嬉しかった。直日はもう、いなくなったりしないから」  直桜の顔を見降ろして、梛木の口元が笑んだ。 「まだまだ直桜も童のままじゃ。良かったの、直桜」  何千年も生きている梛木からしたら、直桜など子供どころではないだろう。  ゆっくり頭を撫でてくれる梛木の手は、幼い頃に初めて知った神様の手と変わっていなかった。

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