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第45話 雲の上の神殿

 扉の向こうには、雲のようなフワフワした絨毯が広がっていた。歩くとドライアイスのように雲がふわりと舞った。 「向こうに大きな社があるだろ。あそこに大国主命と少彦名命がいて、その奥に宴の間が広がってるんだ」  直桜は雲の絨毯に続く社を指さした。  国風造りの神殿は出雲神社の社より大きく、木材そのものの色しかない分シンプルに見える。 「既に現世とは雰囲気が違いますね。無駄なモノがないせいか、神世って感じがします」  足下の雲と社以外には青い空が広がって陽が照っているだけだから、現実感がないかもしれない。 「これはこれは、直日神様と惟神の瀬田直桜様。今年はゆるりとしたご到着でしたねぇ」  足元に白い兎がいた。 「因幡の白兎か。息災であったか」  いつのまに顕現した直日神が兎を抱き上げた。 「はい、お陰様にて変わりなく。大きな神力を感じましたので、お迎えに上がりました。何やら以前より強い契りを交わされたご様子。それに、勇猛な鬼神様まで引連れて。既に神々がざわついておられますぞ」  むふふと白兎が含み笑いした。  直日神の手の中の兎を、護が驚いた顔で眺めている。 「もう悟られてるの? 俺たち今回は、大国主と少彦名に用があるんだけど」  直桜の言葉に、兎が訳知り顔で頷いた。 「枉津日神様の惟神、藤埜清人様からも同じお話を頂戴いたしましたので、お待ちしておりました。神具の作り方は共にお伝えしようと。宴の神々に見つかる前にご案内いたしましょう」  白兎が直日神の手を離れて、雲の上に着地した。 「それで出迎えに来たか。賢い兎よ。助かるぞ」  兎の先導で、直桜たちは神殿の手前にある小さな社の方に向かった。小さいと言っても、現世の名の知れた神社程度の大きさはある。 「清人たち、それで残ってたのかな。梛木は何も言っていなかったね」 「揉みくちゃにされていたとしか、聞いていませんね」  苦笑する護と直桜を、白兎が振り返った。 「揉みくちゃにされていたので、伝授どころではなかったのです。ですので、直日神様方は、先にご案内をと仰せつかりました」  全員、納得の声を漏らした。 「流石、大国主。よっぽど盛り上がったんだね」 「今も盛り上がっておりますよ。埒が明かないので、役行者殿に気を引いてもらって、枉津日神様方御一行は既に捕獲済みでございます」 「捕獲……」  護が思わずといった感じに零した。 「ささ、お入りくださいませ」  白兎に促されて、社の中へと進む。広く設けられた奥の間に、一際大きな体をした大国主命の姿があった。 「おぉ、直日神であるな。久しい、久しい。よぅ参られた」  体と同じように大きな声で、大国主命が嬉しそうに手招きする。 「久しいの、大国主。息災で何より。神世に変わりはないようだな」 「そうそう、変わるものでもない。現世に慣れた神にとり、神世は退屈なものだろうて。吾らには、それくらいがちょうど良いがの」  直日神と大国主命が嬉しそうに挨拶を交わしている。  毎年、こうして会う瞬間は、直日神は嬉しそうだ。それだけでも来て良かったなと思う。 「直桜も久しいの、随分と人が変わったようじゃ。直日神と、以前より近しくなったか」 「うん、ここに来る直前にね。今までで一番、仲良しな感じだと思う」 「そうじゃのぅ。顔つきもよぅ変わった。こっちに来て見せてみぃ」  手招きされて、傍に寄る。  顎を摑まえてまじまじと眺めると、うんうんと嬉しそうに頷いた。 「良き顔になったわ。直桜も直日神も実に良き顔になった。主らを良き顔にしたのは、そこな鬼神であろう」  大国主命の顔が後ろの護に向く。  呆気に取られていた護がびくりと体を震わす。  大国主命に手招きされて、護が前に出た。 「化野護と、申します。小倉山の、化野の鬼です」 「これは随分と優しき鬼だ。優しく強い、良い鬼だ。清い眼が美しい」  直桜と同じように護の顎を摑まえて、大国主命がうっとりと眺める。  物怖じしていた護も、大国主命の柔らかな瞳に肩の力が抜けたようだった。 「神紋を与えたから、眷族なんだ。でも恋人でも、あるんだよ」 「そうかそうか、良き番を得たな、直桜よ、護よ」  大国主命が直桜と護の頭を撫でた。護が照れた顔で撫でられている姿が、新鮮だ。  いつものことなのに、今年はやけに嬉しく感じた。 「直桜! 久しいな、息災か? って、聞くまでもない顔だ」  大国主命の脇の下から、小さな神様が顔を出した。  柔らかな大国主命とは対照的な、勝気な少年のような顔で直桜に笑いかけた。 「少彦名、久し振り、でもないか。八月に、ちょっとだけ話したね」  日本橋の薬祖神社で縫井の所在を確認するために声を掛けたのを思い出した。 「あの時は済まなんだ。吾も常時、あの場所に居る訳ではないのでな。役に立てんかったな」  土地神の御魂を集めて、楓が荒魂を作っていた時、縫井もまた被害に遭っていた。見かけたら情報をくれと声を掛けていたのだ。  少彦名命を祀る神社は全国に多数あるので、一か所に留まっている訳でもない。神社という沢山の窓があってそこに時折、顔を出すような感覚だ。 「だが、無事に解決したようで何より。縫井も来ておるよ。後でゆるりと話すといい」 「うん、ありがとう」  少彦名命の目が護に向いた。 「これが噂の鬼神か? 直日神が久方振りに眷族を得たというから、どれだけ獰猛な鬼を手懐けたのかと思ぅたが、随分と優しき鬼よ。直桜に似合いの良い鬼じゃて」 「ありがとう、ございます……」  神様二人に手放しで褒められて、護が所在ない感じに照れている。

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