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第46話 結びの勾玉
「少彦名命様、これくらいで足りますかぁ」
社の外から、たくさんの藁を担いだ紗月が歩いて来た。
その後ろをかなり疲れた顔の清人が付いてくる。同じように藁を担いでいるが、量は紗月の半分くらいだ。後ろを枉津日神が支えてやっていた。
「充分充分。良く持って来たなぁ。伊豆能売は体力もあり強力だ」
少彦名命が感心して紗月を眺める。
護が慌てて紗月に駆け寄り、藁を半分受取った。
「お、化野くん、来たね。おーい、直日神様、直桜! 神具に必要な材料、取って来たよ」
紗月が手を振っている姿は元気いっぱいだ。
疲弊しまくっている清人との差が心配になる。
大国主命と少彦名命の前に紗月が藁を降ろした。
「これ、藁じゃなくて、米?」
たわわに実った穂に触れる。命の重さを感じた。
「御神域で収穫した米だ。実も藁も使うぞ」
少彦名命が満足そうに笑む。こういう顔をしている時は、大概、何か企みがある時だ。
護に続いて、清人が米を降ろす。すぐにその場に座り込んだ。
「なんで紗月はそんなに元気なんだよ。俺ら、収穫の直前まで酒飲まされてたんだぞ」
清人の顔がやけに上気しているのは、そのせいかと思った。
紗月が仁王立ちで清人を見下ろした。
「神様のお酒だよ、御神酒だよ。御利益しかないよ。元気しか出ないよ」
「清人も弱くはないがなぁ。あれだけ飲めば、辛かろうなぁ」
枉津日神が控えめに清人を労った。
「そんなに飲まされたんだ。枉津日、清人を自慢しすぎだよ」
「そうよなぁ。ついつい、嬉しくてなぁ」
直桜の苦言に、枉津日神が困った顔をしている。どうやら自覚があるらしい。
恐らく同じように飲んでいるはずの紗月が元気なのが異常なんだなと、聞くまでもなく思った。
「早く直桜たちを寄越してくれって神倉さんに何回も言ったんだけどな。でないと俺たち、終わるまで帰れねぇ」
清人が項垂れている。相当、きつかったらしい。来年からも参加するのに、トラウマにならないといいなと思った。
「梛木には一応、聞いてたけど。保輔のこととか、色々あったからね。遅くなって、ごめんね」
梛木の言葉はそこまで逼迫していなかった気がする。むしろ楽しんでいるような印象を受けた。途中で帰れと言われて、梛木が臍を曲げていたせいだろうか。
清人の状態が可哀想すぎて、素直に謝った。
「俺たちは、神具の作り方聞いたら、このまま帰るから。直桜たちは忍さんと帰ってきてくれ。あっちもあっちで、大変だ」
「いっそ、終わりまでいたらいいんじゃないの? あと十日くらいでしょ? その間なら、13課組対室は私らで繋いどくからさ」
ぐったりした清人の言に、紗月の言葉が続くと、どうすればいいか、わからない。
「状況を見て、考えましょうか。忍班長がどんな状態か、わかりませんし、直桜も会いたい神様がたくさんいるでしょう?」
忍の状態はさておき、縫井や武御雷神、罔象には会っておきたい。
「そうだね。とりあえずは神具の作り方を教わって、清人を返してあげないと、ちょっと可哀想かも」
今にも寝てしまいそうな清人を、枉津日神が支える。
「注がれる酒を全部飲んだ上に、碌に寝ておらぬ故な。疲れておるのじゃ」
「それ、現世でやると死にますね」
護が思わずといった具合に口走った。
「なぁに、神の酒は現世に戻れば薬よ。すぐに気力も戻ろう。清人は体力を付けねばなぁ。紗月に負けていられんぞ」
豪快に笑う大国主命を、清人が疲れた顔で見上げた。
「俺も、体力ない方じゃないのよ。紗月が酒に強すぎるだけで、俺の反応が普通、人間て、こんなもんだからね?」
「清人の言が正しいの! 紗月は魂から伊豆能売じゃ。有様は吾らに近しい。御神酒も水のようであったろう」
少彦名命が小さな手で紗月の頭をポンポン叩く。
「そうですね。私の場合、現世の酒も水みたいなものなので」
紗月が何故か照れている。
「そうかそうか、なれば紗月が清人を担いで帰ってやればよい」
大国主命の言葉に、清人の顔が曇った。
「それは何か情けねぇし、ちゃんと歩いて帰るけど。少し座ったら、ちょっとさっぱりしてきたなぁ」
清人が顔を上げた。藁を担いでいた時よりは顔色は良い気がする。
「社の中は神世でもさらに神域じゃ。我等、薬祖の神の神力が溢れておる。気力も満ちようて」
少彦名命が胸を張る。
因幡の白兎が水を持って跳ねてきた。
「遅くなって申し訳ありませぬ、清人様。御神水をどうぞ」
「ありがとなぁ。白助の気遣いが、一番ありがてぇよ」
水を受け取った清人が一気に飲み干す。
清人の顔色と表情が、更に良くなった。
「神世じゃ、白助が一番、現世の常識を知ってくれてるから、助かるよね」
直桜は思わず零した。
割とぶっ飛んだ発想をする神様が多い中で、毎年ゲストの世話係をしてくれる因幡の白兎の白助が、一番の常識を持った存在だった。
「私は現世と神世の縁を繋ぐ兎ですから。そうだ、忘れないうちに、お二方に先にお土産をお渡ししましょうか」
白助が懐から二対の勾玉を取り出した。
腕にも付けられそうな小さなサイズの白い玉だ。
清人と直桜、それぞれに手渡した。
「俺たちも、もう貰っちゃっていいの?」
来たばかりでお土産を貰うというのも、変な気分だ。
「今渡さないと、帰りに渡せるかわかりませんので。特に今年は」
白助が意味深な視線を護に向けた。
「こちら、縁結びの勾玉となっております。縁を結びたい御相手や場所、モノに紐ごと結んでくださいませ」
清人と直桜が受け取ると、二対の勾玉はそれぞれに金色の色を呈した。
「今まで、貰ったことないけど、今年は特別なの?」
「毎年、対象の方には差し上げているお土産です。惟神の皆様、今年は良いご縁が多かったようで」
直桜の質問に、白助が嬉しそうに笑んだ。
「じゃぁ、智颯や瑞悠にも、もしかして渡した?」
「ええ、勿論。律様にも」
「律姉さんにも?」
「ええ、勿論でございますよ」
白助の言葉は含みがあり過ぎて、怖い。
智颯や瑞悠には確かに縁があったが、律には大きな変化はない気がした。
「幼き頃より存じております律様の御幸せを、心より願ってございます」
深々と頭を下げられて、余計に怖くなった。
「これって、パートナーに渡すのか?」
清人が勾玉を眺めながら問う。
「それも良し。一つはご自身で身に着けて、もう一つは人でも場所でもモノでも、縁を結びたい対象に結んでくださいませ」
「紗月、腕出して」
「はい、護。どっちの腕がいい?」
白助の説明を聞き終えてすぐに、直桜と清人が同時に相手に勾玉を差し出した。
紗月と護が、清人と直桜に素直に腕を出している。
その様を見て、大国主命が笑った。
「迷いがないのぅ。良き良き。二組とも良き番じゃ。今年は本に縁が多い。出雲の力も漲る。宴も盛り上がろうというものじゃ」
直桜と清人が照れて言葉を失くしている脇で、護と紗月が勾玉を眺めていた。
「色が変わりました。赤いですね」
「私のは紫だ」
よく見ると、直桜と清人もそれぞれにパートナーと同じ色に染まっていた。
「紅と紫紺か、良き色じゃ。神力と霊力が交じり合って、互いの絆を結ぶのよ。縁がある番でなければ色は混じらぬから、二組は生涯の番なのだなぁ」
大国主命が感心している。
「バディ契約の指輪に似ていますね。色も同じです」
護が自分の左手の薬指を見詰めた。
指輪も互いの霊気が交じり合って出来る色だと優士が説明してくれた。原理は似ているのかもしれない。
「指輪も嬉しかったですが、この勾玉も神様に後見人になってもらえた気がして、嬉しいですね」
ニコリと笑む護が可愛くて、思わずその顔を抱き締めた。
「護が嬉しそうで、俺も嬉しい」
「直桜! あの、見られていますから」
清人と紗月だけでなく、大国主命や少彦名命、白助も、じっくりと直桜を見詰めていた。
「おやおや、直桜様は随分と御人柄が変わられたご様子。何よりでございます」
白助が丁寧に驚いている。
「神力が増して人らしさを得るとは、不思議なものよのぅ、直日神」
「護のお陰で、直桜は温かくなったであろう?」
大国主命に語る直日神はどこか自慢げだ。
「人の温かみが増した故、神力が増したのであろう、なぁ直日神よ」
「そうでも、あるな」
少彦名命に指摘されて、やはり嬉しそうに直日神が笑んだ。
「お前、昔はどれだけ冷たかったの?」
清人が半ば呆れた声で問う。
「そういうつもりは、特にないけど」
「今でも時々出るよね。直桜のちょっと冷たい感じ。冷たいというか、乾いた感じ」
紗月が言う乾いている感じが、直桜自身ではよくわからない。
「そろそろ、神具造り始めない? 清人と紗月、何時まで経っても帰れないよ」
どうにも居心地が悪くて、強引に話題を切り替えた。
昔の自分を知る皆が皆、直桜を変わったと評する。多少は変わってると思うが、そこまで大きな変化だとは、自分では思っていない。
けれど、悪くないものだと感じている自分もいた。
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