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第47話 薬祖の神の神具

 大国主命を中心にして、積まれた米の前に全員が輪になった。  山積みの米の上に少彦名命がちょこんと座った。 「惟神を殺す毒を解毒するために、枉津日神の神力と鬼神の霊力を込めた神具を作りたい、との話であったな」  少彦名命の確認に、直桜を始め全員が頷いた。 「神を殺す毒とは、大層な代物よ。人とは時に驚くような振舞をするなぁ」  大国主命がおおらかに笑う。 「笑い事じゃ済まねぇよ、大国主。実際、直桜と直日は結構、酷い目に遭ってんのよ」  清人の言に、大国主命が笑いを止めた。 「俺より直日が酷い目に遭ったよね。あのまま消えちゃうんじゃないかって不安になった」 「そうだな。護が手を引いてくれなんだら、毒に呑まれていたやもしれぬ」  直桜と直日神の目が護に向く。 「私の穢れた霊力が、あんな形で役に立つとは思いませんでした」  護が照れた目を逸らした。 「穢れとは人の罪や負の感情の集まり。だが、それらは人の世に全く不必要な存在でもない。人の世に邪魅が在る由縁よ。だからこそ、神力と交わり毒を打ち消す力ともなる。己を卑下してはならぬぞ、護よ」  大国主命の大きな手が護の頭を撫でた。 「総ては在るべくして在る。現世とはそういう場所じゃ」 「はい……、肝に銘じます」  大国主命の目を見上げて、護が頷いた。 「そんな風に考えたことは、ありませんでした。この力にも、意味があるのですね」  噛み締めるように言葉を零した護の顔が紅潮している。本当に嬉しそうだ。 「そうじゃぞ、護よ。吾なぞ、黄泉の穢れより生まれた神じゃ。神力がすでに穢れておる。鬼の穢れなぞ比ではないぞ」 「そうですね。枉津日神様を見ていると、元気が出ます」  枉津日神の励ましに対する護の返事が、とても軽く聞こえた。 「穢れには穢れ、良き発想じゃ。枉津日神と直日神の鬼神の神力を混ぜて耐えうる器、その力を維持する実り、落とし込んだ神力を何倍にも増やす実を整えよう」  少彦名命が硬玉を取り出した。  全員が玉に見入る。  少彦名命が持つと大きく見えるが、実際は掌に乗る程度の大きさだ。 「今年は宴が大いに盛り上がった。これも惟神と役行者のお陰であるからな。その神具、吾らと共にここで作っていけ。吾ら二柱からの礼じゃて」  大国主命が豪快に笑った。 「いいの? 二人の神力も借りられる?」  直桜の問いかけに、大国主命と少彦名命が頷いた。 「硬玉に神域の実りである米と藁を仕込んで力を分けよう。親と子の力を繋ぐ結びの紐を籠めよう」  少彦名命が手を掲げると、稲穂から白い米がハラハラと零れ落ちた。少彦名命の手の中の硬玉にどんどん吸い込まれていく。  脱穀された稲は藁となり、編まれて注連縄のようになった。それも硬玉の中に吸い込まれた。  大国主命が首元から一本、紐を取り出した。何本も巻き付けているうちの一本だ。手を離すと、それも硬玉の中へと吸い込まれた。 「さぁ、清人、護、硬玉に手を添えよ」  少彦名命の言葉に従い、清人と護が前に出る。 「硬玉に手を添えて、神力を送り込め」  大国主命の目が直桜に向いた。 「護に神力を送ってやれ、直桜。これからは直桜の神力を己の霊力に混ぜて使え。さすれば、護の霊力は神力になる。呪詛を弾き毒を溶かす力となろう。名実ともに鬼神だ」 「はい」  護が力強く頷いた。 「背中に触れるよ、護」  護が頷いて、直桜に目を向ける。 「やっと、直桜と直日神の眷族になれた気がします。これからは、同じ力を使えるんですね」  護があまりに嬉しそうなので、直桜の方が照れた心持になった。  前に向き直った護が硬玉に手を翳す。  清人と直桜の力を送り込まれた護の神力が、硬玉の中で混ざり合う。  黒かった玉は、強く鮮やかな赤色に輝いた。 「ほうほう、真朱《まそほ》とは、強く邪気を払う色になったなぁ。これで速佐須良姫神と修吾も戻ってこよう。息子もきっと消えずに現世に残れようぞ」  榊黒修吾は速佐須良姫神と何度も出雲を訪れている。大国主命とも少彦名命とも顔見知りだ。もしかしたら二人とも、修吾を案じて自分たちの神力を分けてくれたのかもしれない。 「なかなかに強い神具となったなぁ。出来栄えも良い。吾も満足じゃ」  少彦名命が嬉しそうに強く笑んで頷いている。  出来上がった神具を清人に手渡した。 「速佐須良姫神の惟神に使う時は、直桜と清人が揃った時にせよ。勿論、護も共に見守れ。焦ってはならぬ。機を読め」 「吾らの神力が、清人と護の神力が潰えぬよう支えておる。その神具からは永劫、二人の神力は消えぬ。安心して使うがよい」  少彦名命の言葉に続いた大国主命の言葉に、清人が深く頷いていた。 「二人とも有難う。来年は新しい四ノ神の惟神を連れて、出雲に来るよ」  大国主命が直桜の頭を撫でた。 「ああ、楽しみにしておるよ。さぁ、直日神たちは宴を楽しめ。今年の宴も終盤じゃ。神々もすっかり出来上がっておるぞ」  社の向こうから、楽し気な声が入り込んで来た。  神具造りのために張っていた結界を解いたらしい。 「俺たちはこの神具を持って帰る。梛木にも報告しねぇとだしな」 「直桜たちはゆっくり楽しんできてよ。私らは堪能させてもらったからさ」  清人と紗月が大国主命と少彦名命に挨拶して、枉津日神と共に現世の出口へと向かった。案内役の白助が二人と一柱を先導している。 「では、神々に護のお披露目といこうか、直桜」  直日神が直桜と護に微笑み掛ける。  直桜と護は頷いて、神在月の宴へ向かった。

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