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第48話 神在月の宴
神具を作った小さな社を出て、一際大きな社の中を通り抜ける。
宴のざわめきが大きくなった。
社の上から宴会場を一望のもとに眺めた。
「ここが宴の広間だよ。広間っていっても野晒だけどね。雨とか降らないから中も外も変わらないんだけど」
端が見えない程の広さに設けられた宴会場は丸い大きな卓がいくつも並び、その上に酒や食事がわんさと盛られている。
好きな場所で酒を飲む神々で溢れていた。酔って相撲を始めている神や歌を歌う神もいて、本当に盛り上がっていた。
時々、色付いた紅葉が降り落ちる雅さは、宴の騒がしさにすっかり飲まれていた。
「大盛況って感じですね。何というか、人の宴会とあまり変わらない気がします」
「そうだね。今年は特に凄いかも。こんなに盛り上がってるの初めて見るかも」
「さっきまで来ていたのが紗月だからな。伊豆能売の魂が神世に戻るのは久しい。それに、紗月ならばこれくらい盛り上げて帰るのは容易だろう」
直日神の言葉には納得しかない。
「直桜! 直桜だろ? やっと来た!」
小さな神様が直桜の胸に飛び込んだ。
「縫井! 良かった、元気そうだ。来てるって聞いたから探そうと思ってたんだ」
胸に張り付いた縫井を見詰める。
直桜が知っている姿の半分くらいに小さくなっていた。
「あの時は、本当に助かった。荒魂になっていたら、きっと今頃、姿から消えていたよ」
心底安堵した顔で縫井が直桜を見上げる。
縫井は九月初めに起こった禍津日神の儀式の時に誘拐された土地神様の一人だ。普段は日本橋の福徳稲荷神社に住んでいる。
「あの時の影響で、こんなに縮んじゃったの? この体、元には戻らないの?」
直桜の手の上で、縫井が恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いやなに、これでも御神酒や大国主命、少彦名命のお陰で多少は神力が回復したのだがなぁ。まぁ、焦らずゆっくり戻すさ。時間はたっぷりとある」
ここまで縮んでしまうとは、本当に掻き消える寸前だったのだなと思った。
「ごめん、俺がもっと守れたら。縫井にもっと早くに会いに行ったら良かった」
縫井の小さな額に自分の額を合わせた。
せめて少しでも戻ってほしいと思い、神力を流し込む。
「直桜のせいではないさ。むしろ感謝している。禍津日神の中で直桜は必死に我等の御魂を守ってくれた。己の命も省みず霊力を使ってくれた。直桜が死なずに良かったと、思うておるよ」
縫井が直桜に頬擦りした。
「それより、紹介しておくれよ。この鬼神が、吾らを魔手から救った英雄であろう」
縫井の目が護に向いた。
護が小さな縫井にぺこりと頭を下げた。
「初めまして、縫井様。化野護と申します。小倉山の、化野の鬼です。直日神と直桜の眷族の鬼神です」
自分を鬼だと自己紹介する護の言葉は、着た時よりも幾分か軽やかになった気がする。大国主命の言葉は護の心にかなり響いたんだろうと感じた。
「うんうん、格好良かったなぁ。あの禍津日神とやり合ったところは勇猛果敢でさすがは鬼だと思うたよ。直日神も、そう思っただろう?」
縫井が直日神を見上げた。
「そうだな。眷族が褒められると吾も喜ばしい。縫井、その話、宴では既に広まっておるのか?」
「そりゃぁ、もう! 禍津日神と対峙した鬼の話で今年の宴は持ちきりよ! 枉津日神も雄弁に語っておったよ。盛り上がって相撲をし出す神が絶えぬでなぁ」
直桜は頭を抑えた。
「白助のあの視線は、そういう意味か」
帰りにはお土産を渡せるかわからない、と話した白助の目は確かに護に向いていた。
「是非、皆に語ってやっておくれよ。神々は、鬼神が来るのを今か今かと待っておったのだから」
鼻息を荒くして縫井が護の手を引いた。
「おーい! 皆の衆、直日神の眷族の鬼神が来てくれたぞ! 吾を救った勇猛果敢な英雄ぞ!」
「あ、ちょっと、縫井!」
直桜の制止は遅かった。
縫井の呼びかけに、宴に夢中だった神々の目が一気に護に集中した。
護が息を飲んで固まっている。
「なんと、アレが彼の鬼神か。見目は人のようだな」
「あの細腕で禍津日神と対峙したと。是非、相撲を頼みたいものだな」
「吾は話を聞いてみたい。土地神を救った英雄譚を、鬼神から聞きたいのぅ」
神々が口々に護の話題を振りまく。
「さぁ、行こうぞ、護。直桜、しばらく護を借りるぞ」
縫井が護の腕を引いて飛び上がる。小さな体とは思えない力で護を引っ張っていった。
「直桜、私は、どうしたら……、直桜!」
後ろを振り返る護の体は、もうほとんど神々に揉まれて消えていた。
「護には吾が付いていてやろう。適当なところで切り上げる故、案ずるな。直桜は会いたい神に会って来い」
直日神が喧騒に消えた護の姿を追った。
宴に入った途端、直桜は一人になってしまった。
「えっと、どうしよう」
一先ず社から降りて、宴会場の方へと歩き出した。
「直桜! 遅かったな、待ちわびたぞ!」
声の方に目を向けると、後ろから誰かが覆いかぶさった。
「直ー桜、一人とは珍しいねぇ。今年はまた随分と遅かったじゃないか。いつもはさっさと来てさっさと帰ってしまうのに」
抱き付いていたのは竜神・罔象《みつは》だった。
目の前から歩いて来たのは武御雷神《たけみかづちのかみ》だ。
「武御雷神《みかづち》、罔象、久し振り。直日は護……、えっと、眷族の鬼神の方にいるよ」
「ああ、なるほど」
二人が納得の様子で視線を向ける先で、護が神々に絡まれて酒を注がれまくっている。
「なんだ、眷族を取られて拗ねているのか?」
揶揄う武御雷神が近くの円卓に直桜を誘う。
「だってさ、本当は武御雷神と罔象に一番に紹介したかったのに、縫井があんな大々的に注目集めちゃうから」
罔象が杯を手渡し、そこに御神酒を注いでくれた。
「そう拗ねるなって。飽きれば解放してくれるよ。何せ、今年の宴はずっと直桜と眷族の話だったんだよ。あと伊豆能売か。何にせよ、惟神の話題で持ちきりさぁ」
ふにゃっとした笑みを見せて、罔象が酒を煽る。
「俺も興味はあるがなぁ。まぁ、そのうちに直日神が連れてきてくれるだろうさ」
杯を持ち挙げて、献杯する。
「武御雷神も興味あるの? 禍津日と対峙した英雄譚?」
「いいや。直桜を口説き落とした化野の鬼がどんな奴かに興味があるな」
武御雷神が直桜の肩に腕を回す。
「それ、私も興味あるなぁ。神様しか友達いないとか言ってた直桜が恋人を作って、しかも眷族にして出雲に連れてくるなんて、よっぽどだぁ」
そう言って酒を煽る罔象はどこか嬉しそうだ。
「直桜、直日神と神結びをしたな。以前より神力が強くなった。それに、ホレ」
武御雷神が直桜を顔を掴んで自分の方を向かせた。
「顔つきが去年とはまるで別人だ。直桜をここまで変えた鬼神に、俺は少し嫉妬するぞ」
武御雷神が豪快に笑う。
罔象が直桜の顔を摑まえて、武御雷神と同じようにまじまじと見入った。
「どれどれ~。確かに、男前になったなぁ。これは、私らの加護も強くしないと神力に追いつかないかねぇ」
「神力が増したし、俺たちの力は、もう要らないんじゃないか?」
直桜は激しく首を横に振った。
「俺の神力は基本、守りとか回復特化でさ。攻撃系じゃないから、御雷と罔象の加護、凄く助かってるんだ。今、護とも雷と水を使った連携訓練してるし、加護を強めてくれるなら、嬉しい」
鼻息荒めに前にのめる。
武御雷神と罔象が驚いた顔をしたが、次の瞬間、吹き出した。
「こんなに積極的な直桜は初めてだ。俺たちの加護が役に立ってんなら、嬉しいけどな」
「自分を守るために与えた加護だ。それを使わなきゃならない現世は何とも物騒だが。今、直桜はそういう場所にいるんだったねぇ」
直桜は頷いた。
直日神の神力は、鍛えれば今後、攻撃系の力にもなるのかもしれない。だが、どちらかといえば与える守りだ。
攻撃系の神力は持っておきたいし、強くなりたい。
「なれば加護ではなく、私の水玉を分け与えてやろう。加護よりもっと直接的に直桜の神力に溶かして、自分の力のように使える。きっと、今の直桜には便利だよ」
罔象が自分の手の中に水の玉を作る。その中心が蒼く光って、罔象の神力が籠められているのだと感じた。
水の玉を直桜の胸に押し当てる。するりと入り込んで、直桜の霊元に溶けたのが分かった。
「なんか、すごくしっくりくる。ありがとう、罔象」
罔象が嬉しそうに笑んだ。
「水は浄化と相性が良い。穢れを清流で流し清めるのが浄化の起源さ。水は命の源でもある。きっと今後の直桜の役に立つだろうよ。時には丹生まで遊びに来ておくれよ」
水の女神・竜神・罔象は基本、奈良にある丹生川上神社に鎮座している。清い水の滝の上の山頂に大きな湖があり、社も上中下と三つに分かれる。有史より以前から信仰を高めた古い神社だ。
梛木と同じように罔象もまた日本最古の国つ神の一人だった。
「そうだね。護と一緒に遊びに行くよ」
「狡いぞ、罔象よ。俺も直桜の役に立ちたい。俺はもう、稲玉を与えているしなぁ。何がいいかなぁ」
武御雷神が首を捻って考えている。
「童のようなだぁ、武御雷神。お前も古い天つ神だろうに。どうにも性分が幼子のようだよ」
それは直桜も思うところだ。
武御雷神は古事記や日本書紀にも出てくる武勇の神だ。雷は力強さの象徴とされ、主に武士に人気があった。今でも勝負事などの祈願の際には神社を参拝する人間も多い。
「そうだ、稲玉を強めてやろう。今の直桜なら使いこなせる。罔象と同じように直桜の中に溶かしてやろうな」
武御雷神の手が直桜の胸を軽く押した。
どくん、と心臓が大きく跳ねて、霊元に稲玉が溶けたのが分かった。
「衝撃が、強い。前より強い力を分けてくれたの?」
「当然だ。今の神力に見合った力でなければ、与えるにしても直日神に失礼だからな」
得意げに語る武御雷神の顔を眺める。
相変わらず、頼りになる兄ちゃんな感じは変わらない。
武御雷神と罔象が変わらずいてくれることが、直桜にとっては心地良かった。
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