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第58話 藤埜家の分家

 鳥居閉と共に、直桜と護はエレベーターで三階へと向かった。三階は副班長である梛木の私室だ。そこに、自分が展開した闇の中に引きこもった流離がいる。梛木の結界で保護されているのだ。  エレベーターの中で、閉が直桜を振り返った。 「根の国底の国に封じられている呪物は、久我山家の次女という話だが、本当なのか?」  久我山家の次女、という表現をした人は、初めてだ。反魂儀呪のリーダー兼巫子様、八張家の嫁。久我山あやめに関する直桜の認識はどちらかといえば、集落側だ。 「そう、ですね。安倍晴子の妹で、八張の家を出た後は枉津の家に嫁に入っているはずです」  きっと正確には枉津あやめになるのだろう。楓の母親なら、再婚して枉津の家に入り、反魂儀呪に関わったと考えるのが妥当だ。 「俺は十年前の事件も反魂儀呪に関しても、今回の仕事の話を受けてから古い報告書を漁った程度で詳しくはないんだが、やはり久我山家が呪詛を生業にしているのは事実なんだな」  独り言のように閉が呟いた。 「今回のって、昨日の午後に話があったばかりでしょ? もう調べたんですか?」  明日の流離と修吾の解毒は、詳細な日程が昨日決まったばかりだ。鳥居兄弟への助力の申し出も昨日出したばかりだ。さすがに仕事が早すぎる。  閉は事も無げに頷いた。 「回復室にいると、事件に深く関与することがないから、どうにも疎くてな。すまない」 「いや、仕事が早いなって思っただけで」  閉が直桜に視線を向けた。 「呪禁師協連を知っているか?」  直桜は首を振った。 「京都を中心に呪禁師の古い家系が名を連ねる、大きな協会連合と記憶しています。久我山家は筆頭だったとも」  護が直桜の代わりに答えた。  閉が護の言葉に頷いた。 「鳥居家も、一応名前が入っているんだ。それなりに古い呪禁師の家系だからな。久我山は呪禁師協連の筆頭だが、裏で呪詛を生業としているのが公然の秘密のようになっている。だが、実証を掴んだ者はない。だから、大きな顔をしていられるんだ」  閉の説明が、直桜には意外だった。  てっきり正当な呪禁師の間からはハブられていると思っていた。 「久我山家はいまだに呪禁師の間で、権力を持っているんですね」  直桜の言葉に、閉が渋い顔をした。 「もし、久我山あやめが反魂儀呪のリーダー兼巫子様であった事実が公になれば、久我山家も今のままではいられないだろうな」  十年前の儀式については13課の中でも緘口令が敷かれている。事件そのものが公になっていないから、証拠を出すのが難しいのは事実だ。 「けど、久我山家は噂になるくらい呪詛と深い繋がりがあるんですよね。何かで糾弾できないんですか?」  閉が眉間に皺を寄せて呻った。 「現当主が若い割に食えない奴で、巧く誤魔化しているようだ。何分、明確な証拠がないから、のらりくらりと躱しているんだ」  閉の表情には嫌悪が滲んで見える。  当主が嫌いなのか、久我山の家が嫌いなのか。両方かなと思った。 「証拠か。それこそ、久我山あやめを根の国底の国から引き摺り出すしかないのかな」 「いけません、直桜。それは充分な準備をして行わないと、危険です」  護が慌てた様子で首を振る。 「久我山あやめでは最早、証拠としては不十分かもな。何十年も前に他家に嫁いだ女だ。嫁ぎ先で誑かされたとでも……。あぁ、でも、枉津の家か。だったら多少は打撃になるかな」  直桜は閉を見詰めた。  閉が直桜の視線に気が付いて、説明をくれた。 「枉津家も呪禁師協連に名を連ねる一家だ。反魂儀呪のメンバーに関しては13課内の機密事項だから、公にはなっていないだろ。呪詛など無縁とばかりにクリーンなイメージを貫いているよ」  直桜は唖然とした。  枉津家が呪禁師の名家だったとは知らなかった。 「枉津家って、そんなに呪禁道に精通した家なんですね。知らなかった」 「枉津家は藤埜家の分家だからな。清人に聞いていないか?」  直桜と護は顔を見合わせた。護の顔が引き攣っている。きっと直桜も同じ顔をしているはずだ。  二人の顔を見て、閉が得心したように話しだした。 「枉津日神を失い関東に居住区を移した藤埜家は、枉津日神を激しく求める一派と穏やかに暮らしたい本家筋とで揉めたらしい。その時に別れて行った過激派が枉津家だ」  名前に強い気持ちが現れているなと思った。  となると、清人と楓は遠縁の親戚ということになる。 「価値観が違い過ぎて話し合いにすらならなかったらしい。藤埜家は枉津家との繋がりを廃して分家と認めていないそうだし、全く付き合いもないらしいけどな」 「そう、なんですね」  清人は反魂儀呪に単独潜入した時、楓に会っている。一体、どんな気持ちだったんだろうと考えた。 (それに、今の話ならきっと、枉津日神の神降ろしを期待されていたのは、楓だ。楓に降ろせなかったから、槐は俺に枉津日神を投げたんだ)  枉津日神と魂重をした清人に会った楓の気持ちも、気になった。自分ができなかった神降ろしを成功させた相手に会うのは辛かったんじゃないだろうか。  護が直桜の手を握った。  その顔を見上げる。真摯な瞳が直桜を見詰めていた。 「枉津楓の立場や気持ちまで、直桜が慮る必要はありませんよ」  護もまた、直桜と同じ考えに至ったのだと、わかった。その上で直桜が何に心を砕いているのかも、感じ取ったのだろう。 (護って、凄い。俺の心の中まで、見透かしているみたいだ)  何となく甘えたい気持ちになって、握ってくれた手に指を絡めて握り返した。 「清人が枉津家を藤埜家の分家だと知ったのも、最近のようだ。枉津楓と話して、気になって調べたらしい。君たちには、これから話すつもりだったのかもしれないぞ」  直桜の表情を見て取って、閉がフォローを入れてくれた。  落ち込んだ顔に見えたのかもしれない。直桜の気持ちが沈んだのは清人の方ではなく、むしろ楓の心境を考えたからなのだが。 「閉さん、優しいんですね」  思ったことを口走った。  閉が思いもよらないような顔をしている。 「俺はただ、事実とそれに近いであろう仮説を伝えただけだよ」  閉が顔を隠すように逸らした。  案外、シャイな人なのかもしれない。  エレベーターの扉が開いた。目の前に清人と開が立っていた。 「あれぇ? 君たち、三階に行ったんじゃなかったの?」  開が変わらず微笑んだような表情でエレベーターの中の三人を眺めている。  訳が分からなくて、きょろきょろと辺りを見回す。  護の指がエレベーターのボタンを押した。 「階を押し忘れていたようです」  護が真っ赤になっている。それ以上に閉の顔が赤い上、明らかに狼狽していた。 「相変わらず、閉は抜けてんなぁ」  清人がカラカラと笑った。 「しっかり者なのに、どこか抜けるんだよねぇ。そういうとこが可愛いんだけど」  開と清人に揶揄われて、閉が目を覆っていた。  意外な弱点だなと思った。 「ちょうどいいから、一緒に三階に行こう。修吾さんの容体は、問題なさそうだよ。思ったより良さそうだから、明日は同じ部屋に運べそうだよ」  開が直桜に教えてくれた。  一先ず安堵した。十年間も寝たきりの修吾がどうなているのか、ずっと気になっていた。 「久し振りの大仕事だなぁ。鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだね」  昇るエレベーターのパネル表示を眺めながら独り言のように開が呟く。その目には、どこか愉悦が浮かんで見えた。

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