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第76話 惟神狩り

 京都にある、とあるホテルの最上階から久坂部真人はその街並みを眺めていた。最上階と言っても、京都には高度地区の規制があるから、大した高さではないが。 「真人ぉ、いつまでホテル暮らし? いつになったら新しいお社できるの?」  いい加減、我慢の限界を超えた弓削譲が不機嫌な声で嘆いた。 「もうすぐだよ。新しいお社は広いから、きっと譲も気に入るよ」 「そうそう、しかも東京だろ。ここより高い建物なんじゃねーか? ワクワクすんな」  真人の言葉に次いだ竜田健友が嬉しそうに笑う。 「高い建物にはならないだろう。東京には京都より高いビルなどいくらでもある」  静かに座っていた大伴和歌が至極真っ当な指摘をしている。 「東京と言っても都心からは離れた田舎だよ。あまり期待しないようにね」  困った顔で笑む。  譲が嫌そうな顔で真人を振り返った。 「田舎って、どれくらい田舎なワケ? 俺、京都より田舎は嫌なんだけど。虫とかいるところで暮らせない。コンビニ遠いのも嫌だ」 「譲の遠いって徒歩一分以上だろ? 無理じゃね?」  健友が揶揄うように笑うのを譲が冷めた顔で無視した。 「遣いならしてくれる人形がいるだろ。コンビニは諦めろ」  和歌が後ろを振り返る。  気配など感じないくらい生気のない男女の人間が二人、ぐったりと座り込んでいた。 「その人形はそういう使い方をしちゃダメだよ。折角、理研から借りたんだから、大事に使わないとね」  ソファに座ったまま、譲が真人を見上げた。 「理研のmasterpiece、二体も盗んだりして大丈夫なの? 陰陽師連合を敵に回すと面倒じゃないの?」  譲にしては真面な意見だなと思った。 「盗んだんじゃなくて、借りたんだよ。まぁ、連合に加盟しているとは言っても、今の安倍家は事実上の権限なんか持っていないけどね。本家の土御門にも見放されているし、霊元を持つ術師もいない。大人しく科学に傾倒していれば良かったのに」  思わず嘲った笑いが零れた。  陰陽道の本家、安倍家は長らく強い術師がなく、最近では霊元を持つ人間すら生まれていない。本家筋を土御門に奪われてからは相手をする者も減った。  未練たらしく霊能に縋る安倍千晴の姿が、真人には憐れで可笑しくて仕方ない。 「理研か、或いは安倍家が潰れるのは時間の問題でしょう。被験体を二体盗んだところで何の問題もない」 「だから盗んだんじゃなくてね、ちゃんと所長に許可を取って借りたんだよ」  健友が真人と和歌に、不思議そうな目を向けた。 「でもよ、blunderやbugと違って、この二人は戸籍があるんだろ? 行方不明になったら警察とか動くんじゃねーの?」  理研でblunderやbugのレッテルを貼られた被験体の中には戸籍を持たない者も多い。特にbugはほとんどが捨てる命だ。 「動いてもらうためのmasterpieceさ。だから、敢えて行方不明を演じてもらっているんだからね。理研絡みなら特殊係の管轄になる。巧いこと、惟神の職員を誘導してきてもらわないとね」  真人の言葉に健友が納得の笑みを浮かべた。 「それはいいけどさぁ、封じの鎖はもらえた? 今回、反魂儀呪の協力がイマイチじゃない? 頭領様にもっと強めに意見してもらったほうが良いんじゃないの?」  譲が不機嫌な顔で頬を膨らます。  最近の譲はずっと不機嫌だ。歳の割に中身がお子ちゃまだから仕方がないのだが。ホテル暮らしが長引いて、飽きてきたのだろう。 「封じの鎖は改良中だってさ。使い過ぎて対策を打たれちゃったらしいよ。瀬田直桜と化野護はどんどん強くなってるから気を付けてねって、槐君からアドバイスをもらったよ」  ふぅん、と鼻を鳴らして、譲が大人しくなった。 「改良が済んだらいただけるのでしょうか? 惟神の神力を封じないと、我々の穢れた神力も効果がないのではないですか?」  和歌の疑問は尤もだ。  穢れを孕んだ偽物の神力など、本物の神力の前では跡形もなく消え失せる。 「くれると思うけど、待っていたら計画の遂行に間に合わないからね。こっちも一計を案じないといけないかな。惟神の神力を封じる呪禁術は楓君の封印術だけじゃないからね」  惟神の神力を抑制する八張槐の四魂術は、今は桜谷陽人の封印のせいで使えない。あの封印も、真人には槐が甘んじて受けいているように見えて解せない。   「仲間に突然、神力を封じられたら、きっとビックリするだろ」  真人の言葉に、健友がピクリと反応した。 「化野護の本能を呼び起こして使うのか? それとも、花笑のガキか?」  ワクワクする健友の隣で和歌が考え込んだ。 「化野護は計画の範疇としても。花笑の方は、まだ開化していないと聞いています。現在、花笑宗家の子は五人、どれが種を持っているかは、わかりません」  花笑家は呪禁道に精通する草だ。その歴史は古く、平安の昔は呪詛返しを生業としていた。今でも呪禁師協連に名を連ねているが、総会にも滅多に出てこない。 「いいね、面白そう。どれが種を持ってるか、探してあげてもいいよ。男だったらいいなぁ。気持ちいいことして遊べそう。ついでに穢れた神力でお人形にしてあげられるしね」  譲がニタリと笑んだ。  やっと楽しそうな顔になってきたなと思った。   「目星は付いてるんだ。多分、男の子。けどまだ動いちゃダメだよ。花笑は秘密主義だから、調べるのも大変だったんだ。下手したら本人も知らないかもしれない。芽が出るまで宗主だけの秘密って可能性もある。刺激しすぎてダメにしたくないし、呪禁師協連で目を付けられるのもマズいからね」  真人を見上げた譲の目が輝いた。 「芽が出るの、待つの? 芽吹かせに行くの?」  譲の問いかけに、真人は困った息を吐いた。 「行きたい気持ちは解るけど、もう少し様子見だよ。時期が来たら譲に行かせてあげるから。その時は、ちゃんと手懐けて持って帰ってきてね」  譲の髪を撫でる。  少し面白くなさそうだが、とりあえずは納得したようだ。 「封じの鎖か、花笑の力が芽吹けば、下準備は大体完了でしょうか」  和歌が真人を振り返る。  真人は口端を上げた。 「そうだね。新しいお社に引っ越しが済んだら、始めようか。新たなる穢れた神力で世直しをするための神力確保、惟神狩りといこう」  譲が楽しそうに笑う。  健友や和歌がワクワクした顔をしている。  その後ろに控えるmasterpieceを眺めて、真人の胸にも高揚が湧いた。

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