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「鐘崎様はコーヒーでよろしかったでしょうか?」  彼がお茶よりもコーヒーを好むことは知っていた。丸の内の本社で打ち合わせする際には、いつも秘書がコーヒーを淹れていたのを見ていたからだ。  戸江田はサイフォンで本格的なコーヒーを作り始める。 「ああ、すみません。お気を遣わんでください」  たった短い遠慮の言葉ひとつにも、男前の容姿に似合いのバリトンボイスが色香を感じさせる。  今、ここには自分と彼の二人きり――そう思うと戸江田の高揚感は言い表せないほどであった。 「いえいえ、とんでもございません! 我が社の都合で無駄足をさせてしまって恐縮なのです! せめて美味しいコーヒーくらいと思いまして」  戸江田はにこやかに言い、焙煎の独特な香りが部屋を充していった。  鐘崎はリビングのソファに腰掛けてデザインブックに目を通している。まさか出されたコーヒーに強い催眠剤が仕込まれているなどとは夢にも思わずに、新しく販売されるというデザイン画を真剣に見つめていた。 「お待たせしました。どうぞ――」  香り高いコーヒーが湯気を立てて喉が鳴る。 「恐縮です。それじゃ遠慮なくいただきます」 「こちらこそご丁寧なお菓子までいただいてしまって! 社に持ち帰って皆でいただきますね」  睡眠剤に即効性はなく、少し時間をかけてじわじわと効いていくタイプの代物だ。ただし、一度効いてしまえば非常に強力と言われている。ネットで密かに手に入れた代物だが、効き目は既に自分の身体で臨床済みだから信頼できる代物だ。戸江田はさも真剣にデザインの説明を加えながら、その時を待った。  鐘崎がコーヒーを口にしてしばし経った頃、そろそろ薬が効き出したようで、対面の彼はしきりに目を擦ったり頭を左右に振ったりし始めた。 「鐘崎さん? 如何なされました?」 「ああ、いや……すみません。ちょっと目が霞んでしまって……」 「きっとお疲れが出たんでしょう。鉱山の視察からは昨夜遅くにお帰りになったばかりと社長に聞きました」 「ええ……そうなん……ですが」 「お疲れの時に申し訳ございません。では今日はもうこの辺にいたしましょうか。続きはまた東京に帰ってからでも結構ですし」  とにかくは原石を預かれただけでたいへん有難いですよと、さも気遣う言葉を口にする。 「ああ、いや……平気です。せっかくこうしてデザイン画まで拝見させていただけてるわけです……し」  言葉とは裏腹に意識は朦朧のようで、懸命に堪えたあくびを繰り返している。 「コーヒー、もう少し足しましょう。少しは目が冴えるかも知れません」 「申し訳ない……」  コーヒーが眠気に効く――という印象は誰でも知っている。鐘崎は言われるままに一気に椀を飲み干した。それが更なる眠気を促すとは夢にも思わなかっただろう。  数分後、すっかり意識を失くしたようにソファにもたれて眠り込んだ彼を戸江田は心臓を高鳴らせながら見下ろしていた。 「鐘崎さん。鐘崎さん?」  側に寄り、ペチペチと頬を叩けど一向に起きる気配はない。 「効いたか――」  逸る気持ちを抑えに抑えて戸江田は闇色の微笑みを浮かべた。

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