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「老板 !」
邸奥の方から李 の叫ぶ声がわずか焦燥感を思わせる――。
周はその声のする部屋へと向かった。
「李 ! どうした!?」
「老板 ……」
李 が目配せだけで『紫月さんには見せられない』と訴える。
「一之宮、清水、おめえらは二階の部屋を当たってくれ!」
周は紫月を清水に預けると、李 の元へ駆け付けて驚きに目を見開いた。そこは寝室で、乱れたベッドの上には全裸の鐘崎が横たわっていたからだ。
「大丈夫、息はあります」
李 が小声でそう囁く。
「――どういうこった……」
「どうやら熟睡されているご様子ですが……」
状況だけで言えば先程出迎えた男と鐘崎が情事に耽ったように受け取れる。だが、周には――そしてむろんのこと李 にも、これは紛れもない策略だと映ったようだ。
「……薬でも盛られたか」
「そう考えるのが妥当でしょう。おそらくは非常に強い催眠剤かと」
天地がひっくり返ったとて鐘崎が紫月を裏切ってあんな男と情事に走ったとは思えないからだ。
ベッドサイドのテーブルには度数の高い酒瓶と氷の溶け切ったグラスが二つ――。
「リビングにあったコーヒーカップ、あれに催眠剤でも仕込まれたのやも知れん。今――鄧浩 が採取してくれている」
「この酒も調べた方が良さそうですね。それよりも――紫月さんにはなんと……」
周は思い切り眉根を寄せ、すぐさま鐘崎の脚を持ち上げては身体の隅々を確かめていった。
「……どうやらカネがあの野郎に何かされたという形跡はねえようだ」
先程の男――つまりは戸江田だが――彼の見た目から察するに、万が一にも鐘崎が強制猥褻的な何かをされたというのは考えにくい。しかも鐘崎の身体にもそういった跡は見られない。体液らしきものがシーツを湿らせているようだが、おそらく鐘崎のものではないだろう。
「ふむ、身体のどこにも暴行を受けた痕は見られねえようだな」
いかに懇意の仲といえども、まさか親友の尻の確認までする羽目になろうとは、さすがの周とて苦笑が浮かんでしまうところだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
とにかくも鐘崎には強姦されたような形跡が見られないのは間違いない。とするなら、考えられるのは鐘崎があの男を抱いた――という方の可能性だ。
「だが、この爆睡ぶりからしてカネが催眠剤を盛られたのは明らかだ。察するにあの野郎の気色悪い自己満足か――」
「鐘崎さんを眠らせて何らかの思いを遂げたということでしょうか……」
「そう考えるのが妥当だろうな」
だがしかし、例え嵌められたといっても、鐘崎の全裸姿と乱れたベッド、加えて先程の男のバスローブ姿。いかに鐘崎を信じているといっても、これを目にすれば少なからず紫月は動揺することだろう。だが、周は包み隠さず紫月にも有りのままを知らせることを選択した。
「――カネが嵌められたのは明らかだ。さっきの野郎が何を企んだかは知らんが、カネに限っててめえから一之宮を裏切ることは絶対に無えと言えるからな」
と、そこへリビングでコーヒーカップの採取を終えた鄧 がやって来た。
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