15 / 66

14

「戸江田さん。俺たち、いいダチになれっかな――?」  意外過ぎる穏やかなひと言にハタと視線を上げれば、涙で滲んだ視界の先に整った容姿をクシャクシャに乱すほどあたたかい紫月の笑顔が飛び込んできて、 「どうして? あんた、どうしてそんなふうに考えられるんだ……。こんなことした僕を……怒りもしないで、どうして……」  どうしてそんなに――でっけえ心を持っていられるんだよッ!  戸江田はまたしても号泣させられてしまったのだった。 「別に心が広いわけでもでっけえわけでもねえさ。ただ――意地を張って卑屈になって、思ってもねえことで誤解しっ放しになるのは違うと思うだけだ。それが遼二であってもあんたであっても同じことだ。俺も遼二もあんたも――全員がてめえの心にあるそのまんまを洗いざらい出し合って、ちゃんと言葉で伝え合えば必ず理解が生まれて解決できる。そう思うからだ」  取り繕うことなく、互いの腹にあることをぶつけ合う。それは決していがみ合うことではない。とことん素直な気持ちだけを言葉に出して伝え合えば解決できないことはないと思うんだ。紫月はゆっくりと丁寧に、そして穏やかな自らの感ずるままを話して聞かせた。 「あんたに遼二を譲ってやることはできねえが、遼二を想ってるっていうあんたの気持ちはよく分かるよ。あいつ、いい男だもんな。惚れるのもよく分かる。側に居てえって気持ちも、振り向いて欲しいって気持ちもめちゃくちゃ分かるぜ。打ち明けるまでの苦しい想いももちろん分かる。打ち明けられなくて悩んだ時間の長さも苦しさもよく分かる。だからさ、いつかあんたにもそうやって想い想われる――遼二よりももっと愛せる相手ができて、あんたに幸せになって欲しいって思ってる」  そんな気持ちを聞いて、戸江田もまた、胸の内にあるとことん素直な思いが自然と口から出たようだ。 「お……こらないんですか? ショックじゃなかったんですか? あんたはもう分かってるんでしょ? 僕が鐘崎さんを騙してあんなことをしたこと……。驚かなかったんですか? 僕を憎いと思わないんですか……」 「そりゃ驚いたさ。てめえの亭主がマッパで寝乱れたベッドに居りゃあなぁ。あんたに嵌められたんだろうなってことも分かったけど、そうまでするくれえ真剣に悩んで、あんたも苦しかったんだろうって思ったから。それが分かるからさ。これが単なる嫌がらせや一時の身勝手な欲だけで同じことしたんなら迷わずあんたをぶっ飛ばすわ。けど違うべ?」  そこに真剣な想いを感じたからこうして話し合っている。紫月はそう言った。 「(イキ)がって悪戯にやったことと、そうじゃねえ真剣な想いくらい一目見れば分かるよ。人間の本能ってさ、案外当たるもんだよ」  それは戸江田にとって一瞬で憑き物が落ちてしまうくらい衝撃的な言葉だったようだ。  もしもこれが本当に単なる一時の欲を吐き出すだけの身勝手極まりない犯行だったとしたら、目の前のこの男はその相手を決して赦さないだろう。もしかしたら、いや――もしかしなくても本気であの世送りにされてしまうかも知れない。彼は本来、そんな強さも力も持った男なのだろう。と同時に、真剣な想いで悩みに悩んで犯してしまった過ちならば、それを″赦す強さ″も併せ持っている。  戸江田は紫月というこの男にこれまで出会ったこともない、自分には逆立ちしたって成し得ないほどの器の大きさを感じて、目の前が真っ白になっていくのを感じていた。

ともだちにシェアしよう!