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「あなたは……どうしてそんな……広い心を持っていられるんですか」
「や、広い心って――俺ァ別に」
「僕には理解できません。ご自分の旦那が……こんなことされて、僕だったら怒ります。僕でなくても……大概の人間なら怒ると思います!」
「そりゃまあ……そうかもだけど」
「実は僕、男の人しか愛せないんです。今までも何人か好きになった人がいて、でもその誰もが僕を本命として見てくれることはなかった。バーやクラブで知り合って意気投合して、付き合うところまではいくんです。けどしばらくすると必ずと言っていいくらい振られるんだ。悪かった、お前とは軽い遊びのつもりでしかなかったからって言われて。僕は誰にとっても都合のいい″控え″でしかなかった。彼らには本命がちゃんといて、その相手と喧嘩した時とか出張で会えない時の中繋ぎとか、そんな時だけ相手にしてもらえる存在でしかない。だから鐘崎さんにパートナーがいようが関係なかった。どうせ僕は誰からも本気で相手にされることなんかない。一時の遊び相手としか思われない。だったらその一時を好きなように使って何が悪いって……」
言い分は分からなくもない。ある意味では気の毒といえなくもない。
「戸江田さん、あんたもっと自分を大事にした方がいい」
紫月の言葉に戸江田はうつむいていた顔をハタと上げた。
「もちろんあんたを都合良く扱うような輩が一番悪いだろうよ。けど、あんたもあんただ。そういう扱いしかしねえヤツらだって分かっていながら寄ってったんなら、自業自得と思われても仕方ねえべ? あんたがもっとてめえを大事にして安売りしなきゃ、そいつらだって都合良く使おうとは思わねえはずだよ」
「そんなこと言ったって……! 僕はあなたのように整った顔もしてないし、これといった魅力もないただの男ですよ! 自分を大事にしたところで誰にも相手になんかしてもらえないことくらい自分が一番良く分かってるんです! せめていいなと思った相手と……例え一回でも結ばれたら嬉しい。遊びだろうと本気だろうと二人で重ね合った時間だけは事実になるんです! 誰にも否定できない事実として残るんです! 心がどうのなんて関係ない。結果として二人が共有し合った時間を持てたらいい! それのどこが悪いってんです! あなたに……責められる筋合いなんかないと思います……!」
「別に責めちゃいねえ。たださ、卑下してどうせ自分は――なんて思って、てめえでてめえを見下げてりゃあ、周りの人間だってあんたのことをケツの軽いいい加減なヤツとしか見なくなっちまうんじゃねえかって思うだけだ。あんたに真面目な気持ちで惚れて、付き合ってみてえなって思った人間がいたとしても、どうせ遊びとしか見られねえだろうからって諦めるヤツも出てくるんじゃねえか? なんでもっとてめえを大事にしねえんだ」
「……だって、だって大事にしたところで好きになった人に本気で好いてもらえるわけもない。どうせ惨めに振られるだけなら最初っから軽くていい加減なヤツだって思われたほうがマシだから」
「要は惚れた相手に振られんのが怖いからってか?」
「そうです。いけませんか? あなたには分かりませんよ。あなたのように顔も綺麗で、ただ立ってるだけで誰からでも注目を浴びられるようないい男には……死んだって僕の気持ちなんか分かりっこない! どうせ振られた経験なんか無いでしょ? 鐘崎さんとだって……どっちから告ったか知らないけど、どっちにしても一発オーケーだったでしょ? あなたたちみたいな種類の人間は……誰かを想って苦しんだことなんかないでしょうに!」
まるで子供のようにワンワンと声を上げて泣き崩れる男に、周も李らも弱ったなといったように互いの視線を交わし合うしかできずにいた。
想う相手に想われない、確かに苦しく辛いのは分かるが、これではまるで人生相談だ。鐘崎を陥れた罪などすっかり忘れ、それどころか被害者側ともいえる紫月に自分の恋が上手くいかない理由を教えてくれと言っているようなものだ。周も李らもほとほと呆れてしまった。だが、紫月だけはそんな身勝手な男を突っ放すことなく、根気よく相手を買って出てやっていた。
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