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 周らが出掛けて行ってから二十分くらいが経った頃だ。茶器を洗い終わり、テーブルも拭いて、気分はすっきり。大口取り引きの打ち合わせも上手く話がまとまったことだし――と、冰は清々しい思いでホッと胸を撫で下ろしていた。手元の腕時計を見れば、あと数分で終業時刻である。そろそろ室内の灯りを落として真田の待つ邸へ戻ろうとした、その時だった。  受付嬢の矢部清美(やべ きよみ)から内線電話が入り、先程のクライアントの秘書の方がお見えですと呼び出されることとなった。 『なんでも応接室にスマートフォンをお忘れになったそうでして』  受話器の向こうで清美が言う。 「スマートフォン? ちょっと待って。探してみますね!」  急ぎ隣の応接室を確認しに行くと、確かにソファの隅にスマートフォンが置きっ放しになっているのが分かった。 「矢部さん! ありましたよ、スマートフォン。今から俺が階下(した)に持って行きますので、お待ち頂いてください!」  冰はスマートフォンを手に、急ぎエレベーターへと乗り込んだ。 ◆ 「お手数をお掛けしてしまい申し訳ございません!」  待っていたのは先程会ったばかりの秘書で間違いない。恐縮する彼に、冰は「どういたしまして」と言って柔和に微笑みながらスマートフォンを差し出した。  ところが――だ。 「申し訳ございません。助かりました――」  秘書は受け取ると同時に冰の手首を目掛けてガチャリと何かをはめてよこした。まるで手錠のように輪っかの歯が噛み合わさったような感覚に驚く間もなく、 「おとなしくしろ」  今の今までの丁寧な態度から一転、威圧するような鋭い視線をくれながら男はささやいた。しかも広東語で――だ。 「あの……」 「受付嬢のいるデスクの下に爆弾を仕掛けた。彼女たちが吹っ飛ぶのを見たくはないだろう? 何事もなかったように上手く繕って話を合わせるんだ」 「……分……かりました」  戸惑いつつも冰がそう答えると、男は更に驚くようなことを言ってよこした。 「今お前にはめたこのブレスレットにも爆弾が仕込んである。ちょっとでもおかしな考えを起こせばすぐに吹っ飛ばすぞ。それが嫌ならおとなしく言う通りに動くんだ」 「あの……はい、分かりました」 「よし。受付の女たちにはこれから俺と一緒に接待に同行することになったと伝えろ。くれぐれも気付かれねえよう笑顔も忘れるな!」 「はい……」 「よし、じゃあ行け」  男に背を押されて、冰は清美たちのいる受付へと向かった。 「矢部さん、僕もこれから社長たちと接待のお席に合流することになりました。もう終業時刻ですので、あとは警備員さんに任せて上がってください」 「あら、そうですか。じゃあお先に失礼しますね。雪吹(ふぶき)さんも気を付けて行ってらして!」 「ありがとうございます。矢部さんたちも台風酷くならない内に気を付けて帰ってくださいね」  指示された通り平静を装って冰は笑顔で手を振った。男の元に戻ると、そのままロビーから連れ出されたのだった。

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