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エントランスを出ると、外は台風の余波が強くなっており、一気に髪が巻き上げられる。
雨も降り始めたようで、大粒の雫がポツポツと頬を打つ。
秘書を装った男は何食わぬ調子でにこやかな笑顔を向けてくる――。
「さあ、どうぞ。こちらにお乗りください」
ツインタワー脇の小道で待機していた車に乗せられるのを不思議に思う者は誰もいなかった。
「あの……どういうことでしょうか……。うちの氷川たちは……」
彼らは表向きクライアントということになる。先程の打ち合わせでも”周焔 ”ではなくアイス・カンパニー代表としての”氷川白夜 ”の名で終始通していた為、冰はあえてそう訊いたわけだ。ところが――だ。
「氷川社長だ? ふ――、そんな取り繕った言い方は必要ねえさ。雪吹冰 、いや――周冰 」
またしても広東語に切り替わった男の指摘に、冰は事態を把握させられる羽目となった。
彼らはクライアントなどではなかったということだ。しかも周姓を知っているということは、間違いなく裏の世界の関係者だろう。
「あの――では周は……」
「ああ。お察しの通りだ。ヤツも今頃は我々の手中さ」
「手中って……。どういうこと……ですか」
「今に分かる。とにかくお前は余計なことは考えずにおとなしく言う通りにしてればいいんだ。その手にはめたブレスレットを吹っ飛ばされたくなきゃあな」
男は冰の胸ポケットを探りスマートフォンを取り上げると、居場所を突き止められないようにする為だろう、電源を落としてしまった。つまり、行き先を知られたくないということだ。
「どこに……行くんですか? 周とは会わせていただけるんでしょうか」
「さあ、どうだかな。運が良ければその内会えるかもな」
男は薄く笑うだけで肝心なことは言おうとしない。冰もまた、あまり楯突いて彼の気を逆撫でしてはいけないと思い、言われた通りおとなしくしていることに決めた。
◆
一方、同じ頃、川崎の鐘崎組では番頭の東堂源次郎 が少々険しい顔つきで若頭専用の執務室を目指していた。当の若頭はまだ出先で戻ってはいない。
執務室には姐である紫月 がそろそろ邸へ向おうとしている頃だった。
「姐さん! 緊急事態と思われます!」
紫月の顔を目にするなり源次郎は逸ったようにそう言った。
「どうした源 さん――。遼に何かあったのか……!?」
「いえ、若にではございません。汐留の周さんの方です。GPSの動きがおかしいのです」
「どういうことだ」
紫月も即座に顔つきを変えた。
「周さんと冰さん、それに李 さんと劉 さんのスマートフォンのGPSがほぼ同時に反応を見せなくなったんです!」
鐘崎組では過去の様々な拉致事件等から、対策として自分たちの現在地を示す電光掲示板を新たに採用していた。常に組長室にて今現在誰が何処にいるかを知ることができるというシステムである。
このGPSは鐘崎組では組長の僚一 と若頭の遼二 、姐の紫月 以下幹部の清水 や橘 など組員たちにも任意で導入されている。周家の面々も同様で、周焔 に冰 、李 に劉 などの位置を常時把握することができるようになっているのだ。
GPSは色分けもされていて、各自のスマートフォンは緑色で示され、周や鐘崎、冰や紫月が個別に付けているピアスや腕時計などは赤色で表示されるようになっていた。むろんのこと汐留の周邸にも同様のシステムが設置されていて、互いがどこにいるかを共有し合えるようになっているのであった。
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