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「もしもし――」
『俺だ――』
通話口の向こうの周の声は明らかにいつもと違う。一見普通に思えるが、妙に落ち着いていて声に明るさがまったく感じられないのだ。緊張状態――というよりも裏の任務に当たっている時と同じ空気を見逃す鐘崎ではなかった。
「――周焔 か。ちょうど良かった、今こっちも仕事帰りでな。良かったら晩飯でも一緒にどうかと思っていたところだ」
鐘崎は通話の向こうに敵がいることを想定して、わざと暢気な調子の声音でそう言った。
周焔 か――そのひと言で周には既に事態を把握して鐘崎らが動き始めてくれていることを察することができたようだった。
通常、鐘崎が周を呼ぶ際に、『周焔 』とは言わない。高校時代からの呼び名でもあった実母の姓の『氷川 』と言うのが馴染みだ。それを敢えて周姓で呼んだことで、非常事態を察知していることを告げたのだ。周もまた、いつもの『カネ』とは言わずに、『鐘崎』と返してきた。
『すまんな、鐘崎。嬉しい誘いだが今夜は都合がつかん。それよりもお前さんに頼みがあるのだがな』
「頼み? なんだ、改まって」
『晩飯は今度俺が奢る。すまんが冰を連れ戻しに行ってはくれねえか?』
「冰を? なんだぁ? またてめえら、くだらねえ痴話喧嘩でもしたってか?」
『まあそんなところだ。冰が怒って家を出て行っちまってな。携帯の電源を落としているようで居場所が掴めんのだ。だが行く先は見当がついている。俺が迎えに行ったところで素直に帰って来るとは思えんのでな。お前さんに説得して欲しいのだ』
「しようのねえヤツだな。分かった、引き受けよう。念の為、うちのヤツも連れて行こう。俺よりもうちのの言うことなら素直に聞くだろうからな。それで場所は何処なんだ」
『埠頭にある我が社の倉庫だ。あいつにはこの日本で身を寄せる先なんてのは無えからな。前にも痴話喧嘩した際にあそこで一晩隠れてたことがある。おそらく今回もそうだろう』
実のところ周と冰の間で痴話喧嘩などしたことはないし、ましてや埠頭の倉庫に一晩こもっていたなどという事実もない。そんなことは鐘崎も重々承知だ。明らかに非常事態に陥っていることが想像できた。
「埠頭にあるお前ん家 の倉庫だな? 分かった。じゃあちょっくら向かってみる。また後で電話すっから」
『すまん、鐘崎――』
「ああ、任せろ。心配せずにおめえは家で待っててくれ」
鐘崎は通話を切ると、すぐに冰の現在地を確かめた。
「お聞きの通りだ。源 さん、冰の腕時計のGPSは?」
「周殿のおっしゃった通り、埠頭に向かっています!」
「よし、俺たちは埠頭へ急ごう! おそらく冰はそこで監禁されるはずだ。源 さんたちは予定通り氷川たちのいるホテルへ向かってくれ。それから汐留の鄧 先生に連絡して、応援に動いてくれるよう言ってくれ」
おそらく鄧 らはまだ事態に気がついていない可能性が高い。もしも気付いていれば真っ先に連絡が来るはずだからだ。
「承知しました。若、十中八九、そちらには罠が待っています。お気をつけて」
「分かった。皆も頼んだぞ!」
台風がますます勢いを増す中、一同は救出に向けて各所へと散って行ったのだった。
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