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先程の電話の様子から、敵はこちらが夫婦の痴話喧嘩を仲立ちする為に埠頭の倉庫へ迎えに行くとしか思ってはいないはずだ。とすれば、あまりに大勢で倉庫へ向かうのは賢明と言えない。必ずどこかで監視しているだろうからだ。鐘崎はとりあえず自身と紫月の二人だけで向かうことに決めた。
「いいか、春日野。車は一台じゃないと怪しまれる。お前さんは後続の組員たちの車で俺たちとは距離を置いた位置で待機してくれ。各自無線機を装着。互いの現状をリアルタイムで把握できるようにしてくれ」
「承知しました」
何かあればすぐに応援に駆け付けられるようにして待つと言う。
「それから源 さん、鄧 先生たちと合流したらホテルのどの部屋で氷川たちが拘束されているかを当たってくれ。宿泊客名簿はどうせ偽名だろうが、支配人には俺から連絡を入れておく!」
『了解です。それから清水に言って待機中の組員たちをそちらの応援に向かわせました。春日野君と合流して指示を待てと伝えてあります』
「了解した」
鐘崎は埠頭を目指してハンドルを握りながら紫月との打ち合わせに取り掛かる。
「表向き、俺たちはこの非常事態を知らねえことになっている。冰を拘束している敵の人数が分からんが、おそらく数人だろう。敵も氷川の方に人数を割いているだろうからな」
とするなら、何も知らずに冰を迎えに来たふりをしながら敵の数を把握し、押さえる必要がある。
「紫月――。冰は頭がいい男だ。普段とは逆の接し方で呼び掛けてみるとしよう」
「逆? ってことは――俺が遼のように振る舞えばいいってわけだな?」
「ああ。冰は倉庫のどこかに潜んでいるということになろうから、お前は少し強面を装って『冰』と呼び掛けろ。逆に俺はやさしく『冰君』と言う。それだけで冰には俺たちが事態を把握して迎えに来たことが分かるはずだ」
「了解! あとは敵がどんな罠を張ってるかってことだが――」
「銃は所持していると思って間違いない。ただし、相手は冰一人だ。氷川が割合簡単に拘束されたくらいだから、相当用意周到であると見ていい。冰が武術面では大して長けていないことも知っているはずだ」
「ってことは、冰君相手ならそれほど警戒はしてねえが、俺たちには本気で向かって来るってことだな?」
「そうだ。俺たちは敵が待ち受けていることを知らないでやって来たことになるわけだからな。警戒の無い俺たち相手に隙をついてどこから攻撃が飛んで来てもおかしくねえ。防弾ベストを装着しておけ」
「分かった。日本刀 を隠せるコートを持って来たから、そいつを着てく。倉庫に着いたら俺が先に行くから、おめえは援護を頼む」
「お前の背中は完璧に守る。だが、決して無理はするな。敵の出方次第ですぐに春日野たちに応援を要請する」
「ん。冰君なら俺たちの演技にはすぐに気付いてくれるだろうけど、俺たちも冰君の返してくるメッセージを理解できるよう気を引き締めていくべ」
作戦が決まったところで倉庫が見えてきた。強さを増した雨風の中、二人は今一度覚悟を決めて車を降りた。
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