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 その日の午後、香港へと帰る兄を見送る為、周は空港へと向かった。鐘崎(かねさき)紫月(しづき)も駆けつけてくれて、珍しくも周の運転でショートドライブと相成った。  後部座席には兄の(ファン)紫月(しづき)が肩を並べ、鐘崎(かねさき)は助手席に乗ってくれて男四人――。(ファン)はプライベートジェットでやって来たので、側近たちは庚兆(ゲン ヅァオ)の亡骸と共に、彼について来た者たちを連れてひと足先に空港へと向かったという。離陸時に合流だそうだ。 「(ひょう)君はまだ(デェン)先生の医療室か?」  あんなことがあった直後だ。身体の方は大丈夫だろうかと紫月(しづき)が心配顔でいる。 「ああ。お陰様で昨夜からもう俺の寝床に帰って来てる。兄貴の見送りと聞けば一緒に来たがっただろうが、今はゆっくり休ませてやりたいと思ってな」  皆、それで当然だという顔つきでうなずいていたが、(ひょう)が起きられなかった原因がまさか抱き潰されたからだなどとは思ってもいないだろう。周は半ば苦笑ながらも、昨夜一晩己が獣になってしまったことを打ち明けた。 「はぁ!? おめ……ンなことしたんかよ」 「(イェン)、いくらなんでも(ひょう)が気の毒ではないか? 少しは身体のことも考えてやらんと」  紫月(しづき)と兄の(ファン)は「おいおい――」と呆れ顔を見せたが、唯一鐘崎(かねさき)だけは理解を示してくれたようだ。 「分かるぜ、おめえの気持ち! あんな事があった後だからこそ抑えがきかなくなっちまうよな」  うんうんと大袈裟なほどにうなずきながら真顔で理解を示す。そんな亭主に、紫月(しづき)は「あちゃー」と額を抑えてはうなだれてしまった。 「おめえら……ほんっとに似たもの同士ってかさ。ちっとは(ファン)の兄貴みてえに紳士的にいけねえもんかねぇ」  自分に置き換えて想像したら、マジで背筋がちょっと寒くなったわとビビり顔でいる紫月(しづき)に、ドッと笑いが巻き起こった。 「まあ(イェン)遼二(りょうじ)の気持ちも分からんではないよ」  (ファン)はさりげなくフォローをしつつも、皆のお陰だと言って今一度丁寧に礼を述べてよこした。 「遼二(りょうじ)紫月(しづき)、それに鐘崎(かねさき)組の皆さんには本当に助けられた。この通り礼を言うぞ」  そして、こんなことが再三あってはならないが、いつまたどんな災難に見舞われるかも知れない自分たち裏の世界に生きる者として、これからも弟夫婦をよろしく頼むと頭を下げた。 「いやぁ、俺たちの方こそ! 氷川(ひかわ)(ひょう)君には世話になりっ放しで」  これからも互いに支え合っていきますという頼もしい鐘崎(かねさき)紫月(しづき)の言葉を聞いて、兄・周風(ジォウ ファン)は安心して香港へと帰って行ったのだった。  秋晴れの空高く、白い雲をたなびかせて飛び立っていく航空機を見送りながら、三人はデッキで肩を並べていた。 「さて――と! 帰る頃には(ひょう)君も起きてっかな」  紫月(しづき)が気持ちよさそうにノビをしながら笑む。 「おめえら、晩飯はウチで食ってかねえか? (ひょう)も喜ぶだろうし」 「そうだな。そんじゃ遠慮なく呼ばれるとするか」 「な、な、だったらさ。(ひょう)君に何か甘いモンでも買ってくべ!」  何がいいかなとワクワク顔を見せる紫月(しづき)に、 「とか何とか言って――おめえが食いてえんだろうが」  鐘崎(かねさき)が冷やかしつつもやさしい笑顔を見せる。 「あ、バレた?」 「バレバレだ」  あはははは――! 朗らかな笑顔に幸せが滲む。まるで学生時代に戻ったかのように互いの肩を突き合いながら友情と愛情を噛み締める。男三人、秋のつるべ落としの夕陽が作る互いの長い影を見つめては、誰からともなく肩を組む。  重なるその影に幸せを感じつつ、(ひょう)の待つ汐留へと帰路についた。 マフィアの花嫁 - FIN - ※次は後日談その1、鐘崎組に礼に訪れる周と冰の小話です。

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