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34(後日談その1)
その週末のことだ。
周は冰 と共に鐘崎 組を訪れた。先の事件で尽力してくれた鐘崎 と紫月 をはじめ、組員ら全員に改めて感謝の意を伝える為である。いつもの菓子折りと一緒に、組員一人一人に向けての礼の気持ちを込めて、周からはスーツの仕立て券が贈られた。テーラーはいつも周が利用している銀座の老舗店の物だ。
鐘崎 も紫月 も、そして源次郎 ら組員たちも、その手厚い心遣いに恐縮してしまった。
「お前、これ……。組員全員分あるってのか?」
「おいおいおい、いくらなんでもこんなにしてもらっちゃ、かえって申し訳ねえべ」
救出に動いた者たちはともかくとしても、組で留守番していた者らにしてみれば、何もしていないのに――と、畏れ多い表情でいる。ところが周は組全員の団結があってこそこうして自分たちが無事で生かされたのだと言って、是非とも笑納して欲しいと頭を下げた。
「あの嵐の中、皆ずぶ濡れになって力を貸してくれた。実際に現場に駆け付けてくれた組員の皆さんと、組で留守を預かってくれた皆さんがあってこそ繋いでもらえた命だ。冰 共々心からの感謝でいっぱいだ。形として何かせずにはいられなくてな。心ばかりですまないのだが」
台風が直撃する中、組員たちには服も靴も、そして細かいことを言えばネクタイやシャツなどもずぶ濡れにしてしまった。帰りの車に至ってもそうだ。濡れた服のまま乗り込んだシートだって後の手入れが大変だったろうことは想像に容易い。礼の品といった金品に代えられるものではない皆の心に感謝するのはもちろんのことだが、せめてもの気持ちとして納めて欲しいとの周の思いであった。
「そうか。では遠慮なく気持ちに甘えるとしよう。すまねえな、氷川 。冰 」
鐘崎 がそう言ってくれるので、周も冰 も今一度揃って頭を下げて礼を述べた。
「組員の皆さん、本当に助けられた。我々がこうして無事でいられるのは皆さんのお陰に他ならない。心から礼を申します」
「皆さま、本当にありがとうございました」
夫婦揃って丁寧に頭を下げた二人に、組員たちからは恐縮ですと、全員がビシッと九十度に腰を折っての礼が述べられた。
「よっしゃ! そんじゃ皆んな! 氷川 と冰 君から戴いた菓子で茶にするべ!」
組員たちはいつも食事をとっている広間で、そして鐘崎 と周らは若頭専用の応接室にて和やかなティータイムと相成った。
中庭を見渡せば、晩秋の紅葉が風にひらひらと舞う中、大輪の菊の花が見事な満開を迎えていた。
「そろそろ山茶花 が咲き始めるな」
「その後は椿だ」
穏やかに笑んだ鐘崎 に、紫月 もまた瞳を細めた。
「今度も咲いてくれっかな――」
感慨深そうに庭先に目をやる。
「絞り椿の花か?」
鐘崎 にもその思うところが伝わったようだ。
「うん、そう。今年の春だったな、紅と白が混ざって咲いてくれた絞り椿の花。ほんと、奇跡だったよな」
周らもその話は聞いて知っていた。
「あれからもう半年か。早えことだ」
あの時は紫月 に想いを寄せる後輩の逆恨みに遭って、鐘崎 と清水 が発破解体に巻き込まれそうになったところを周らの助力によって間一髪で救い出されたものだ。
「あん時もおめえらに助けてもらったんだよな」
思えば数々の事件や災難に巻き込まれながらも、いつも互いに協力し合って乗り越えてきた。その時々のことが走馬灯のように次々と浮かんでくる。
「ほんと、俺たちってさ。互いがいるから生かされてるんだなぁってしみじみ思うよ」
「そうだな」
「これからもずっとこうやって肩を並べていくべ」
「ああ。頼りにしてるぜ」
誰もが頼もしげに微笑み合う。
小春日和の陽射しに包まれながら、固い友情と愛情を確かめ合う二組の夫婦たちだった。
後日談その1 - FIN -
※次、後日談その2です。次回は銀座の老舗テーラーでスーツを仕立てる組員たちと、メイン2カップルでの銀ブラデートの小話です。
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