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35(後日談その2)
その次の週のことだ。日曜日の銀座は歩行者天国で賑わっていた。
鐘崎 組の組員たちは、とある老舗テーラーの前でポカンと大口を開けながら立ちすくんでいる。先日、周から贈られたスーツの仕立て券を手に、今日は採寸などを行なってもらう為にやって来たのだ。
もちろん、組を空にするわけにはいかないので、交代で――だが、若頭と姐さんも一緒の今日に採寸を行えることになった組員たちは、緊張ながらも大喜びである。誰がどの日に行くかというのは実はくじ引きで決めたらしく、今週の当たりくじを引いた者の中には、組員としても若手にあたり、普段はこういった老舗店などとはなかなか縁のない者もいる。
「兄 さん、マジで自分なんぞがこんな高級そうな店に入ってもよろしいんスかね……」
「なんか緊張しちまって、さっきっから膝がガクガクいってますよー……」
幹部である清水 の背に隠れるようにしながら目を泳がせているのは若い衆数人だ。
「今日は周さんご夫妻もいらしてくださるそうだからな。そう気張らずに肩の力を抜いて、有り難く選ばせてもらうといい」
清水 は穏やかに後輩たちの緊張を解してやっている。
「そ、そうスよね。せっかくこんなすげえスーツ券っスもんね!」
「自分の一張羅 になります!」
なんだかんだ言いながら、誰もがワクワクとした面持ちで店の暖簾をくぐったのだった。
その後すぐに周らもやって来て、滞りなく採寸が始まった。鐘崎 や紫月 の分は既に体格のデータが店側で保存されているので、生地とスーツの形を決めるだけである。早々と済んでしまった紫月 は、冰 と共に日曜日の銀ブラを楽しむことにした。もちろん旦那二人も一緒である。周はテーラーの担当者に皆のことを頼むと、現場には李 と劉 が残って面倒を見てくれることとなった。
「で、どこへ行く」
「おめえらの見たいところ、行きたいところ、どこへでも付いて行くぞ」
旦那組は護衛兼荷物持ちだ。嫁たちにとってはこの上なく頼りになる。こんなふうに日曜日の銀座をぶらぶらするのも久しぶりだ。
「悪ィなぁ、遼 」
「ありがとうね、白龍 !」
旦那たちにしてみれば、そんな嫁のひと言が何より嬉しく可愛いものだ。欲しいものがあれば何でも買ってやりたくなるし、どんな大荷物でも喜んで持ってやりたいというものだ。それこそ今回仕立ててもらうスーツに合わせた腕時計などの宝飾品でもいいし、靴や鞄といった小物系でもいい。高価だろうが、かさばろうが、まったく構わない。
ところが嫁たちの欲しがったのは、旦那二人が考えているようなものではなかったようだ。
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