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光陰1

 香港――。   その夜、某老舗ホテルの宴会場では、香港裏社会を治める組織『龍首(ロンシゥ)』の創設者・亡き周蒼龍(ジォウ チンロン)の生誕記念祝賀会が行われていた。現頭領(ボス)はファミリーの長(おさ)である周隼(ジォウ スェン)だ。創設者の曾孫に当たる。  宴もたけなわ、中締めのアナウンスがなされ、そろそろお開きになろうという頃合いだった。 「見ろ――。周焔(ジォウ イェン)だ」 「ああ……あれが龍首(ロンシゥ)の庶子と言われている次男坊か。開宴の挨拶の際には頭領(ボス)の脇に立っていたのをチラリと見掛けたが、宴の最中はトンとどこかに姿を消しちまってたな」  今頃になってまた会場に舞い戻って来たということだろうか。組織の重鎮ともいえるご老体方に挨拶すらそっちのけで、何をしていたというのだろう。男たちは半ば苦虫を噛み潰したような表情で彼を遠巻きに見つめていた。 「しかしまあ、見てくれは嫡子の長兄に似てえらい色男じゃねえか」 「見た目だけは――な。だが、腹の内はなかなかどうして大したタマの持ち主のようだぞ」  ほら、見てみろと言って顎をしゃくる。男たちの視線の先には大層な美女に腕を取らせて不敵な笑みを浮かべている美丈夫がいる。彼こそが今しがた話題に上がっていた男――周焔(ジォウ イェン)だ。 「ヤツがこの香港に舞い戻って来てからかれこれ三月(みつき)だ。当初こそおとなしくしていたようだが、ここ最近じゃ人目も憚らずにあの調子さ。方々の女を侍らせて歩いているようだが、どうやら本命に当たりをつけたらしいな」 「噂じゃ今連れてるあの美女が本格的に妾として認められたとか言われてるが、本当なのかね」 「さあ、どうだか。次男坊の周焔(ジォウ イェン)といえば男の伴侶を持ったという話は有名だ。名は確か――冰(ひょう)とか言ったな。周(ジォウ)姓にまで入れて周冰(ジォウ ビン)と名乗らせていたはずだ」 「なんでもファミリーの後継者争いから完全に身を引く証として、女とは結婚せずに男を伴侶に選んだってのは有名な話だ。男同士じゃ子孫も残せねえってことで、周焔(ジォウ イェン)の覚悟は大したもんだとも言われていたが――」  だが、それも見せ掛けだけで、腹の内じゃ虎視眈々と機会を狙ってたってことだろうさ――と、誰もが舌打ちまじりに吐き捨てる。 「ヤツはこの香港を離れて日本の東京暮らしだそうだが、そもそも男の伴侶なんぞに満足できるタマじゃなかったってわけだろう。周焔(ジォウ イェン)ってのは長兄の周風(ジォウ ファン)と違って肝が据わった野生味のある男だという噂もある。表向きは商社を起業して堅気紛いになったらしいが、その経営手腕も見事だと言われている。稼いだ金を貯めながら気長に時期を待って、長兄が失脚する機会を窺っていたとしても不思議はねえな」 「なるほどねえ……。それが今ってわけかい。長兄の嫁と赤子が襲撃を受けてから、当の周風(ジォウ ファン)は傷心で引き篭っちまってると聞くしな。次男坊の周焔(ジォウ イェン)が見舞いを装って帰国してから既に三月(みつき)――。その間、日本に戻る素振りは皆無だそうじゃねえか」  見舞いというにはいくらなんでも期間が長過ぎる――と、誰もがそう思っているのだろう。 「つまり、ハナから帰る気なんぞなかったってことさ。帰国後、ひと月が経つ頃には女と連れ立って歩く姿がチラホラ囁かれるようになって、今じゃ堂々と妾を娶るだのって話まで持ち上がる始末だ。これ好機と本格的に次代頭領(ボス)を狙ってると言われるのもある意味ガセじゃねえというわけか」 「今の頭領(ボス)にとっても長兄の周風(ジォウ ファン)があの有り様じゃさすがに不安にもなろうってもんさ。加えて次男坊の焔(イェン)は実力的にも認めざるを得ないやり手だ。案外、頭領(ボス)自身が手元から離さねえのかも知れんな」 「確かに。この際、長兄に継がせることに見切りをつけたとも考えられる」 「まあ焔(イェン)にとってもこれ以上ねえ好機には違えねえだろうしな。妾を娶るってことはイコール子孫繁栄にも繋がるってわけだ。長兄のところの赤子は男児だが、瀕死の重体が続いてるって噂だ。焔(イェン)がガキを作ればファミリーも一先ずは安泰――。この機会に兄貴を取り巻いていた連中の中でも離反を考えるヤツが出てくるかも知れねえ」  さて、そういう動きになったら自分たちもウカウカしていられないとばかりに男たちは目配せをし合う。 「このまま長兄の周風(ジォウ ファン)に忠誠を尽くし続けるが得策か。それとも次男坊の焔(イェン)に心付けでもしておくべきか――。我々も行く先を見誤らんようにせねばならん」  そんな噂話が耳に入っているのかいないのか、当の周焔(ジォウ イェン)は自らの腕に甘える美女を伴いながら満足げな笑みを浮かべてはパーティ会場を後にするのだった。

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