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第1話

自分で言うのもなんだが、俺は素直じゃない。 「なぁコウ。明日五人で海行かね?」 「……五人だと?」 「あぁ!山田とか内村とかも海行きてぇって言っててさ」 「……俺は」 「ん?なに?」 「……別に。なんでもねぇ」 本当は、二人で海に行きたい。 そんな簡単な言葉が、俺にはいつも言えなかった。 一年前。 俺、真壁晃一(まかべこういち)は同級生の広坂健介(ひろさかけんすけ)と恋人関係になった。 先に告白をしたのはケンからだったが、その時には既に俺もケンの事が好きだった。というか、先に好きになったのはきっと俺の方からだと思う。 つまり。 俺には想いを伝える度胸が無かったということだ。 でも、そんなのは当たり前だと思っている。 だいたい俺もケンも男同士。好きだと自覚して、その気持ちを伝えたとしても。もしダメだったら、きっともう友達には戻れない。そうなるのが怖かった。 それに、俺とアイツは何もかもが違い過ぎる。 ケンはイケメンで、しかもスポーツ万能。それでいて人当りも良く、頭だって悪くない。クラスの中では良い意味で目立っている存在だ。 それに比べて俺は、クラスの中では悪い意味で目立っている方だろう。 別に何かしたわけじゃないが、思い当たる原因と言ったらこの顔つき。 つりあがった細い目に、昔怪我したデコの傷痕。そして親父に刈られた刈り上げ頭に、無駄に鍛え上げた筋肉。 まぁこれで俺が、コミ力の高いフレンドリーな奴なら皆もそこまで怖がらないだろうが、俺にそんな技術はない。人とどう話せばいいか分からない、見た目も中身もダメな奴だ。 でも、そんな俺と唯一友達になってくれたのがケンだった。 きっかけは些細な事で、たまたま好きな漫画が一緒だったから。 友達が出来るなんて、きっとそんな感じなんだろう。 それがどうしてか一緒にいる度、俺はケンの事を友達以上の存在として見るようになってしまっていた。 不意に笑うくしゃとした顔が可愛く見えたり。不意に肩を組まれると、その熱を意識してしまったり。授業中黒板よりも、ケンのぼんやりした顔を見つめてしまってたり。 友達の頃にはなかった感情が、俺をどんどん狂わせていった。 でもこの恋はきっと、一生結ばれる事なんてない。 そう思っていたから、俺はケンに告白された時の事を今でも信じられないと思っている。実は、アレは夢だったんじゃないんだろうかと思ってしまうくらいだ。 そして、恋人関係になって一年目。 俺とケンは、高校最後の夏休みを謳歌しているところ……だと思っていたが。 不満である。 「行きたきゃ行ってこいよ。俺は一人で漫画でも読んでるわ」 「なんで?コウも行こうぜ?折角の高校最後の夏休みなんだしさ!」 「いいって言ってんだろ。つか俺、お前の友達と話したことねぇし。俺が行ったところで、気まずくなるだけだろ」 「え?なんでアイツ来たの?」「俺達まで悪いイメージついちゃうだろうが」なんて思われるのはムカつくし、癪に障る。 後、俺はケン以外の人間に興味ない。 「大丈夫だって!俺がいるし!」 大丈夫なのは、お前みたいなコミ力高い奴だけだつうの。 「チッ。しつけぇな……行かねぇつってんだろ」 「そんな……言い方しなくても」 「っ……」 しまった。またやってしまった。 どうして俺はいつも、こんな言い方しか出来ないんだ。 本当はケンと二人で行きたいだけだというのに。恥ずかしさのあまり、つい口が悪くなってしまう。これが所謂『ツンデレ』というやつなんだろうか。 心底気持ち悪いな。 まぁだいたいこんな厳つい顔の俺が急に女みたいな事を言い出したら、ケンだってきっと気味悪がるだけだろうし。だいたいキスすらした事ないのに、二人っきりで居たいなんて、なんか順序が逆な気もする。 ーーあれ?というか俺。 ーーそういうえば、俺。 ケンに『好き』って言った事あったけ? 一年間の事を思い出してみるが、ヤバい。全く無いな。 好きどころか、恋人らしい行動も台詞も言ったことが無い。 告白された時。俺は何の言葉も返さず、ただ頷いただけだったし。二人で遊ぶ時もゲームとか漫画を読んだりとか、今までと変わらない事しかしていない気がする。 こういうのって、マズイんじゃなかろうか。 「じゃあ俺帰るな!また連絡する」 「え、あっ」 「ん?なにコウ?」 こういうの姉貴の漫画で見たことある。 お互い付き合ってみたものの、恋人らしい事なんて特になにも出来なくて。やっぱり友達としている方が楽だったという。 俺達ももしかして、そういう事になるんじゃないのか? 「えっと……あっと……お、おれ……」 「?」 それは、嫌だ。 「俺は!お、お前と!」 「あ、山田から電話だ。わりぃ!また後でメールするから!」 「えっ。あ、あぁ……じゃあ、な」 俺に手を振りながら静かに閉められた部屋のドアは、なんだか少しだけケンとの距離を遮られてしまったようにも感じた。 それがなんだか寂しく思えてしまって、俺は窓を開けて、夕日で染まるケンの背中を遠くから見守る。 「……好きだ」 ケンがいない時は、こんなにも簡単に言えてしまうのに。 どうして本人が目の前にいると、俺はその気持ちを抑え込んでしまうのだろう。 このままじゃあ夏休みを謳歌どころか、高校生活の思い出が苦く辛いものになってしまうかもしれない。 そんなのは嫌だ。 卒業しても俺はケンの側に居たいし、恋人みたいな経験もしてみたい。デートとか、キスとか、後……SEXとか。 「って、何考えてんだ俺は!///」 こんな顔で、乙女思考な自分が気持ち悪い。 こういう余計な事は言わずに、まずは『好き』だと言う事から始めよう。 「よし。この夏休みでアイツに好きだと言ってやる」 そうすればきっと、少しは先に進めるかもしれない。 友達から、恋人関係にーー。 人生最大の目標に向け。俺はとりあえず、ケンがプールで遊んでる間に宿題を半分以上終わらせる事に専念した。

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