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第6話

――けれども辰は、来なかった。  最初のうちは、くくりつけた紙縒りが存外丈夫で、のんき者そうだった辰が、何をしてるかは知らねども、稼業に追われて来れないのだと思っていた。  そのうちに、間が空いたので、来づらくなったんだろうかと思うようになった。  ようやく、あれ、やっぱり振られたんだろうかと思い出した頃には、また、夏が来ていた。  今年もまた、蒸し蒸しとした夏だ。  辰は、来るといえば来る男だったので、一年かかって思いついた辰の来ない理由は、もう、それしかなかった。  死んだとだけは思わない。  振られただけだ。  と。  その日も、朱格子の前で大引けを迎えた孤蝶は、相変わらずのすきっ腹を抱えて、夜半過ぎから降り出した驟雨に、最初、空耳が聞こえたのだと思っていた。 「よお、一年ぶりだな」  どしゃ降りの格子の向こうに、闇に溶けたような、桜が見える。  季節外れな着物を着る、とんだ野暮天もあったものだと、孤蝶が顔を上げると…… 「辰ッ!」  黒地に桜柄の袷を着た……辰が、立っていた。  孤蝶は裸足のまま、土間へ降りると、降りしきる雨に飛び込んでいく。 「おっとお、裸足はよくねえんじゃなかったのか?孤蝶」 「このヤロォ! 紙縒りが切れる前に来いって言っただろ!」 「これか?」  辰は、抱きつく孤蝶の下から、自分の腕を引き抜くと、腕に下がった紙の輪を見せた。 「……!」 「この一年、大事に庇ってきたからな。苦労したぜえ、切らさねえように」 「この馬鹿ッ! そういう意味で言ったんじゃあないッ!」 「まあまあ、こうして食われに来たんだ。いいじゃねえか。ちいっとばかり手間あ取ったが……こちとら訳ありでね……聴かないでくれよ? 一年越しでも、三日目にゃア違いないよな?」 「そう思うんなら、登楼ってっておくれなんし……」 【了】

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