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第5話

「……………………こいつはいけねえ、生酔いだ」  すっかり面食らった辰は、禿を呼ぼうと襖に手をかける。 「もっと飲んで寝ちまったがいい。今、お銚子を持ってこさせるよ、オ……」 「生酔いじゃない」  孤蝶は、禿を呼びつけようとした辰の口を右手でふさぐと、後ろから羽交い絞めにした。 「!」  襖にかけたまま固まった辰の手を取ると、自分の懐に滑り込ませる。 「痩せギスなおいらんなら、いくらでもいらあな」  それでもまだ引きつった顔で笑って見せる辰に、孤蝶はその手を、今度は自分の着物の裾に滑り込ませようとした…………。 「よさねえかッ!」  辰は無理矢理、孤蝶の手を振り解いた。  はずみで投げ出された孤蝶は、そのまま布団の上にぼそりと腰を落とす。 「じゃあ、まさかお前、その声……」 「おふくろが残した銀を飲んで、自分で潰した。皆は、自殺のし損ねだと思ってる」  孤蝶は、頭の簪を引き抜き抜いては、一本、また一本と、畳の上に投げ出しはしめた。 「オレはここの生まれでね。この部屋だってもともとは、おふくろの物だったんだ。それが一昨年の冬。馴染みのからくり師でオレのおやじだった男が、オレが見世に出される前に、おふくろごと請け出そうと急いだ。急ぎすぎて、ご禁制のからくりにまで手を出しちまい、ご処分を受けるような馬鹿な男たった」  そういうと孤蝶は、酔い力のままに、手にかにあった本の山をなぎ払う。 「おまけに此処の本の山ときたら、おやじの部屋で見つかった禁書のほかで、害なしと判ぜられたものを、お節介が全部運び込んじまいやがった物で……おかげで厠に行くにも難儀する」  それでも、真新しい折り目や、いくつも挟みこまれた花紙のしおりは全て、孤蝶の所業なのだろう。 「お裁きが決まって、おやじが死罪になったのを聞きつけたおふくろが、振新(振袖新造一振新の間は客をとらない)のオレを連れて脱廓を図り……つかまって責殺されたのが、去年の桜の頃………二人分の借金を抱えて、オレはこの一月に部屋持ちにあがったばかりの、留袖新造(新造のなかでも素質の良くない者がなる)だ……まだお客は取ったこたあねえよ」 「今までどうして……」 「初会からオレは、揚代よりも食うからな。留袖新造を買うぐらいの連中だ。オレの食うに懐が負けて、裏までは来ねえ。同じ出すんならもっと格上がいるし、同じ留袖でよけりやア、他に食わねえおいらんは、いくらでもいるしな……男とばれてオレが売ッ飛ばされるのは、まあ、陰間茶屋だろう。どちらにしろ地獄なら、こっちの方がまだましだ。客はイキだのスイだのヌかしてくる連中。あしらいさえうまくやりやア、まだまだ当分、清い身で居られる。おいらんによっちゃあ、身請けまではねのけたツワモノも居たそうな」 「んなこと言ったって…」 「大丈夫だ、へまはしねえ」 「馬鹿言えッ、バレるだろッ!」 「じゃあ、バレるかバレないか、賭けるか?」  ニタリと、孤蝶が笑った。 「いざお床入りの段になって、おまえが、おれの手練手管で、あえなく果てちまったら」 「果てちまったら?」 「……二日目も来て、オレに食わせてくれよ」 「まだ飽きたらねえかこの大食らい!」 「ちがう」 「あン?」 「おまえさんを食うんだよ」 「ナニイッ!?」 「どうしたいんだって、聞いたのはおまえさんだぜ?辰」  辰の後ろ襟首に腕を回し、ずいと孤蝶が、酒臭い顔を寄せた。 「こんな場所だ……襖向こうの物音に、堪らない夜もそれなりにあったが、たいした事はなかった。辰……おまえさんに会うまで」 「……おい……そりゃあ、俺にお前を抱けってことかよ?」 「そんなら別に、賭ける必要もありゃあせん。アチキは遊女でござっせえ」  急に廓言葉に戻る孤蝶を、辰がぴしゃりとはねつける。 「男のナ」 「……ああ、そうさ。いっぱしの男だ。だから……オレはおまえを、抱きたくてしょうがないんだ……辰……今だって」  孤蝶は、つらそうに唾を呑み込み、代わりに言葉を吐き出した。 「ギリギリだ」  孤蝶は、最後の箸を引き抜くと、その端をくわえて濡らし、辰の唇を紅をさすように、なぞりあげる。 「一晩中、おまえに横になんて居られたら、オレは……」  思わず、孤蝶の指先に力が入り、辰の唇を行き来していた1の先端は、つぷと唇の奥へ押し込められた。  だが簪は、その先をカチリと辰の歯で隔てられ、孤蝶の手から滑り落ちる。 「……嘘だ。客にそんなこと、させられない」 「いいぜ」  辰は、落ちた1を拾い上げると、孤蝶の乱れ落ちた髭に戻してやった。 「そんなふうにお前さんが自分を慰めてるのを見てるより、よっぽどいい。きな……試してやるよ」 「辰……」  孤蝶は、辰の足の甲に手を置くと、足首からするするとなで上げ、着物の裾を下から割ってゆく。  と、あらわになった辰の膝頭が並んでいる。  孤蝶の手は、いとおしげに膝頭を撫で回しながら、困ったような顔で、辰を見た。 「足、開いて……」 「オ、オウ」  言われて、辰はすっと足を開いてみせる。  それでもまだ開きが甘いので、孤蝶は撫で回していた膝頭を名残惜しそうに通り過ぎると、太腿の内側に、手を回し、ぐいとひらく。 「とッ」  辰がバランスを崩し、後ろの畳に手をついた。 「おい、この体勢はちょっと……」 「落ちつかないか?」  聞きながらも、孤蝶は辰の白い下帯に、手を伸ばす。 「おい、お前、いきなりソンナ……ッ」 「いきなり? 冗談だろう。こうしなくちゃあ、何も始められない」  孤蝶はくくくっと、咽喉の奥で笑うと、辰のソレの形が、下帯に浮かび上がるよう、手のひらで何度もさすりあげはしめた。 「おまえのその浅黒くて逞しい咽喉元を、どんなように仰け反らせてくれるのか、楽しみだな」 「おきゃあがれ、この……トウヘンボクッ」 「おや、もう息が荒くおなりかえ?」  すましたロ調で、孤蝶がからかった。 「……んなこたあ……ツんン……ねえよ」 「そうか?」  ぱくりと、布ごとくわえ上げられ、辰は思わず顎を上げる。  孤蝶は口の中で濡れ始めた布を、舌先でじっとりと紙め上げ、辰のソレにこすりつけた。  生ぬるく濡れた布に絡みつかれ、辰は畳についていた手で、思わず孤蝶の肩を押し戻してしまう。  孤蝶の口から糸を引いて外れた自分のモノは、濡れて透けた下帯がはりついて、くっきりと浮かびあがり、すでに鎌首をもたげていた。  辰は思わず目をそむける。 「どうした?もう降参か?」  孤蝶が手の甲でロ元を拭いながら訊ねた。 「……明かり、消してくれ」 「見ないですまそうっていうのか? 無駄だと思うがね」  行灯の明かりを吹き消し、孤蝶は再び辰の膝の間に、顔をうずめる。 「あってもなくても、もう変わらんな」 「?………何が……」  孤蝶の呟きに訊ね返した辰は、濡れた下帯を、ズルズルと自分のソレに這うよう引きずりはがされ、語尾が呻きにとってかわった。 「ッ……ぅくッぁあッ」 「辰、何か言ったか?」  外した下帯を丸めながら、孤蝶は意地悪く聞かないふりをする。 「別にッ」 「強情だねえ。まあその方が、お楽しみは長びくわけだが」  言いながら、ぽんと部屋のすみに、丸め終えた下帯を放り投げた。 「さあて、今度頂くことになる前に、味見でもしておこうかねえ」  孤蝶はちゃぽりと自分の指をしゃぶると、辰の後ろに指先をあてがい、ゆるゆると襞をなぞってほころびさせる。 「こらッ、そいつは」  ぎょっとして、股の間から後ろに入り込んだ孤蝶の手首を押さえるのだが、すでにぬるりと忍び込んでしまった指先に、辰は力が入らない。 「……ッく」 「勘違いしなさんな。此処の辺りに……」  中で探るように細い指を蠢かされ、辰は思わず首を仰け反らせた。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」 「尻の穴だ、痛くはないだろ?」 「いたかネエがッ……腹ン中かきまわされるみてえで……きしょっくッわりいんだよ! とっととその指イ抜きやがれっ!」 「まあ持て、直によくなる」 「女じゃねエンだ、んなもんなるかッ……アッアアアッ!」 「ああ、此処か」  指先で、ぐいと一点をつかれ、辰が悲鳴を上げた。  ぞわぞわとした快楽の波に飲み込まれ、鎌首をもたげていた辰心ソコが、容赦なくせり上がった。 「な? 前に来るだろ?」  きつく孤蝶に根元を押さえられていなければ、とうに果てていただろう。  いや、むしろ、押し寄せた波が逃げ口を求め、びくびくと脈打って辰を責苛んでいる。 「も……分かったッ! 分かったからッ、仕舞いにしてくれエッ」 「本当に?」  辰は、もはや言葉にも出せずに、首を縦に振り続ける。 「それじゃあ、名残はおしいが、よしとしよう」  孤蝶は指を抜かずに、締め付けていた方の手だけを緩めると、裏の筋目から先端に、とがらせた舌先でなぞりあげる。 「ッっ……」  そこでちろちろとじらしたあと、孤蝶は先端からしゃぶりついてゆっくりと呑み込んでゆき、狂ったように頭を振って、ようやくのことで、辰を果てさせた。  すっかりはだけ切った着物が、かろうじて腰帯だけで、辰の身にぶら下がっている。  孤蝶の口元から滴った白い精が、荒い息に上下する辰の腹に落ちて臍にたまった。  指先でそのぬかるみの感触を味わっていた孤蝶は、ふと、じかにあった本から、一頁を破り取ると、くるくると器用により上げて、一本の紙縒りを縒り上げる。  孤蝶は紙縒り紐が出来上がると、まだ、息の荒い辰の右腕を取り、その手首に結わいつけた。 「……孤蝶」 「ん?」 「お前……何してる?」 「オレの勝ちだからな。こいつが切れないうちに、必ず会いに来いよ」 「オウヨ」  答えて辰が、聞きづらそうにたずねる。 「……いいのか? 俺だけ……」 「おまえがヨがってる声、聞けただけで、今夜は満足だ…………と格好つけたいところなんだが」  孤蝶は行灯に明かりを入れ、自分の緋縮緬を捲り上げると、赤い湯文字をさらけだした。  濡れて色の変じた染みが、広々とひろがっている。 「おまえさんと絡み合ってるうちに、辛くなって……ついな。辰の足に、擦り付けてた」 「おい、ソレ……」 「あーあ、一っぺんや二へんじゃんねえ。お前さんの足の指で、何べんもイッた」 「お前いつの間に……」 「辰が、いやらしすぎなんだ。だいたい、夢中になって、どこに足踏ん張ってたかも気づかなかったクセに」  辰の横に寝転がり、孤蝶は口先をとがらせた。 「何ィ?」 「………………」  辰が異論を唱える間もなく、孤蝶はよほど疲れたのか、すうすうと寝息を立てている。 「後朝の送りもナシかよ」  辰は苦笑した。

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