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第1話

※WEB閲覧用に改行を加えております。  十八時を過ぎたというのにまだ明るい夕空の中。仕事を終えた二宮薫(にのみやかおる)は駅から従兄弟の一宮翔(いちのみやかける)の家に行く道を急いでいた。  駅から十分程にある翔の住んでいるマンションは、自分の住んでいるマンションから五分ほどの場所にあり、仕事の帰りに寄っては夕飯を食べ、時に泊まることが日課となっている。  薫はその時間が一日で一番楽しみだった。  エントランスから合鍵を使って中に入り、エレベーターで八階に上がると、一番左端にある部屋の扉を開けて、勢いよく部屋の中へと入った。 「お邪魔します!」  部屋に入ると、甘辛い美味しそうな香りが漂ってきて、お腹が鳴りそうになる。  急いで靴を脱いで玄関に上がると、気がついた翔が廊下へと向かってくる足音が聞こえてきて、わざわざ玄関まで迎えにくるなんて、まるで付き合っているようだと思わず頬が緩んでしまう。 「おかえり。今日は少し早かったな」 「仕事早く片付いたからね。ところで、すごくいい香りするけど、今日も夕飯作ってくれたの? ありがとう!」 「一人分も二人分も変わらないから、どうってことない」 「でも、ありがとう」 「……どういたしまして」  照れ隠しに、はにかみながら背を向けてリビングへと向っていく翔の後に続きながら、広くてたくましい背中を見つめる。  図体は男らしくなったのに、幼少期の時から相変わらず恥ずかしがり屋なところが愛らしい。  リビングに着いてテーブルに目を向けると、そこには美味しそうな料理が並べられていた。 「今日の夕飯は、金目鯛の煮付けと筑前煮と筍の味噌汁って、すごい! 翔は料理上手だね。手洗ってくる」 「あぁ」  日の当たる窓際や洗面台には、自分がプレゼントした植物や花を使った置き物が飾ってある。  とくに、誕生日にプレゼントした、ピンク色のスターチスのドライフラワーを使ったリースが壁に飾られている洗面所はお気に入りで、それを見るのが楽しみだった。  綺麗に飾られているそれを見ると、自分が大切にされているようで嬉しくなり、笑みをこぼしながら水で手を濡らす。  ソープディスペンサーに手をかざして、洗剤を出して手を洗うと、水滴一つ垂れていないほど、綺麗に掃除された洗面台を汚さないように、気をつけながら手を流し、タオルで水気を拭いた。  小走りでダイニングへ戻ると、料理を前に座って待っていた翔と目が合う。その瞬間、飼い主を待っていた小動物のような笑みで柔らかく微笑まれ、あまりの可愛さに胸が高鳴ってしまう。  気持ちを悟られないように、慌てて視線を逸らしてから席に着くと、気を逸らすように美味しそうな香りに意識を向けた。 「すごく美味しそう。こんなに手の込んだ料理毎日作ってもらって、なんか悪いな」 「気にするな。ほら、冷めるから早く食べるぞ」  翔が手を合わせたので、それに合わせて手を合わせる。二人で「いただきます」をすると、味噌汁の入っているお椀を持って一口飲む。  カツオの出汁が効いた汁が疲れた身体に染み渡っていくのを感じながら、翔の方を見てみると、箸で器用に鯛の身を解しながら食べている最中だった。  見事な箸遣いに見惚れていると翔と目が合い、さらに胸が高鳴ってしまう。 「どうかしたのか?」 「相変わらず、食べ方綺麗だなって」 「薫も綺麗だけど」 「そう? 嬉しいな」  褒められたことに照れて、はにかみながら視線を下に逸らすと、翔は釣られてはにかみながら、こちらを見つめてきた。 「いつも、美味しそうに食べてくれるから作り甲斐がある」  胸がギュッと締めつけられ、一瞬返す言葉に詰まってしまう。こういうことを言われると勘違いしそうになってしまう自分が恥ずかしい。 「なんか、照れちゃうな。あっ! お味噌汁。出汁きいてて美味しいね」  意を決して視線を上げ、翔の顔を真正面から見る。すると、翔が目尻を垂らしながら微笑みかけてきた。 「やっぱり。薫と一緒にいると楽しいな」  心臓がドクンっと高鳴る。しかし、これは従兄弟として一緒にいるのが楽しいのであって、決して自分に好意があるわけではないと言い聞かせて気持ちを落ち着ける。 「お、俺も。翔と一緒にいると楽しいよ」  テーブルの下で手を握りながら、精一杯勇気を振り絞って気持ちを伝えると、数秒の沈黙の後、なぜか薫の顔がみるみると真っ赤に染まっていった。 「そ、そうか……。すまない、ちょっとお手洗い行ってくる。ご飯先に食べてて」 「え!? 分かった」  慌てて席を立ってお手洗いに向かう翔を、驚きながら目で追うと、肌は首筋まで真っ赤に染まっていた。  何かあったのではないかと心配になり、様子を見に行こうか迷うが、以前、見に行って怒られたことを思い出し、言われた通り大人しくご飯を食べながら待っていることにして、お椀に口をつける。  一人で飲む味噌汁は少し味気ない気がした。  茶碗に盛られたご飯を食べ終わった頃、トイレの扉が開く音がして、洗面台で手を洗い終えた翔がダイニングに戻ってきた。 「体調悪いの?」 「心配するほどではない」  席に着こうとする翔に心配そうに眉を下げながら話かけると、安心しろと言いたげに微笑み返される。その笑みがどこか痛々しく感じて、薫はさらに眉を下げた。  翔が心配をかけないために、昔からこうして無理をしているのを知っている。  そんな翔に自分に出来ることといえば、眠れない夜や辛い時に添い寝をしてあげることくらいだ。 「今日も泊まっていったほうがいい?」 「いっ、いいのか?」 「翔がいいなら」 「いいに決まってる。今日も添い寝してくれるか?」  不安をかき消すようににっこりと笑うと、翔も釣られて頬を緩める。昔からこうして自分が笑うと釣られて笑うところも、添い寝に喜ぶところも、何もかもが可愛い。 「うん。そういう昔から変わってないところ、なんか可愛いな」  言い終わって、少し調子に乗り過ぎたかと後悔する。しかし、翔は嫌がるどころか、先程と同じくらい顔を真っ赤にしながらはにかんでいた。 「かっ……可愛い? 薫じゃなくて俺が?」 「うん。翔は可愛いよ」  小刻みに身体を震わせている翔が心配になるが、嘘でないことを証明したくてずっと見つめていると、耐えかねたのか下を向いてしまった。 「……その言葉一生忘れないから」 「えっ!?」 「いや、なんでもない。ご飯のおかわり大丈夫か?」  何か言った気がして聞き返すが、何事もなかったように顔を上げて会話を続ける翔に、しつこくするのも悪い気がして問いただすのはやめることにした。 「あっ! いる! 最近ご飯もすごく美味しいね」 「土鍋で炊いてみたんだ。口に合ってよかった」  席を立ってお茶碗を持ちながらキッチンに向かう翔を見送ると、調子が戻ったことに安心して肩を落とした。  一つ歳上で従兄弟の翔は高校一年の時に、母親を病気で亡くしている。  以前は成績優秀で運動神経もよく、学級委員長を務めるほど周りから人望もあり、笑顔も絶やさなかった憧れの存在である翔が、母親が亡くなってからというもの元気がなくなり一切笑わなくなったことを心配した薫は、それから翔の側にいることが多くなった。  愛妻家だった翔の父親は、母親が亡くなった喪失感を埋めるためなのか仕事に没頭するようになり、帰りが遅くなることが多かったため、帰ってくるまでの間よく薫の家で翔を預かったり泊めることもあった。  翔が一緒にお風呂に入って欲しいと言ってきた時や、寝る時に添い寝をして欲しいと頼んできた時、薫は喜んでそれを受け入れた。  母親はよく「困った時は身内同士、助け合うものよ」と言っていた。だから、翔が困った時に助けるのは当たり前なんだと薫は思っていたし、一緒に過ごしているうちに以前と同じように顔色が良くなり、笑うようになっていく翔を見るのが嬉しかった。  高校二年に上がっても翔の父親の状況は変わらずに、忙しいままだった。  話を聞くに、母親の死から逃げるように仕事に没頭していくうちに、昇進して重要な仕事を任されるようになり、残業が多くなっているらしい。 「少し寂しいけど、仕事に夢中になって辛いことを忘れられてるならいいんだ。大学に行く学費も心配しなくていいみたいだし」  部屋で一緒に勉強している最中に、翔がノートに字を書きながら独り言のようにそう言った時、薫は気が付くと翔の頭を撫でていた。 「翔は優しいね」  寂しいのに父親のことを思いやって、自分ならきっと愚痴の一つくらいは言っているだろう。  そうやって、細くて天然のパーマがかかっている髪の毛を梳くように、頭を撫でていると、翔の耳が赤くなっていることに気がついた。  何か変なことをしてしまったのだろうかと心配になり、手を離すと上を向いた翔と目が合う。  その目は潤んでいて下瞼には涙が溜まり、頬は蒸気して赤く染まっていた。初めて見るそんな姿に動揺していると、翔ははにかみながら照れくさそうに笑った。  その笑みはまるで朝顔が咲いた時のように綺麗で、思わず微笑みながら見惚れてしまう。  翔に恋心を抱いたのはその頃からだった。  しかし、翔は女子からモテる上に男子からも尊敬されているような人気者で、しかも従兄弟だ。そんな翔が自分のことを好きなはずがない。だから、こうやって側にいられるだけでも幸せなのだと気持ちを隠すことにした。  ご飯を食べ終わり、リビングでソファーでくつろぎながら二人でテレビを見る。  夏の心霊特集がやっていて、廃墟に散策しにきた芸人が水音に驚く姿を大袈裟だなという気持ちで観ていた。 「薫は廃墟とか怖くないのか?」 「別に。それより翔が絶対に入ったらダメだって言う部屋の方が怖い」  テレビから目を離して、ソファーの後ろにある、その部屋の扉を見る。  ちょうど、リビングの横にあるその部屋は薫がこの部屋に初めて来た三年前からずっと締め切られていて、謎に包まれている。好奇心に負けて何度か翔がいないうちに中へ入ろうとしたこともあったが、鍵がかかっていて中には入ることは出来なかった。 (一体、部屋の中には何があるのだろう。普段隠し事をしない翔が鍵をかけて隠したくなるほど見せられない物なんて)  それ以来その部屋の存在が気になって仕方ない。 「仕事関係の大事な書類が置いてあるからだって、前にも言っただろ。探偵は守秘義務を守らないと信用を失ってしまうからな」 「普通、そういうのは会社に置いておくものじゃないの? もしかして、死体でも置いてあったりして」  冗談のつもりで笑いながらテレビに視線を戻すが、何も言ってこない翔に背筋が寒くなる。  まさか、本当に部屋に死体が置かれているのだろうかと、恐る恐る翔の方を見てみると、悪戯が成功した子供のように震えながら笑いを堪えていた。  安心してがっくりと肩を落とすと、今度は怒りが込み上げてくる。 「翔っ酷い!」 「ごめんな。それにしても、怖がってる薫可愛かった」 「嬉しくない」 「分かった。いつか、部屋の中見せてあげるから。許して」 「仕方ないな。約束だよ」  手を差し出して、指切りの形をすると、翔が小指に小指を絡ませてくる。  それだけだというのに、翔の体温を感じて浮かれてしまっている自分がいた。 「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」  言い終わって微笑みあってから指を離すと、翔は照れ隠しをするようにそっぽを向いてしまった。  気になって覗き込むと、気まずそうに目を合わせられる。 「そろそろ、風呂入ってくるけど今日は一緒に入るか?」 「うん。体調も心配だし」  聞かれて迷わず答えると、翔は表情を緩めて肩を落とした。 「そんな、過保護にならなくたって平気なのに」 「お風呂は一番危ないって言うからね」 「そうだな。一緒に入るか」  ソファーから立ち上がる翔と一緒に立つと、後ろに着いて行きお風呂場に向かう。  昔から一緒に入っているのに、翔に裸を見られることはいまだに慣れていない。  熱っていく身体を隠すように、背を向けて服を脱ぐと「先に入るね」と、断りを入れてから、お風呂の扉を開けた。  風呂場に入ってお風呂椅子に座り、頭を洗う準備をしていると、脱ぎ終わった翔が片手にタオルを持って陰茎を隠しながら入ってきた。  百八十八センチは超えている身長に、すらっとした長い足のスタイルのいい体型ときめ細やかな白い肌。そして、鍛えて程よく筋肉が付いている大胸筋と腹筋が放つ色気にやられそうになり目線を逸らすと、もう片方の手に白いバスボムが握られていることに気づく。 「入浴剤いれていいか?」 「うん。なんのやつ?」 「当ててごらん」  翔はそう言って笑うと、手に持っていたバスボムをお湯がはってある浴槽に静かに入れた。  その瞬間、花の安らぐ香りが漂ってくる。 「いい香りするね。ジャスミンかな?」 「正解。流石、花屋だな」 「照れるな。この香り好き」  こちらを向いた翔の手が伸びてきたと思うと、そのまま頭を撫でられ、反射的に目を細めた。  立っている翔に上からニヤニヤと笑って見下ろされながら撫でられると、普通に話しているだけなのに何故だか追い詰められた小動物のような気分になり、どうしていいのか分からなくなってしまう。  戸惑っていると、頭から手を離した翔が後ろに回ってきた。 「髪、洗い合いっこしようか?」 「う、うん。じゃあ、俺も後で翔の洗うね」  二人して笑い合っていると、さっきのは気のせいのように思えてきて、安心して目を瞑る。  シャンプーを髪に馴染ませてくる翔に身を任せると、頭皮に触れる指先が優しく、気持ちよくて眠りそうになってしまった。 「痒いところないか?」 「平気。翔って髪洗うの上手いよね。すごく気持ちいい」 「良かった。じゃあ、流し終わったらついでに頭皮のマッサージもしようか」  翔はシャワーヘッドを握ってから、蛇口を捻ってお湯を出すと、髪についた泡を丁寧に洗い流していく。  流し終わりタオルで軽く水気を取ると、タオルを頭に乗せられ頭全体を軽くマッサージされる。  気持ち良くて再び眠りそうになっていると、いきなり指先に力が入り頭皮をギュッと押され、痛みが走り全身に力が入った。 「んんっ。ちょっと痛いかも」  自分が疲れているから痛いのかもしれないと我慢することも考えたが、涙ぐむほどの痛さに我慢できなくなり訴えると、翔は揉むのを止めて横から覗き込んできた。 「ごめん。力入れ過ぎたな。もっと優しくする」  近くに顔が寄ってきて、熱い息が耳にかかる。  そのくすぐったさと近すぎる距離感に恥ずかしくて顔を合わせられず、視線だけをずらして翔の顔を見ると、申し訳なさそうに眉を下げていて、胸がきゅっと締め付けられた。 「ちょっと痛かっただけだから、大丈夫だよ。続けて」  心配そうな顔をしている翔に、安心させたくて笑顔を向けると、ようやく納得してくれたようでまた指が動き出す。しかし、今度は優しすぎる動きにくすぐったくなり笑ってしまう。 「ふふっ。今度はくすぐったいよ」 「くすぐったいのはいいだろ。そろそろ交代しようか」 「うん」  薫が椅子から立ち上がると代わりに翔が椅子に座り、薫は後ろへと回った。 「薫に洗ってもらうのドキドキするな」 「綺麗に洗うから、任せて」  翔の髪をお湯で濡らしてから、シャンプーを手で泡立てて洗っていく。  色素が薄く細くてウェーブがかかっている髪の毛は、いつ触ってもふわふわで肌触りが良く、ついつい触りすぎてしまう。  右耳に着けているピアスに引っかけないように注意しながら、後頭部の髪を上げると、蒸気してピンク色に色付いた綺麗な曲線を描くうなじから、骨張っている首筋のラインまでがよく見え、色っぽさが引き立ち、目眩がしそうになる。 (この首筋に抱きつける人が羨ましい。いっそのこと、冗談っぽく抱きついてみようかな)  ふと、そんな考えがよぎるが首を横に振って考えをかき消す。 「あ、薫。今イタズラしようとした?」 「えっ!? バレた」  正直に言ってしまったと後悔するより先に、翔がクスクスと笑い出したので驚いて手を止める。 「昔から、薫って嘘付けないよな。で、何しようとしたんだ?」  確かに昔から嘘をつくのが下手で、特に薫にはすぐに見破られてしまう。だからと言って、さっき考えていたことを素直に話すわけにもいかなかった。 「教えない! どっか痒いところ残ってない?」 「ないから、流して大丈夫だよ」 「分かった」  上手く話題を逸らせたと胸を撫で下ろしながらシャワーを持つと、泡を洗い流していく。  身体を洗い合うか提案されたが、遠慮して別々に洗うと、二人して湯船に入った。 「本当、気持ちいいな」 「う、うん。そうだね」  湯船に入ると、後ろから抱きしめられるような体勢で覗き込まれる。その瞬間、耳に熱い息がかかり反射的に身体がビクッと反応してしまった。  両思いになれないのなら、従兄弟としては翔の側にいたい。そう思っているのに、今日は何故だか勘違いをしてしまいそうな出来事の連続で、動揺してしまう。 「薫。ちょっと日に焼けた?」 「えっ?」  声をかけられて思わず横を向くと、翔と目と鼻の先で目が合ってしまい瞬時に体温が上昇していく。  まずいとは思うが、吸い込まれそうなほどに綺麗な透き通ったブラウンの瞳から目が離せない。  そうしていると翔がふと笑いながら、鎖骨の辺りを指差してきた。 「ほら、ここら辺とか色変わってる」 「そ、そう。気付かなかった」 「あと、腕も」  目線が首元に行き安心したのも束の間、指さしていた手が腕に近づき優しく触れられる。それだけのことだというのにうるさいくらいに心臓が高鳴ってしまい、気づかれないか心配になる。 「あと、足も焼けたかな?」  足を見ながら翔が前屈みになると、背中に何か熱くて硬い棒状の物が当たる感触があった。  それが、陰茎だと分かると頭がパニックになり自身の陰茎に熱が集まって、勃起しそうになってしまう。  慌てて手で前を隠すと、それに驚いた翔が心配そうに顔を覗き込んできた。 「どうした? 身体赤くなってるけど、のぼせたか?」 「へっ。平気だから」 「本当に?」 「本当だって」  心配そうに顔を近づけてくる翔にどうしていいか分からなくなり、つい口調がキツくなってしまう。  数秒、沈黙が続き謝ろうかと口を開こうとすると、また熱い陰茎が背中に擦り付けられ、下半身に熱が集まっていく。 (翔はそういうつもりはないのに。勃起したちんちん見つかったら嫌われる)  陰茎をどうにか隠そうと脚を動かそうとした時、翔の腕がそれを防止するように伸びてくる。  大きくて逞しい手で太腿を揉むように押さえつけられると、力が抜けて抵抗する気力すらなくなっていく。 「でも、なんか隠せないくらい前が、すごいことになってるな」 「えっ! あっ! これは違くて」 「違くて?」  脚を閉じられないように太腿を強引にこじ開けられ、視線を感じた陰茎がさらに熱を持ち勃ち上がっていく。 (だめぇ。勃起したちんちんそんなに見たら)  どうにか誤魔化さなくてはと言い訳を必死に考えているうちにも、翔の手には力がこもったままで脚を閉じることは出来なかった。 「つ、疲れてるからってやつ」 「そうか。なら、恥ずかしがることはないんじゃないか? 俺だってなるし」 「そうだけど……」 「なんなら、抜き合いっこするか?」  そう甘い声で耳元で言われながら太ももを優しく撫でられると、理性がぐらっと揺れる。  さらに、背中にさっきより硬くなった陰茎を感じると、それが欲しくなりもどかしくなってしまう。 (翔のちんぽ欲しい……)  しかし、これは自分一人が意識しているだけで、翔はきっと勃ってしまっている陰茎を治そうとしてくれているだけなんだ。と、言い聞かせて首を横に振った。 「それは、ダメだよ」 「どうして?」 「だって、俺達付き合ってもないのに。それに従兄弟同士でそんな……」  自分で言っていて悲しくなり、段々と声が小さくなっていく。  ここで道を踏み外してしまったら、きっと自分は翔の善意に甘えて頻繁にオナニーの手伝いをしてもらうようになり、後戻りが出来なくなってしまう。  泣きそうになるのを堪えていると、太腿を押さえていた手が離れていき、後ろにいた薫が立ち上がった。 「そっか。そうだな……」  翔は何か思い詰めたような声でそう言うと、浴槽から上がって風呂の扉の方へと向かっていき、ドアノブに手をかけた。 「先に、出てる」 「う、うん……」  気まずい空気が流れる風呂場を、翔は扉を開けて去っていった。  やっぱり気持ち悪かったのだろう。それなのに勇気を出して治してくれると言う善意を無駄にしてしまった。悪いのは自分の方だ。  覚悟を決めて立ち上がる。  一刻も早く謝らなければと、浴槽から出ると風呂場の扉を開けた。  風呂を上がってリビングに行くとテレビを見ながらソファに座っている翔が見えた。  テーブルの上にはグラスに注いだビールがあり、隣には空になってるであろうビールの缶が置いてある。  見つめているとグラスに入ったビールを一気に飲み干していった。 「翔。さっきは、ごめん」  ソファに近づいて横に立つと、軽く頭を下げて謝る。恐る恐る頭を上げると不機嫌そうな顔をした翔と目が合い、萎縮してしまった。 「何に対して謝ってるんだ?」 「治してくれるって言ったのに拒否したことに対して。本当は嫌なのに治そうとしてくれたんでしょ?」  ここで嘘をついてしまったら、一生許してもらえなさそうで正直に言うと、翔は困りながらため息を吐いた。  予想していなかった反応に、薫はどうしていいのか分からなくなる。 「そうじゃないけど、まぁいいか。薫もなんか飲むか」 「えっ。じゃあ俺もビール」 「分かった。持ってくるから座って待ってな」 「うん」  許してもらえたと安心しながらソファに座ると、テレビに目を映す。さっきの心霊番組はすでに終わっていて、ニュース番組に変わっていた。 「痴情のもつれで殺害か……」  横から声をかけられて驚いて振り向くと、そこにはお盆を持った翔が立っていた。  お盆にはビールの入ったグラスとコースターが二つ乗せてあり、翔はテーブルにそれを置くと、目の前にコースターを置いて、その上にビールが入っているグラスを乗せてから横に座った。 「ありがとう。この事件気になるの?」 「浮気されて殺害したってところが少しな」 「俺、人と付き合ったことないから分からないけど、きっとされた側は苦しいだろうね」 「苦しいなんてものじゃないだろ……」 「えっ!?」  いきなり、思い詰めたような険しい顔をする翔に驚いて声を上げると、今度は申し訳なさそうに目を細めて笑い出した。 「すまない。こっちの話」  笑いながらテレビに視線を映す翔を、心配しながら見つめる。  翔はこれまで誰とも付き合ったことがないはずだ。なら、仕事でこういう依頼に遭遇して、心を痛めたのだろうか。  だとしたら、そんな優しい翔の力に少しでもなりたい。 「今日、変だけど。仕事でなにかあったの?」 「何もないから。心配するな」  いつもみたいに頭を撫でられて何もないことを確認すると、胸を撫で下ろす。 「それならいいけど」  安心すると喉が渇き、目の前に置かれたビールを一口呑むと口の中に爽快な苦味が広がっていく。 「薫の方は、最近何かあったか?」 「ん? 俺は、お盆近いからちょっと忙しいくらいで、一緒に働いてる加藤さんとも仲良くやれてるよ」 「そうか……」  何故か不満そうに眉を寄せる翔を不思議に思いながら、ビールをもう一口飲む。  また、何か怒らせることを言ってしまっただろうか──。 「そういえば、部屋で育ててる植物達、翔の育て方がいいから皆んな元気に育ってるね」  慌てて話題を変えると、翔の表情が段々と緩んでいく。 「薫に言われた通りに毎日世話してるだけだよ。でも、褒められて嬉しい」  さっきまで険しい表情をしていた翔が、頬を染めながら照れ笑いをしているのを見て、翔がやっと笑ってくれたことに嬉しくなり微笑み返す。 「やっと笑った」  その、笑顔に翔は照れくさそうに顔を反らせた。 「あまり、見るな」 「なんで?」 「なんでも」  じっと翔を見ていると、急に頭と瞼が重たくなり眠気が襲ってあくびが出てくる。  目を擦ると、翔がクスリと笑った。 「結構、疲れてるみたいだな」 「そうみたい。今日はもう寝ようかな」 「俺も寝るから、先に寝室向かってて」 「うん」  テレビを消して、飲みかけのビールを台所に持って行く翔を見送ってから、寝室へと向かって扉を開けるとベッドに座った。  置かれているクイーンサイズのベッドは大人が二人寝ても余裕があって、いつもここで二人で寝ている。  横になると、すぐに眠気が襲ってきて意識が遠のいていく。  もう少し、翔と話したかったと後悔しながらその日は眠りについた。  目を覚ますとすっかり外は明るくなっていて、カーテンから差し込んだ日差しが部屋を照らしていた。  横を見ると翔の無防備な寝顔が目に入ってきて、つい表情が緩んでしまう。  いつもは髪まできっちりセットしてスーツ姿で隙がない翔が、横でセットされていない無造作な髪型をしながらパジャマの第一ボタンを外して着て、安心したように安らかに眠っている。 (これが、自分にだけ見せる表情ならいいな)  顔にかかっている髪に触れて避けると、切なげに眉を寄せながら顔を近づける。 (頬っぺたにキスくらいなら、言い訳出来るよね)  震える唇を頬に寄せていく。もう少しで頬に唇が当たりそうになった時、翔の瞼が動いて起きる気配を感じて、咄嗟に顔を離した。  瞼をあげた翔と目が合うと、にっこりと微笑まれる。 「おはよう。よく眠れたか?」 「お、おはよう。うん。ぐっすり眠れた」 「そうか。良かった」  掌で頬を優しく撫でられると、体温が上がっていく。さっきキスしようとしたことは、気付かれていないみたいで安心するが、赤くなった顔を見て気付かれないかと心配になり俯いて顔を逸らした。  その反応を見た翔はクスリと笑ってから頬から手を離し、起き上がって背伸びをすると、カーテンを開けにベッドを立った。 「今日も暑そうだな」 「最高気温三十四度らしいね。水分補給ちゃんとしないと」 「そうだな」  カーテンを開けるとレースカーテン越しに柔らかい光が差し込んできて、窓際に置いてある植物達が嬉しそうにそれを浴びていく。  翔の方が出勤時間が早いので、そのまま部屋を出ていくのかと思っていると、振り向いた翔は布団に戻ってきて、また隣に寝始めた。 「時間平気なの?」 「あぁ。今日は薫と一緒に家出るよ。朝ごはん作るけど何がいい?」 「ご飯と味噌汁と目玉焼きとウインナーがいい」 「薫はそのメニュー、好きなんだな」 「実家にいた時、毎朝こんな感じだったから、馴染んでて」 「そうか。伯母さん、料理上手だったもんな」 「喜ぶから、今度直接言ってあげて」 「分かった」  寝ながら向かい合って微笑み合うと、心にじんわりと温かい感情が広がっていく。 「ところで、今日の夜、空いてるか?」 「ごめん。今日は加藤さんと一緒に夕飯食べる約束してて」 「そうなのか。分かった」  微笑んでいた顔が、瞬時に眉を下げた不安気な顔へと切り替わる。平気なフリをしているが、やっぱり夜一人でいるのは怖いのだろうか。 「明日なら休みだから、一日中空いてるけど……」 「そうか! 実は取り寄せたうなぎが届くから夜ご飯に一緒に食べようかと思って」 「うなぎ!? いいの?」  好物のうなぎを食べられることに胸躍らせて微笑むと、翔の顔にも満面の笑みが広がる。 「あぁ。世話になってる礼も兼ねて」 「全然、いいのに。でも、うなぎは食べたい」  素直にそう伝えると、翔はくすっと笑って頭を撫でてきた。その手つきが気持ち良くて目を細めると、優しい声音が耳に響いてくる。 「正直だな。土鍋で炊いたご飯と食べような」 「あー。考えただけで楽しみすぎて涎出そう」  本当に口端から垂れてきそうで慌てて口元を拭うと、翔がくすりと笑った。  その空間が心地良い。  この幸せを崩さないためには、自分が翔に恋愛感情を持っているのを隠していた方がいいのだろう。  いつか自分の想いも薄れていき、普通に従兄弟として接することが出来る日が来るだろうか。  そう思いながら、今は気持ちを抑え込むことしか出来なかった。  仕事が終わって、同僚の加藤と食事が終わる頃には夜の八時を過ぎていた。  今日は翔に会えなそうだとガッカリしながら、駅に向かうと、車両点検の影響で電車が遅れて駅が大分混み合っていた。  満員電車に乗るのを避けるために、駅内にあるカフェで時間を潰すことも考えたが、生憎席は満席で考えることは皆んな同じなんだと肩を落とす。  こういう満員電車に乗る時に、たまに痴漢にあう。  初めてあったのは二十歳くらいの時で、女性が痴漢にあうのはよく聞く話だが、まさか男性の自分がされるだなんて思ってもみなかった。  しかも、相手は男で最初は尻を触られる程度だったのに、段々とエスカレートしていき、今では尻に陰茎を擦り付けられるまでになっている。  恥ずかしさと周りの人に心配させたくなくて、これまで誰にもそのことを相談したことはなく、ずっとそれが続いていた。  駅を見渡すとかなり混み合ってきていて、これなら痴漢も自分を触るのに苦労するだろうと、電車に乗ることを決意すると列に並んで電車を待った。  電車が到着して車内に押し込まれると、隣の人とかなり密着してしまう。自分が痴漢と疑われそうで怖くなったので、両手を上に上げて吊り革を掴む。  今日はあわないで済みそうだと、安心してため息を漏らした矢先、後ろに人影を感じゾクッとしてしまう。 (まさか、痴漢じゃないよね)  どうにかして、移動出来ないかと辺りを見回すが、人が移動出来る隙間など何処にもなく身動きが取れない。  その間にも、後ろにいる人影は獲物を狙うように薫に視線を向け首元に熱い息をかけてくる。 (気持ち悪い)  どうにかしなければと身体を捩るが、横の人に不審者を見るような目で見られてしまい、大人しくするしかなくなってしまう。  どうしたらいいのかと考えていると、後ろの人物の手が自分の尻に触れてきた。  広くてゴツゴツとした手に尻を撫でられた後、揉み込むように触られ、思わず下唇を噛み、声が出そうになるのを必死に耐える。  すると、今度はもう片方の手が前の方に降りていき、ズボンの上から陰茎を撫で回される。  気持ちが悪いはずなのに、どこか翔の手と似ていてもっと触って欲しいと思い、陰茎を勃起させてしまう自分がいることに戸惑いながら、何も出来ずにされるがままになってしまう。  パンツにくっきりと浮いてしまっているであろう陰茎の形を、人差し指で焦らすようになぞられた後、指先全体で何度も撫でられる。  焦れったい刺激に悶えながら我慢汁を流していると、ベルトを緩められてチャックが下ろされた。  とうとう相手の手がパンツの中へと入ってくるという、恐怖心に襲われ全身に鳥肌が立ち涙目になる。  叫びたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば周りの人に迷惑をかけてしまうし、何より男の自分が痴漢にあったと言って信じてくれる人もいないだろう。  せめてもの抵抗として、前に伸びてきた後ろの男の手首を掴み痴漢をやめさせようとすると、背後にいる男が耳元に熱い息を吹きかけてきた。  何が起きたか一瞬分からずにいると、次は舌全体でねちっこく耳の後ろを舐められる。  同時に力が抜けた隙をみて掴んでいた手を振り解いた男が、指先をゆっくりとパンツの中に侵入させて、陰茎を握ってきた。 (だめっ。電車の中でこんなの)  男が陰茎を握りながら、我慢汁が出てしまっているのを確認するように鈴口を親指で捏ねると、身体が熱りもっと我慢汁が溢れ出てしまう。  言い訳ができない状況の中、もう片方の手がシャツの中に侵入すると、人差し指で捏ねるように勃ってしまっている乳首をコリコリと弄られる。  羞恥心と不快感が入り交じった感覚に身体を震わせていると、次第に陰茎を握る指の動きが激しくなっていき、限界に達しそうになる。 (らめぇ。イっちゃう)  しかし、男は突然動きを止めゆっくりと手を引き抜いた。 (イキそうだったのに……)  そう残念に思った次の瞬間、今度は後ろに手が入ってきてお尻を直接揉み込まれる。そのまま尻の割れ目に人差し指を挟み込まれてアナルの縁をなぞられてから、人差し指で突かれると尻穴がヒクヒクと反応し愛液が出始めた。 (いくら翔の手と似ているからって、アナルヒクヒクさせながらもっと触って欲しいって思うなんて……)  そんなことを考えているうちに、乳首を弄っていた手が陰茎に移動し、直接握り込むように触られる。  人差し指と親指で作った輪っかでカリ首に柔らかな刺激を与えられながら、尻穴に指を一本挿れられると達してしまいそうになる。  しかし、肝心の一番気持ちいい箇所を外されて、射精したいのに出来ずもどかしくなってしまう。  更なる快感を求めて無意識に腰を動かしていると、尻に男の硬くて熱い陰茎が押し付けられた。 (こんなの、ダメなのに……)  そう心の中では思うものの、身体は快楽を求め続けていて、無意識のうちに自分から相手に尻を押し付けるような格好になってしまう。  男はそんな薫の様子を見て満足したのか、パンツの中から手を出すと、ズボンのホックとベルトを閉めてチャックを上げて離れていく。  その時ちょうど駅に到着して扉が開き、奥にいた人達が人の間を抜けて扉の方へと向かっていった。  薫もその流れに沿ってなんとか電車から出たが、熱った身体の震えが止む事はなかった。 「薫?」 「か、翔。なんでここに?」  突然名前を呼ばれて驚いて振り返ると、そこには今会いたくないと思っていた翔が立っていた。 「依頼からの帰りだけど、ここの近くに会社あるって言ってなかったっけ?」 「そうだっけ……」  混乱していてよく、思い出せない。  それよりも、翔に余計な心配をかけないために早く一人になりたい。 「何かあったのか?」 「な、何もないよ」  震える声で返事をすると、翔は心配そうに眉を下げた。 「我慢するなって。そんなに顔真っ青にして、具合悪いんじゃないのか?」 「うっ…………」  痴漢を翔に重ね合わせてしまったことへの罪悪感と、安心したことで目の端から大粒の涙が溢れてしまう。  そんな、薫の背中を翔は優しく撫でた。 「よしよし。駅の近くに車停めてあるから、そこまで頑張れるか?」 「…………うん」  翔の言葉に小さく頷くと、手を引かれるようにして駅の近くにある駐車場へと向かう。  駐車場に着くと、運転席に座った翔の隣に座りシートベルトを締めた。  泣き顔を見られたくなくて俯いていると、横から腕が伸びてきて、また頭を優しく撫でられる。  それが心地よくて、段々と気持ちが落ち着いていく。 「仕事はいいの?」 「後で連絡入れておくから平気。それより薫の方が大事だ」  真剣な眼差しでそう言われると、胸が高鳴り顔が熱くなるのを感じた。 (やっぱり。翔が好きだ)  改めて自分の気持ちを再認識すると恥ずかしくなり、翔から視線を逸らす。 「ありがとう」 「いいって。このまま、家に帰って休むか? それか、気晴らしにどこかに行くのもいいけど」 「どこか……、行きたい」 「どこがいい? どこでもいいぞ」  そう言われて悩むが、前から翔と行きたいと思っている場所はあった。 「夜景の綺麗な場所とか」 「分かった。少しかかるけど、前から一緒に行ってみたかった場所があるからそこにしようか?」 「うん」  翔がエンジンをかけて車を発進させる。その間、ずっと薫は運転する翔の横顔を眺めていた。 (寝起きの気の抜けている翔もいいけど、真剣な表情の翔もかっこいい)  そうしていると、視線に気づいた翔に「どうかしたのか」と笑いながら聞かれたので慌てて「なんでもない」と首を振る。 「ちょうど、残業で遅くなって薫に会えてよかった。それに、その代わりに明日、一日休みももらえたし」 「そうだったんだ。明日、休み一緒だね」 「あぁ。だから、今日も明日も好きなだけ付き合える」 「家のこととかはいいの?」 「全部済ませてある。後は今日受け取れなかったうなぎを受け取るだけだ」  そう言って笑う翔の顔を見ると、安堵感に包まれて表情もやわらかくなっていく。 「付き合ってくれて、ありがとう」 「俺が薫と一緒にいたいから、いいって」 「う……うん」  あまりにストレートな言葉に、顔が赤くなってしまう。それと同時に胸の奥底にある、翔に心配されたいという欲望が溢れてくる気がした。 (俺が痴漢にあったって言ったら、どんな顔するだろ) 「あのさ、実はさっき痴漢にあって……」 「……そうだったのか。辛かったな、もう大丈夫だから」  翔の手が頭に乗って来てゆっくりと撫で回される。その心地良さに思わず目を細めた。 「うん……」 「電車、乗るの怖くないか? 職場近いし、よかったらこれから毎日、送り迎えするけど」  それは願ってもない申し出だったが、さすがに甘えすぎではないかと思い躊躇してしまう。 「そこまで、甘えるのは……」 「いいって、近いし。それに、薫に甘えられるの好きだからさ」 「じゃあ……」 「決まり。明後日から送ってあげるよ」  それから、他愛のない話をして目的地に着くまでの間を過ごした。そうして話している間に痴漢にあった苦しみも、重ね合わせてしまった罪悪感も段々と薄れていく。  今まで以上に翔との距離を縮められた気がして、素直に言って良かったと息を吐きながら肩を落とす。 (駅のホームで翔と会えて良かった)  そう考えながら、翔の方に振り向いて微笑んだ。  到着した場所は山奥で、シートベルトを外して車から出ると綺麗な空気が肺に流れてくる。  周りには木々が生い茂っており、上を見ると空には星々が輝いていた。  その光景を見ていると、自分が都会にいることを忘れてしまいそうになる。 「凄い綺麗だね」 「そうだな。どうせだから、ブルーシート持っていって寝ながらゆっくり見ようか」 「いいね。そうしよう」  二人で笑い合うと、近くにある広場まで歩いていく。周りには人の気配がなく、聞こえるのは虫の声だけでとても静かだ。  しばらく進んでいくと、急に視界が開け大きな広場が現れる。そこの一番綺麗に星が見えそうなところにブルーシートを敷くと、二人して仰向けで寝っ転がった。 「綺麗だな」 「うん……。嫌なこと忘れられそう」 「そうか、よかった」  仰向けで寝っ転がった翔はそう言って、横を向いたままじっと薫を見つめる。その、視線を感じ取ると薫は顔を熱くさせながら慌てて星を見た。 「星……。見なくていいの?」 「星もいいけど、喜んでる薫の顔も見ていたい」 「だっ、ダメだって。あっ。ほら、流れ星」  誤魔化すように指をさすと、そこには一筋の流れ星が落ちていくところだった。それを見た薫は目を閉じる。  願いごとはもう既に決まっていた。 (翔と両思いになれますように)  そう、お願いをしてそっと目を開くと、目の前に翔の顔があった。 「わっ」  驚いて身体をビクッとさせるが、翔はその反応を無表情でじっと見ている。 「なにお願いしたんだ?」 「ひ、秘密」  まだ、気持ちを言う勇気がなかった薫はそのまま寝返りを打って翔に背を向ける。すると、後ろから呆れたような声が聞こえた。 「ふぅん。ところで、さっき痴漢にあったって言ってたけどさ、なにされたんだ」 「えっ……」  せっかく忘れられそうだったのに、なんで今更その話をするのだろう。  そう思うが、もしかしたらもっと優しくされるかもしれないという欲が生まれてくる。 「な、なにって。その……」 「その?」  後ろから覗き込むように顔を寄せられて、心臓がドキドキしてくる。顔が火照り始めるのを感じつつ、意を決して口を開いた。 「お、お尻触られたり……」 「どう?」 「どうって……。揉まれたり……」 「ふぅん。どうだった?」 「どうって……」  なんでそんなことを聞くのだろうと不安になって後ろを振り向くと、目と鼻の先に翔の顔があり、瞬時に身体が熱っていく。 「えっ……なに?」 「平気だから、じっとして」  翔はそう言うと、薫の尻を手のひらで柔らかく撫でてから、下からすくいあげて掴むように優しく揉み込んでいった。  さっきの痴漢とは全く違う優しい手つきに、重ね合わせたことを後悔すると同時に、なぜ翔がこんなことをするのか疑問で仕方がなかった。 「まって……なんで……っ」 「なんでって、分からないのか?」  耳元で怒りを含んだ低い声で囁かれると、背筋がゾクゾクと震える。  何をしたのか、必死で考えるが全く見当がつかない。  そんな薫の様子を不満そうに眺めながら、翔は憤りをぶつけるように手に力を込めて尻を強く掴んだ。 「あっ……。だめっ。痛い……翔」 「こんな、スパッツみたいにぴちぴちのショートパンツ履いて、柔らかそうな桃尻とちん筋見せびらかしてるから痴漢なんてされるんだぞ」 「ごめんなさい。許して」  涙目になりながら懇願するように言うが、尻を掴む力は強くなる一方で、薫はとうとう痛さに目尻から涙を流した。 「許せるわけないだろ。こんな無防備な姿なんの疑いもなく晒して。なんだ? 今日は仕事の同僚と食事したからこんなパンツ履いてるのか?」 「違う……っ。あっ」  尻を掴む力が弱まると優しく尻たぶを撫で回され、割れ目をなぞられる。  これまで感じたことのない気持ちよさに、アナルがヒクヒクとして変な声が漏れそうになり、恥ずかしくて口を押さえようとすると、その手を翔に掴まれ防止される。 「じゃあなんだ? こんなパンツ履いて一緒に食事したりしたら、相手だって勘違いするだろ。チンコだってきっと勃ってただろうな」  そんな下品な言葉を言うまでに豹変した翔に戸惑うが、そんなことよりなぜ同僚に嫉妬しているのか気になって仕方がない。 「加藤さんは妻子持ちで……、ノンケだから」 「ノンケだって分からないだろ。このパンツ俺の前以外で二度と履いたらダメだからな」  そう言って、再び尻を強く掴み上げられると痛みで目に涙が滲んでいく。  しかし、それと同時にもしかしたら嫉妬されているのだろうかという期待で、下半身がじんわりと熱くなっていき陰茎が硬くなっていく。 「わっ……分かったから……揉むのやめて」 「やめない。他にも何かされただろ? 例えば、尻にちんこ擦り付けられたりとか」 「…………」  翔には知られたくないが、誤魔化すことも出来ずに黙っていると、それを肯定と取った翔は呆れたようにため息をついた。 「されたのか?」  無言で頷くとさらに強く尻を握られ、あまりの痛みに薫は顔を歪めた。 「そりゃ、されるだろうな。こんなご馳走みたいな桃尻が目の前にあって、耐えられるやつなんていないもんな」 「翔……。どうしちゃったの?」  いつもは冷静な翔が、こんなにも感情的になるのを見るのが初めてで、動揺してしまう。 「どうしたって、薫が嫉妬させるのが悪いんだろ。あんな男のどこがいいんだよ」 「落ち着いてって。だから、加藤さんは妻子持ちでノンケで、俺も向こうもなんとも思ってないから」 「向こうはどうか、分からないだろ! もしかして、痴漢の犯人そいつだったりしてな」 「そんな……」  翔は、根拠もなく人を疑うような人間ではなかったはずだ。それなのに今は明らかに冷静さを失っているように見える。 「途中まで一緒に帰って来たんだろ? 分かれるフリして後を付けてたなんてことも、よくあるからな」 「そんな人じゃない」  同僚のことは翔より自分の方がよく分かっている。奥さんも子供のことも、とても大切にしている人だ。そんな人があんな酷いことをするとは思えなかった。 「どうだろうな。人は見かけによらずって言うし」 「でも……」  涙目になりながら反論しようとすると、なぜか翔はいきなり顔を逸らして目を瞑って深く深呼吸をしだした。  同時に尻から手が離れていく。その隙を見計らって、薫は仰向けの体勢になった。 「分かった……。薫のそういうところ好きだよ」  いきなり冷静になった翔に何があったのか心配になるが、それよりもずっと気になっていたことがあった。 「えっ……。あ、あのさ。さっきから聞き違いじゃなければ嫉妬とか、好きだとかって」  翔の顔をじっと見つめると、暗闇でも分かるほどに赤く染まっていく。 「薫は俺のこと、従兄弟としか思ってなかったんじゃなかったのか?」 「えっ!? 違う。俺はずっと前から翔のこと……」 「お、俺のこと、なんだ?」  消え入りそうな声でそうつぶやく翔の顔は、これまで見たことがないほどに真っ赤で目が潤んでいた。これはもしかして両思いなのではないかと胸が高鳴っていく。 「好きなんだけど……」  薫が真っ直ぐに見つめながらそう告げると、翔は目を見開いてからこれまで見たことがないような笑みを浮かべて、目の端から涙を流した。 「お、俺もずっと前から薫のこと好きだったんだ。両思いだったなんて嬉しい」  正面から抱きつかれて顔が近くなる。期待に揺れている瞳と目が合うと、自然と顔が近くなっていき鼓動が早くなる。 「キスしてもいいか?」 「うん」  抱きしめ返して目を瞑ると、唇に柔らかい唇が重なった。  満天の星空の下で、翔とこんなロマンティックなキスができるだなんて夢のようだ。 「今度は舌入れてしていい?」 「し、舌って」 「気持ちよくなるだけだから、心配しなくていい」  答えを待っている翔を見ると、真剣な眼差しをしていて断れなくなってしまう。  小さく頷いて了承すると、嬉しそうに微笑んだ翔の顔が近付いてきて唇を塞がれた。  舌先で唇の割れ目を突かれて反射的に唇を薄く開くと、肉厚な舌が割り込み、口内に侵入してきてあっという間に舌を絡め取られる。熱くて蕩けてしまいそうな舌で、味わうように舌全体を使って舐めたり吸われているうちに力が抜けて、快感で頭が真っ白になっていく。  絡まっていた舌が解けると、舌先で歯の裏をなぞるように舐められる。  そのくすぐったいような気持ちよさに、背筋がゾクゾクして腰が浮いてしまう。  そのまま、上顎を何回も舌先を使ってくすぐるように舐め取られると、触られてもいないのに、シャツの下で乳首がぷっくりと勃っていくのが分かった。 (どうしよう、気持ちいい)  自分の意思とは関係なく、身体が変化していく感覚に戸惑っていると、口内に溜まっている唾液を全部吸うようにじゅるじゅると舌を吸われる。  初めて味わう快楽に戸惑いながら目の端に涙を浮かべていると、唇が離れていった。 「どうした? 薫。もっとして欲しいって顔してるけど、まさか青姦したいのか?」 「あ、青姦って?」 「本当に何も知らないんだな。まぁ、無理もないか。で、青姦したいのか?」 「だから、青姦ってなに?」 「しかたない。教えてやる」 「んっ」

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