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第1話
僕は転生者だ
転生前、僕は日本という場所で高校生をしていたが、登校最中に信号無視した車にぶつけられ死んだと思う
痛みとかはなかったが、次に目を開いた時には全く知らない場所で、しかも自分の姿は高校生ではなく、一矢纏わぬ赤子の姿でとにかく混乱した
自分が転生したことに気づくのにはそう時間はいらなかったが、状況を見るにここは、元いた日本とは全く違う世界のようだった
今いる世界、アストラリス帝国は日本とは違い、中世のフランスのような国で西洋風な建物や服装、食べ物もそうだった
何から何まで元の世界とは違うが、何より1番の違いは女性、男性意外に、アルファ、ベータ、オメガと言われる性が存在することだった
簡単に説明すると
アルファとは
社会的に希少なエリート的な存在で、とくに貴族に多い性である。顔面偏差値も高く、いろんな面から強い人種である
次にベータ
これは一般的な性で、人口の約8割を占めている。貴族には少なく、主に平民に多い
最後にオメガ
男女関係なく妊娠が可能なオメガだが、アルファよりも希少で滅多に生まれることはない。だがこの世界では、子を孕むことしか脳のない卑しいものとして扱われていることが多いらしい
そんなオメガの特徴はもう一つ、アルファにうなじを咬まれると番となり、オメガはそのアルファ以外に興味を示さなくなる、というものだ
発情期に入るとオメガは体内からフェロモンを発っし、アルファを誘う
オメガのフェロモンを浴びたアルファは興奮状態に陥り、まるで獣のようにうなじに咬みついてくるのだとか
さて、このアルファ、ベータ、オメガの3種類の性があるわけだが、
あろうことか、僕はその中でも最弱最低なオメガとして生まれてきてしまったのだ
だが幸い、僕はそれほど苦しい思いはせず、むしろ他のオメガとは違いかなり優遇された生活が送れている
その理由は僕の周りで渦巻く諸々な
"事情"があるからだった
だがそれらが決して僕にとって喜ばしいことばかりではない
この世界には貴族や王、その他にも偉い人というのが存在し、その中で僕の父親の爵位は公爵という、王族に次ぐ地位という、そこそこ位のいい家系だ
そんな家系で生まれた公子や公女は貴族として恥じぬよう、幼いころから英才教育を受けるわけだが、どうも僕はそうも行かなかった
一つ目の理由として、僕の母親は正室ではない女性、いわゆる愛人だ
そんな公爵と愛人の間に生まれた僕は婚外子として他の公子とは違い、正式的に爵位や称号は与えられない
二つ目に、僕がオメガということだ
一般的に貴族のほとんどがアルファの性を受けるわけだが、時折その中でオメガが生まれることがあるという
そんなオメガは爵位を継ぐことはできず、卑しい存在として扱われるため僕は二重の苦労を背負わなければならない
だがしかし、そんなオメガだが一つだけ救いがある
それは、容姿がこの世のものではないほど美しいとされていることだ
その容姿を利用して、オメガ奴隷制度が黙認されており、散々酷いことをされることは少なくないが、それを哀れに思ったアルファと番えることもなくはない
さて、前置きは長くなったが
僕の名前はノア
ヴァロワ家で生まれた可哀想なオメガだ
そして今、僕の目の前でチェス盤を睨むこの男こそが僕の父親となる
アルノルフ・ディ・ヴァロワ公爵である
「チェックメイトだ」
「お見事ですお父様」
チェス盤を見ればノア側のチェスはアルノルフに手も足も出ないほどの完敗ぶりだった
僕がわっと手を揃えて父を賞賛するが、勝負に勝ったというのにお父様の顔は浮かないままだった
「…して、ノア。以前学園に通いたいと言っていたな」
「はい、覚えてくれていたんですね」
「そのことなんだが」
はあ、と父はため息をつき額に手を当て、いかにもまだ迷ってると言ったような素振りをみせた
学園
貴族を対象にした名門校リエルエス学園
ほとんどの貴族は9、10歳ほどでその学園に入学し、エスカレーター式で学問を学び、18歳で卒業をする
ときには生涯を共にするパートナー選びをすることも多いらしい
が、婚外子のためかオメガのためか、僕は学園どころか僕が暮らすこの離れの屋敷から外に出たことはない
他の貴族のように外で教育は受けず、その全てを離れで済ませるようにされており、父は僕から徹底的に外の世界を遮断した
つまり僕はいわゆる"箱入り"だ
父は僕を弱愛していた
それも、自身の子に向けるものではない、特別な好意として
父が血の繋がる我が子にそのような感情を抱くのは異常であるが、
なにせ僕の容姿はそんなことなどどうでも良いと思わせるほど美しく、繊細で、見るもの全てを魅了するほどだった
父はアルファで子はオメガ
そしてノアは婚外子であり、迫害を受けても当然な存在
たとえ血が繋がっていようと、これほど条件が揃っていれば言うまでもないだろう
まだ直接手を出された訳ではないが、いつその時が来るかわからない
とにかく、僕はそんな父親の好意を利用して媚を売りながらも、学園に通いたいという願いを長年訴えてきたが、その答えが今ようやく父の口から聞くことができるのだ
「…入学を許可しよう」
「本当ですか?」
僕はその言葉を聞くと、わざとらしく嬉しそうに手を合わせるが、父はそれを静止するように言った
「ただし、条件がある」
「なんですか?」
「アルファには極力関わるな。うなじを咬まれないよう首輪をつけていけ」
首輪、というとオメガがアルファからうなじを保護するために首に巻くチョーカーである
これをしていれば意図せずアルファに抱かれても、うなじを咬まれなければ番になることはないという、なんとも強引な方法ではあるが、あるのとないのとでは全く違う存在だ
「もちろんです。お父様」
「それから学園の敷地外には一切外に出るな。もしそれを破れば即退学だ。いいな?」
「…わかっています」
「よろしい。出発は来週になるからそれまでに準備しておくように。くれぐれもヴァロナ家の名に恥じぬよう精進しなさい」
「感謝します。お父様」
父は立ち上がると僕の額にそっと触れるだけのキスをすると離れから出て行った
僕はそれを見送り、父が見えなくなった瞬間、顔から笑みがスッと消える
「…キモっ」
ボソッと呟きながら僕はキスをされた額を服の袖でぐいぐいと擦る
こんな可愛い僕を監禁だなんて、ここが日本だったらとっくに捕まってるよ…
さて、改めて僕の名前はノア・ディ・ヴァロナ
日本で死んで異世界に転生してはや13年
こっちで生まれて一度も外の世界を見たことない僕だけど、それもあと1週間で終わる
もう少しだ
僕は言いようのない期待を胸に感じながら、寝室の窓から空を見上げた
空はまだ明るいままで、することもない僕は昼寝でもしようかと思った
机のチェス盤をそのままに僕は自分のベッドに寝転がると、春の日差しをたっぷり浴びたベッド体を埋め、ゆっくりと目を閉じた
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