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第22話
「お待たせしました。アラン先輩」
「いや、俺も今来たところ」
いつものように放課後はルイスと待ち合わせる
最近は特訓の成果もあり、ノアの剣術はかなり様になってきていた
とはいえ筋力や身長が足りないので、未だ実剣は持てないのだが。
「そういえば、今週末、パーティがあるのは知ってた?」
ひとしきり木剣を振った後、休憩中にルイスは徐にパーティを話題に持ち出した
そのことでノアは今日もアランとダンスの練習をしなければならないと思うと、少し憂鬱な気分になった
「ええ、まあ…毎年慣例だそうで」
「そう。そこで、ノアが良ければ俺と一緒にって思ったんだけど」
「…あっ、ええと…」
まさかこの流れで誘われると思ってなかったノアは言い淀む
歯切れの悪いノアに、ルイスは訝しげな表情をしながらも、まだ断られるとは思ってないようだ
「集まりは苦手?」
「そう、なのですが…実はもう先約がいまして」
「………誰?」
正直に言うか迷ったが、途端にルイスから異様な圧を感じて怖気付く
そんなにパーティに行きたいのだろうか
「お、お兄様と」
「君のお兄さん?彼とはそんなに仲が良いように思えなかったけど」
「第二公子様にご挨拶するから…僕もいずれ世話になるはずだから、手間がかからぬようついでに、と」
嘘はついていない
薬を貰った借りを返すためとは、口が裂けても言えない
この場にはグレンもいる
なんとか納得してもらえたらと、ノアはそんな言い訳を口にした
ルイスはしばらく不服そうにしていたが、ぎこちない態度ノアを見て今度は寂しそうな表情になる
「…そうか、じゃあ一緒に行けないんだね」
「ええ、構わず僕以外の人と行かれては」
「俺にはノアしかいないよ」
ノアはルイスには自分以外の人と、と思ったが、唐突なルイスの言葉にどきりとする
まるで告白のような言い振りだが、ルイスは友人だ
嫌な予感を察知したノアは少し不審に思うが、そんなわけないと自分に言い聞かせた
「じゃあ、他の人と行って後でノアと合流しようかな。挨拶が終わったら用はもうないだろ?」
「は、はい。それなら…」
「でもやっぱり、ノアのファーストダンスを取られるのは嫌だな」
ルイスは徐にそんなことを言うと、ああそうだ、と何か閃いた様子で、いきなり立ち上がる
そしてノアの手をそっと引くと、自身の体に引き寄せた
「よかったら、俺と一曲どうかな」
「えっ、い、今ですか!?ぼ、僕ダンスはまだ練習中で…」
「大丈夫。俺に合わせるだけでいい」
唐突なことにノアは焦るが、対してルイスはノアの手をしっかりと握っている
いきなりの急接近に遠くのグレンが肩をぴくりと揺らし、警戒気味になったのが見てとれた
だがそんなことお構いなしに、ルイスはステップを踏み始める
そしてノアは断り切れず、されるがままルイスに合わせて動き始めた
「上手だよ」
「…ぅ…」
は、恥ずかしい
ノアは緊張で心臓をバクバクと揺らしながらも、彼の足を踏まないよう懸命にステップを辿る
そんな健気なノアの姿にルイスはフッと微笑むと、さらに大きく足を踏み出した
「ターンできる?」
「…やってみます」
だがノアの動きは昨日より滑らかで落ち着きがある
グレンと練習した成果が早々に出ているようで、ノアはルイスの提案に頷いた
誰とやるかでこれほど心持が違うことに驚きだ
さらにはルイスの流れるようなサポートは一緒に踊る身としてとても心地よい
彼となら、うまくできるかもしれない
ノアは昨日と打って変わって、今だけはダンスに対して少し前向きになっていた
ノアが頷くと、ルイスはノアの体を強く引く
ノアは教わった通りにその手を軽く持ち、軌道に反るようにくるりと回ってみせた
あまりにやり易いターンに驚く最中、ノアは思わず足を止めた
「…あっ」
それほど急なターンでなかったはずだが、今日に限ってノアの髪は緩く束ねただけだった
そのため遠心力に従った髪留めが、するりと外れてしまったのだ
「ちょっと待ってください。すぐに直しますから」
「…綺麗だ」
「え…ルイス先輩?」
ノアは慌てて地面に落ちた髪留めを拾おうとするが、ルイスに強く手を握られて驚き振り向く
そこには恍惚とした表情でノアを見つめるルイスの姿があった
ノアもあっけに取られて固まってしまう
その時2人の間には一瞬だが、あまりに長い時間が流れた
ノアの艶のある髪が、光を反射する
ミルクティー色の髪は、まるで溶けるように光と共に当たりを照らした
ルイスは思わずその髪に手を伸ばす
さらりと触り心地のいい髪を撫でると、自ずと言葉を漏らしていた
「ノア。俺と一緒になろう」
「…え」
「前に話してくれたこと、ずっと考えていたんだ」
そう言ってルイスは再びノアの髪を掬う
そして手に取ったひと束の髪に、優しく口付けをした
「オメガは、希少価値が高くアルファを生み易い。だから王族に献上されることがほとんど。でも、ノアはそんなこと望んでない。この前、そう言っていたよね」
「………」
「なら…なら俺と番になってしまえばいい。一度番になれば、王族に飼い殺される心配なんてしなくて済む。…君にとっても悪い話じゃないだろう」
「…僕は…」
「ノア。俺はノアが、好きだ」
ルイスは手で髪を掻き分けると、ノアの顔に触れる
優しく、丁寧で、暖かな手のひらに、ノアは息を止める
まるで、自分の体温をその手に吸い取られているような、感覚だった
いまだ目を見開いたまま黙るノアに触れているルイスは、今度は顔から首へ手を滑らせる
そしてノアのつけているチョーカーを、カリッ、と爪で軽く引っ掻いた
途端にノアの全身の毛が逆立つ
まるで首根を掴まれ捉えられているような錯覚の中、ただノアの頭は単純に危険を察知していた
逃げなければ
限りなく本能に近い感情が、ノアの体を突き動かす
ノアはルイスの胸を押し、その腕の中から這い出た
「待ってノアっ……っ!」
「申し訳ありません。これ以上は」
それまで警戒気味に見ていたグレンだったが、ノアの異常を察知し2人の間に割って入る
ノアに対して伸ばされたルイスの手は、グレンによって止められたのだった
すかさずノアはグレンにしがみつく
日中考えていた反抗期のことなど、今となってはどうでも良い
ルイスに対して感じた恐怖に、ノアは動悸が抑えられない
あれほど慕っていた相手だと言うのに、チョーカーに触れられた瞬間、まるで彼が友人とは思えなくなった
目の前にいるのは、オメガに飢えた、凶悪なアルファだった
そうでないと分かっていても、本能が警告するのだ
このままでは、喰われてしまうと。
対してルイスから見れば、なぜノアがここまで取り乱す理由がわからなかった
ノアと自分は順調に距離を縮めていたはずだったのに、気持ちを伝えただけでここまで警戒されるものなのだろうか
何にせよ、今まで築いてきた関係が、淡く崩れてしまうことに焦りを感じたルイスの、慌てて伸ばした手は生意気にも彼の従者に止められてしまったのだ
ルイスはすかさずノアに目を向ける
先ほどまであんなに穏やかに話していたのだ
きっと恥ずかしがっているだけ、急なことに驚いて混乱しているだけだ
そう信じたかったルイスはノアの表情を見て息を詰まらせた
彼の瞳には明らかな怯えが現れていた
ルイスは一線を超えてしまったことを理解した
だが、何が引き金だったのか、全くわからなかった
「…ごめんなさい…」
ノアの様子にショックを受け固まるルイスに、ノアはそれだけ残してその場を去った
逃げゆく主人の後を追いつつも、訓練場から出る際に、あの従者はルイスを睨みつけた
まるで、ざまあみろ、と言われているようで気分が悪かった
「……クソっ」
1人残ったルイスは、当たるように側に落ちていた木剣を蹴り飛ばす
木剣は勢いのあまり宙に浮き、向かいの壁に激突して大きな音を立てた
その際、その場にいたもう1人の人物の存在に気づくことになる
「っぶね!ひーこぇー」
「…リュード…」
「そんなムキになるなって。だから言ったろ?お前じゃ無理なんだよ」
いつからそこにいたのか、ケタケタと嬉しそうに笑うリュードの姿があった
リュードの存在を知るなり、ルイスは射抜かんばかりに睨みつける
その表情は普段のルイスからは似つかない、怒りに満ちた顔だった
「わざわざ揶揄いに来たのか」
「あー面白かったなぁ。自信満々にプロポーズしたくせに、あっさり振られちまって可哀想だナァ?」
小馬鹿にするように笑いながら、リュードはルイスに近づき、肩に手を伸ばす
だがルイスはその手を振り払うと、苛立ちを隠すこともなく荒々しい足取りで訓練場から出て行った
今度はリュードが1人残される
だがリュードはどこか楽しげに体を揺らし、大層面白そうで口元には笑みが浮かんでいた
「はーん、惨めなやつ」
リュードは去り行くルイスの背中を見ながら、独り言を呟く
そしてその場で屈むと、地面に落ちていた何かを拾い上げた
それは訓練場には似つかわしくない、美しい細工が施された物
先ほどノアが落とした髪留めだった
リュードは何事もなかったかのようにその髪留めをポケットに忍ばせる
その顔には相変わらず、不吉な笑みを浮かべていた
「はっ、はぁっ、はっ」
「ノア様、深呼吸を。大丈夫です。私がお側にいますよ」
ノアは一気に走ったせいで息が上手くできなかった
動悸も凄いし、冷や汗は止まらない
やや過呼吸と言えるほど荒い呼吸を繰り返していると、側にいたグレンに抱き寄せられる
すると途端にノアは落ち着きを覚えていく
彼の心音がまるで安定剤のようにノアの心に溶け込んだ
優しく撫でてくれるグレンに絆され、ノアはついに彼の背に腕を回した
「……僕、なんてことを…」
しばらく深呼吸を繰り返せば息は落ち着いた
だが後にノアの頭には後悔が絶えず押し寄せてきた
自分はいったい、どうしてしまったのだ
ルイスがノアに対して恋情を抱いていたのは、全く知らなかったわけではい
ただ、見て見ぬふりをしていたのだ
それが嫌だったから?気づきたくなかったから?
何にせよルイスとは友人として付き合いを続けたいことは確かだった
「僕、謝りに行かなくちゃ」
「ノア様」
ノアはすぐにでもルイスに謝らなければならないと思った
せっかく思いを伝えてくれたのに、ましてや、ノアのために考えてくれたと言うのに、あろうことかノアは訳も聞かずに逃げ出した
ルイスのショックの受けた顔が脳裏に焼き付いていた
あんな顔をさせてしまったことを、謝らなければ。
だがそんなノアの体を、グレンは再び引き寄せて阻止する
行かなきゃ、離して、などと言ったが、何故だかグレンは聞いてくれなかった
常に指示には忠実なグレンが珍しく、主人の命令に背いていた
「ノア様、私は…ノア様のことを何より大切に思っております」
「グレン…?」
「ですから、ですからどうか…道を間違えないで欲しいのです。ノア様を幸せにすることが、私の御役目なのです」
グレンはまるで懇願するように、いや、言い聞かせるように呟いていた
なぜ今そんな話をするのかわからない
立ちあがろうとするノアの体を、めいいっぱい抱きしめて離そうとしなかった
グレンは、ノアがルイスと番になると思っているのだろうか
だから今、こんなに必死にノアを引き留めているのだろうか
だが確かにこの事態は、グレンからしたら大問題だろう
元々アルファとの繋がりを深めないためにグレンがいるのだ
ここまでルイスと親密になる事も、本当は望んでないはずだ
幸せだの何だの言ってはいるが結局は、父の指示を全うしているだけで、ノアの気持ちなどさほど関係ないのだろう
宥めてくれる、暖かいはずのグレンの手に、ノアは不信感を抱き始める
そして相変わらず、動悸は治らない
まるで病気にでもかかったかのように、ノアの心臓はうるさく鼓動していた
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