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第24話

ついに、パーティ当日 長いように思えて短かった期間だったが、ノアのダンスは当初よりだいぶマシになった 数曲踊るならまだしも、アランと一度だけならなんとかなるだろう パーティは夕方ごろに始まるため、ノアたちはのんびりと準備をしていた 「この髪飾りなんて、ノア様にピッタリですよ。ああ、忘れないうちにこれもつけておきましょう」 準備中はノアよりグレンが楽しみなようで、あれやこれやと事前に取り寄せていた身飾りをこれでもかとノアにくっつけた 日常でさえグレンはノアを綺麗に着飾るのだから、イベントともなればグレンはほぼ暴走しかけだ さっき付けていた耳飾りだって、チカチカギラギラ鬱陶しく、どうしても重くてたまらなかったため、グレンと口論の末やっと別のものに変えてもらえたくらいだ そんなノアの服装は白をメインに、控えめなフリルが取り繕えた正装で、タイトな印象とスラリとしたシルエットでスタイルがよく見える アクセサリーは差し色の緑がポイントらしい 一見シンプルに見えるが、言った通りグレンが髪をこれでもかと飾りつけるため、服と髪型のギャップが良いバランスとなっている 本当は目立ちたくないため、派手にすることはやめて欲しいが、いかんせん気まずい気持ちが続いているためなかなか言い出せなかった 「ですが、本当に残念です。できれば私もご一緒したいのですが…」 「………」 グレンはそう言って肩を落とす ノアは意図的にそれを隠していたので、何も言えず黙った 名目上、新入生歓迎パーティと称しているが、実際は学生達の出会いを目的としている そこに、余計な教師や監督人を入れては思うようなこともできなくなってしまう だからその日くらいは不要な大人を除いて、あれやこれやと好き勝手にやるのだ 学園側もそれを黙認しているようで、これまでも毎年このパーティは続いている それをオメガ1人に対してしきたりを破るようなことは許されなかったのだろう 流石のヴァロワ家の名を借りても、それだけは叶わなかったようだ それに、アランの監視下でならある程度は問題ないとグレンも判断したようだ グレンよりもアランの方が小言が多く面倒だが、致し方ない それに、ダンスと王子への挨拶が終わってしまえば後は自由だ 裏園だのバルコニーだので時間を潰そうと、ノアは1人でに頷いた 「すみません、お待たせしました」 「…ああ」 準備が整うとアランと合流する アランは先に待っていたようで、ノアも時間通りに来たと言うのに何故か遅れたみたいで嫌だったので一応謝っておいた アランはそんなノアの姿を見て、目を見張って固まる そこでノアもその意味に気がついた あ、ペアコーデなんだ アランもノアと同じように白を基調とし、差し色には明るい青が入っている 差し色に緑なのは何故とは思ったが、どうやらアランの瞳の色とリンクしているらしい 癪ではあるが、一応パートナーだし家族ではあるのでなんらおかしなことではない だが、アランのぎこちない反応を見るに、グレンが勝手に手配したようだ グレンはニコニコと嬉しそうにしていたが、ノアとしては複雑な気持ちだ アランの反応も微妙だし、グレンに止められそうだが、取ってしまおうか そう思ったノアは、深緑の髪飾りに手を伸ばしたが、その手を止めたのは意外にもアランだった 「待て、外さなくていい」 「でも、重いし…」 「辛くなったら後で外せ。最初くらい、着飾っておけ」 あまりに押しが強かったため、ノアは髪飾りから手を離す 正直重い痛いよりノアが恥ずかしいので外したいのだが、パーティ経験者のアランが言うなら、何か理由があるのだろうか そんなことも追々に、ずっとそこにいるわけには行かないので会場に向かった グレンは入場ができないため、途中で別れることとなったが、ノアとアランが並ぶ後ろ姿に感極まっているところを見て、これまた複雑な気持ちだった そんなこんなでパーティ会場に着く 貴族階級ごとに入る順番が決まっており、下級は上級を迎えるために早く入っているのだとか だがノアは目立ちたくなかったので、なるべく早く着いた アランの姿を見るや、下級貴族達の慌てた顔と共に入場したため、申し訳ない気持ちが少しだけあったが、許して欲しい 形式上、入場時はパートナー同士で腕を組まなければならず、ノアは嫌々ながらにアランの腕に手を置いた チラチラと他生徒の視線の中、ノアとアランは扉を潜る ダンスの練習の時より、煌びやかで華やかに飾られた会場を見て、ノアは少しばかり目を瞬かせた 「ノア」 「はい」 「その…似合っている」 「ああ、ありがとうございます。お兄様も、いつもと雰囲気が違いますね」 いつも身長差があるが、今日はノアはヒールを履いている 少しばかり近くなったノアに、周りには聞こえないくらいの小さな声量でアランは言った 珍しくアランに褒められたことに困惑しながらも、ノアも思ったことを素直に話す 普段の制服は黒いし、さらにアランはいつだってきっちりシャツを締め、分厚いローブを羽織っている どうしてもお堅い雰囲気に寄ってしまうのは仕方がない そんなアランが白に身を包まれているせいか、いつもより近寄りやすい印象で、髪もハーフアップにセットしているので、見た目だけは爽やかだ そんな彼に憎らしげに、嫌味ったらしく言ったつもりだが、アランからは思ったような反応は来なかった 不思議に思い彼の顔を見上げると、フイと顔を逸らされた 少し顔が紅潮して見えるのは、気のせいだろうか。そんなに怒ることか? それから特にやることもないため、とりあえず壁寄りの目立たないスポットを探して、時間になるまで身を隠すように佇んでいた アラン目当てに話に来る生徒も多いが、ノアと入場したためファーストダンスを申し込むのは難しいと理解しているのだろう 軽い挨拶と、他愛無い世間話を交えたらすぐに去っていった そんな様子を少し離れたところで、ノアは傍観していた 早くダンスを終わらせたいが、パーティが始まらなければどうにもできない ノアは片手に、ジュースが入ったグラスをゆらゆらと揺らしながら時間を潰した ぼちぼち人も集まってきた頃、おそらく指揮者であろう人物が高台で手を上げた それに合わせて背景で流れていた音楽が、それなりに大きくなる どうやら始まったらしい いつの間にか中央付近にいたアランがノアのことを迎えにきた 「ノア」 「…はい」 やりたくない、と渋い顔をしていたが、そうも言っていられない アランに手を引かれホールに足を踏み入れる ファーストダンスは、半ば全員参加だ だからノアたちをじっくり見る者はいないが、それでもアランの面子上、必然的に注目を集めてしまうのは仕方がなかった ゆらゆらと軽く揺れていても、視線は2人に注がれる そんな中、ノアが手を引かれて向かうのはホールの中央に近い場所だった 「…ここじゃないとダメなんですか」 「一曲だけだ。我慢してくれ」 これまた階級ごとに、貴族の配置場所はそれとなく決まっている 暗黙の了解で、人混みからぽっかりと空いたその空間で、ノアとアランは向き合った 練習では、さあ初め、と合図ができたが本番はそうではないらしい 音楽に身を委ね、軽く体を動かしてからだんだんと勢いを入れていく なかなか初心者にはタイミングが掴めず難しいことこの上無かった 「っ、すみません…」 「問題ない。力を抜いていろ」 ろくに練習していなかったダンスに、慣れないヒール まだ準備の段階だというのに、ノアは何度もアランの足を踏んだ アランは以前ならそんな些細なことに機嫌を損ねていたが、なぜだか今日はアランが怒る気配は無い それどころかノアのサポートに徹してくれて、なんとか転ばずに続けられていた 周りの視線は痛いが、これ以上恥をかきたく無いノアは、必死にアランのサポートに食らいついた 音楽の音も大きくなり、いつの間にかクライマックスといった雰囲気に変わる その時にはダンスに勢いがかかり、ノアの足はもつれにもつれまくっていた 「あと少しだ」 その言葉をどれほど待ち侘びていたか ノアは痛む足を無理に引き摺って、なんとか一曲完走することができた 「はっ…ん、はぁ…」 「少し休もう。歩けるか」 「は、はい…」 終わると同時に、ノアは荒い息を繰り返す 周りの視線が冷たいが、そんなこと気にしてられないくらいノアはバテていた アランはしばしノアが息を整えるのを待ってから、ノアを連れて歩き出す その間も靴擦れで足が痛んだが、皆が見ているためグッと唇を噛み締めた アランが向かったのは人気のない裏園で、そこには小さなガゼボがあった アランはノアを椅子に座らせると、自分はノアの足元に跪く ノアは驚いて目を見開くが、アランはそんなノアの足にそっと手を触れた どうやら、擦れたところを見てくれるらしい 優しくノアの靴を取り払うと、足の様子を確認し始めた 「痛むか?」 「……っ」 アランの問いにノアはこくこくと頷く 痛みからか恥ずかしさからか、ノアは何も言えずに顔を赤くした アランはそんなことは気にも止めず、取り出したハンカチを靴擦れの部分に押し当てた 「ガーゼと飲み物を持ってくる。ここから動くなよ」 「はい…」 応急処置を施したアランは、ノアにそう言い残して足早に戻っていく やはりノアは頷くことしかできなくて、アランの言う通り大人しくそこに待つことにした しばらくして体も心も落ち着くと、涼しい風が吹いていることに気づく ほんのり汗ばんだ体には、とても心地よかった ノアは疲労から目を瞑る 後は第二王子と挨拶するだけ 挨拶も、ほとんどアランが話すためノアの出番は無いに等しい それだけ我慢して、すぐに終わらせて帰ろう そんなことを思いながら大人しく待っているとカサ、と誰かの足跡が聞こえた 「お兄さ……ルイス先輩…」 「ノア…」 アランかと思い顔を上げるが、そこにいたのはアランではなくルイスだった ルイスもこのパーティに参加していたのだろう 正装を身に纏った彼は、キリッとした顔も相まっていつもより増してカッコよく見えた 「君のお兄さん、ご令嬢たちに捕まってたよ。しばらくかかりそうだね」 「あ…そうですか…」 「足、痛いよね。ちょっと待ってね」 「え、あっ、ありがとう、ございます」 ルイスは徐にノアの足元に跪くと、ハンカチを取り除いて、今度はしっかりとした消毒と塗り薬、ガーゼを巻いてくれた ノアはいきなりのことに慌ててお礼を言うが、本日2回目の羞恥にタジタジになる そんなノアを見てルイスは優しげに微笑んだ 処置が終わると、ルイスは何を言うでもなくノアの隣に腰掛ける ノアも拒否することなく、黙ってそれを受け入れた 「喉乾いているでしょ?はい、これ」 「あ、ありがとうございます」 そう言ってルイスが手渡してきたグラスに、ノアはゴクリと喉を鳴らす 先ほどのダンスから喉が乾いて仕方がなかった はしたないが、このまま飲み干す勢いでグラスを大きく傾けた だが、液体が喉を通った瞬間、とてつもない違和感を感じてむせてしまった 「んっ、ごほっ…これ、お酒…?」 「…ああ、ごめん。そうだよね、ノアはまだ飲まないか」 さっきまで同じ色のジュースを飲んでいたため、飲み込むまで赤ワインだと気づかなかった 喉が焼けるように熱くてしばらくむせていると、ルイスはノアの背中をトントンと優しく摩ってくれる すぐに落ち着いたが、あまりの不味さにもごもごと口を動かした 「ごめんね、うっかりしてて、新しいの持ってくるよ」 「大丈夫ですよ、一口くらい。あまり美味しくはありませんけど…」 「ふふっ、そうだよね。君には少し早かった」 ワインの味に驚愕し、鼻に皺を寄せるノアに、ルイスは小さく吹き出す 何故か用意周到だったルイスが、飲み物を間違えるという凡ミスをして、妙に人間味があって面白かった なんとも当たり前のことを今更実感して、それがまた面白くてノアも笑ってしまった おかげで幾分か空気が和らんだ 切り出すなら、今が1番のタイミングだろう 「ルイス先輩…」 「なに?」 「…あの時は、その、ごめんなさい。傷つけるような態度をしてしまって」 「ううん、いいんだ…突然あんなこと言われて驚いたろう。俺が悪かったんだ」 突然切り出したノアに、ルイスはおおらかに笑って見せた あんな風な態度を取られて、ルイスはさぞ傷ついたはずだ それでも、ノアのことを許してくれ、さらには自分が悪かったとノアを気遣ってくれる そんなルイスの優しさに、ノアはちゃんと向き合わなかった自分が対照的に見えて、余計に胸が苦しくなった 「違う、ちがくて、ルイス先輩のことは嫌いじゃないんです。優しいし、僕を気にかけてくれて、嬉しい、です」 「…そっか」 「でも、でも僕…ちがくて、ルイス先輩は悪くなくて、ただ僕が…」 「ノア」 ルイスに思っていることを伝えたいが、端折ってしまいうまくできない こんなに早く酒が回るとは思えないから、多分、シンプルに緊張しているのだろう 自分の思いを伝えるのは、なぜこうも難しいのか 慌てるノアに、ルイスは優しく微笑みながら言った 「無理して言わなくても大丈夫。たくさん悩ませてしまったんだね」 「ルイス先輩…」 そうは言うがルイスだって納得していないこともあるだろう 悩んだのはルイスも同じだし、その上でノアに気持ちを伝えてくれたのだ だったらノアも、しっかりと向き合わなければならない 数度深呼吸をして落ち着きを取り戻したノアは、ゆっくりと口を開いた 「…僕、アルファが怖いんです」 ノアの言葉をルイスは黙って聞いていた 「原因は、十中八九僕の父です。あの人はとても厳しい人でしたから」 「君のお父上…アルノルフ公爵か」 ルイスも薄々ノアの家庭環境に違和感を覚えていたのだろう 神妙な面持ちであったが、ノアが話すまであれやこれやと聞いてくることはなかった 実際、彼が思っているより複雑なのでいろいろ突っ込んで来ないことはありがたく感じる ノアが父に従順なのは、何も初めからではない 前世の記憶を持っていたノアは、父のやり方に不満を持っており、そしてそれを父にぶつけたこともあった だがそれは間違いだった 父は元から話なんて通じなくて、ノアを物としてしか見ていなかったのだ 自分の思い通りにならないことがあれば、躾と称してノアに酷いことをした それこそ虐待と言っても過言ではないあれこれを、少し間違えたというだけで日常的に強いられてきたのだ 父という恐怖を怒らせないために、ノアは彼の思い通りになるしかなかった そんな生活を10年も送ってきたのだ 1番身近にいたアルファにそんなことをされていれば、トラウマを抱くことだって何もおかしくないだろう ただし、これをルイスに事細かく伝える訳にはいかなかった だいぶ言葉を濁してそう言ったが、気の読めるルイスは自ずと察してくれたようだった 「ルイス先輩にはとても感謝しているんです。初めての、友達ですから」 「友達…」 「でも、あなたの気持ちには、応えられない…ごめんなさい」 ノアは言い切った、と肩の力を抜く これはノアなりに真剣に考えた答えだった たとえこれでルイスと友達ではなくなってしまったとしても、自分に悔いがないようにと それで、ルイスはノアを受け入れてくれるのか、それとも関係を断つのか だがルイスから返ってきた返答は、ノアの考えていた斜め上の内容だった 「そっか。でも、俺は諦める気ないよ」 「……え?」 「ノアの事情は理解したけど。だけど、それはノアを諦める理由にはならないよね」 「え、え、あの」 「話してくれてありがとう。ノアのこと知れて嬉しいよ。だから、ノアにも俺のこと知って欲しい」 あまりに急な展開にノアは困惑するが、ルイスはお構いなしに詰め言ってくる グッと距離を縮めると、ノアの手にそっと自身の手を重ねた 触れ合った手は互いに熱を持っていて、より熱くなっていく だが対照的に、ノアの思考は冷え切っていた どうしよう こんなつもりじゃなかったんだけど ノアとしては、ルイスの気持ちに応えられないなら友達として再スタートか絶交のどちらかの選択肢だと思っていたのだが、そこに現状維持という選択肢なんて到底考えてなかった つまり、ノアはこれからもルイスのアプローチに耐えなければいけないのか? まさかとは思うが、ノアがイエスと言うまで続けるつもりなのか? だとしたらすごく困る ルイスのことなら、潔く身を引いてくれると思っていたのだが、そうではないらしい どう頑張ったってルイスは友達としてしか見れない それをわかってもらいたくてわざわざ自分語りまでしたのに、何一つ伝わってないような気がしてならない というか、以前より押しが強くなっている気がする 急に態度を一変したことから、ルイスはどこか切羽詰まったような、焦っているような、そんな風に感じた ノアがそんなことを考えている間も、ルイスはノアにぴったりと密着し距離を詰めてくる わざとか何か、フェロモンの香りを一層強めて来た ぐらりと目が回り、体に力が入らなくなる 先ほど飲んだワインも相まって、フェロモンに過剰に反応しているようだ この流れ、非常にまずい気がする ルイスの顔が徐々にノアに近づいてきて慌てて身を引こうとするが、ルイスは逃さないと言うように、ガッチリとノアを抱きしめて離さない 「近い、です…」 「うん、そうだね」 ルイスの肩を力いっぱい押し返してみるが、全く効果はない その間にも彼のフェロモンはノアの鼻腔から脳を刺激する 抑制剤を飲んでいなかったら、今頃は正気じゃ無かっただろう なんとか逃げ出そうとするが顎に手を添えられ、上を向かされた その先には優しく微笑むルイスがいた 月夜に照らされたルイスの顔はとてもかっこいいのに、どこか圧を感じて怖かった 逃げ道のない状況にノアの心臓はどくどくと脈打った 焦りと、少しの恐怖が入り混じって、無意識に体が震えた このままじゃキスされてしまう そう思えるほど顔が近づいて、ノアは思わず唇を噛み締め固く目を閉じた だがいくら待てど、唇に何か当たった感触は無かった 不思議に思って目を開けると、そこには思いもよらない光景があった 「こいつを離せ」 「…早かったですね」 すぐ目の前に迫っていたルイスの顔は、ノアではなく別の人物に向いていた 見るとそこにはアランの姿があり、ノアから引き剥がすようにルイスの手首を捻り上げていた ぎりり、と音が鳴りそうなほど強く捻られ、ルイスは僅かに苦しげな表情を見せる アランの肩は軽く上下しており、おそらく急いで来てくれたのだろう ノアははたと気づくと、慌ててルイスから距離を取る 隙が生まれたルイスの腕から、身を捩り這い出るようにして拘束から逃れた ノアが離れたところで、ルイスは苛立たしげにアランの手を振り払う ノアの安全が確認できたからか、アランもそのまま手を離した 視線だけが冷ややかにルイスを睨む ルイスも負けじとアランを睨み返し、間にはまるで火花が散っているように見えるほど鋭い眼光だったと思う 「痛いな、酷いではありませんか」 「次にその汚い手でこいつに触れてみろ。今度は切り落としてやる」 ルイスはわざとらしく手首を振ってみるが、アランは気にせず低い声で言い放つ 互いに手を出すような問題は起こさないだろうが、それでもノアからしたら雰囲気は一触即発だ だが意外にもアランはルイスに目もくれず、怯えた表情のノアに手を差し伸べる 「歩けるか?」 「は、はい」 ルイスに向けられていたような敵意はすっかりなくなっていて、その変わりように驚いた ノアは慌ててアランの手に掴まり立ち上がる すると支えるように腰に手を添えられグイッと体を密着させた 存外にもルイスの時のような嫌な感じはしない ノアのための行動とわかっているからだろうか だがその様子を、ルイスは射るように睨みつける その目線からはぞわぞわと悪寒が走り、ノアとしても一刻も早くこの場からいなくなりたかった ノアの気持ちを察してか、アランはノアの足を庇いながらもすぐにその場から歩き出した ノアも必死に彼についていく だが、最後にルイスに声をかけられてつい、振り向いてしまった 「ノア」 「………」 「またね」 そう言ってルイスは、アランに掴まれた手とは反対の手をひらひらと振る 何気ない別れの挨拶だ だが、ノアは違和感に気づいてしまう 口は笑っているのに、目にはこれでもかと憎悪が籠っていた 恐ろしく細められたその目から、ノアは慌てて視線を逸らす アランも気を良くしなかったのか、そこからは大股で急ぎ去った 会場内に入ればルイスの視線が感じなくなりホッと息を吐く 代わりにガヤガヤと雑音が多いが、今のノアにはそれくらいがちょうど良かった 「あの…ありがとうございました」 「…もうすぐ第二王子が到着する。挨拶が済んだら、すぐ帰る」 ノアの勘違いかもしれないが、あの時、急いでノアに駆けてくれたような気がして、一応お礼を言った アランはその言葉に返事をすることなく、また顔をそむけてしまった 「あっ、もう大丈夫です」 「いい。このままでいろ」 ノアはハッとして慌ててアランから離れようとするが、アランはそれを拒んで、ノアの腰に回す手を強めた ノアの怪我はすでに処置済みであるが、それを見てアランは苦々しそうに顔を歪めた 痛みは消えたわけではないためありがたいが、こうも密着していると視線が集まる ただ先ほどルイスのフェロモンを浴びてから目眩がする 支えなしで立っていられるのかと聞かれるとそうではないため、ノアは顔を伏せながらもアランの言葉に甘えることにした そういえば、会場内は開始時より大いに盛り上がっていた 皆酒を飲んで浮かれているというのもあるだろうが、1番は第二王子が到着するという噂を聞きつけて、令嬢たちが気合を入れているんだろう とはいえ王子は学園に到着しても色々準備が重なり、会場に現れるのはもう少し後だろう 気持ちの整理がてら、ノアはアランから受け取った、今度は中身がジュースであることを確認したグラスに口をつける 結局先ほどは喉を潤すことができなかったので、とても美味しく感じた アランは気を利かせてノアを設置されたソファに座らせる パーティ内のいろんな食べ物をちまちまと運んではノアに手渡してくるため、なんだかノアがこき使っているようでいたたまれない ひとしきり飲み食いが終わると、アランはようやっとノアの隣に腰掛けた 「今日、お前をこれに連れて来たのは、示しをつけるためだった」 「示し?」 「お前は角の立つ態度ばかり取るせいで、低脳に目をつけられやすい。だから、俺のパートナーとして連れることで、蔑ろにすることがないよう圧をかけたつもりだった」 さらりと悪口を言われノアはムッとするが、正直、アランがそこまで考えてくれているとは思っていなかった 日頃のことといい、今回のことといい、面倒見はいい奴なんだなと少し感心してしまう 「だが、忠告も聞かずにお前に手を出す馬鹿もいる。お前自身ももっと警戒した方がいい」 そう言うアランは遠い目をしていて、彼は先ほどのことを示唆しているんだと察する いつもならまた小言ばかり、なんて思っていただろうが、ノアは何も言えなかった 先ほどのルイスは、いつにもないほど強引で、それでいて圧が強かった 普段の姿からは想像できないほどの変わり様に、やはりアランの言っていたことを真っ向から否定できなくなってしまった 今回ばかりはノアも、アランの言葉に頷く他なかった と、そんなことをしていると、周りのざわつきが大きくなる どうやら第二王子がこちらに到着したようだ 皆一斉に入り口に群がると、待っていましたと言わんばかりに大きな拍手を送っていた ノアはそれを傍観していたが、座っていては不敬になってしまうのでアランと共に立ち上がる 同時にさらりとアランはノアを引き寄せるが、気づかないほど自然な動作だった そしてノアは入り口に目を向ける 思えばこの国の王太子を見たことがないと気づき、物珍しさに目を見張った 重いドアがゆっくりと開かれる 「第二王子様のご到着です」 さて、王子はどんな姿形をしているのか ただ、それっぽっちの興味本位で見ていただけだった それを、こんなにも後悔するとは思わなかったのだ 「…っ!」 鮮やかな歓声の中から現れたのは、艶のある黒髪を揺らす人物 彫刻のように整った顔立ちは、人混みの中でも自然と視線を集める ノアはその姿を見て、まるで時が止まったかのように感じた ノアが彼を見る理由は単純だった 彼の周りには人が大勢集まり、誰よりも存在感があるのだから それなら、彼からノアを見つけるのは? 普通はありえない ノアと第二王子は初対面で、全く認識もない だとすれば、今 彼と目が合っているのはなぜだ なぜ彼は、ノアを見つめているのだ そしてなぜ、彼から目が離せないのか 大衆の音は消え、ノアの頭の中は無音になる ぶわりと体が粟立ち、ひたりと汗が吹き出す 脈打つ鼓動は大きくなってやがて耳鳴りのように頭に響いた 体が、歓喜している 彼に会えたことを、まるで待ち侘びていたかのように ああ、ダメだ 飲み込まれてしまう そう思ったノアは脱兎の如く、その場から身を翻した 「…ノア?」 ノアの名を呼ぶアランが目端に映ったが、今は気にしていられなかった 不思議と足の痛みは感じない 逃げろ、と頭に響く警告音にただ従った くそ、くそ なんで僕ばっか、僕ばっかりこんな思いをしなくちゃならないんだ 「…はっ…ぅ…は…」 前なんてろくに見えないほど視界が回った 回って、いろんなところにぶつかって、ついには倒れてしまって 体が熱い、熱い。 それでも逃げなければいけなくて ここがどこかもわからないのに、体を這ってでもひたすらに逃げなければならなくて 「…ア…っ……ノア…」 誰かの声がして、腕を捕まれる 離して、逃げなきゃ そんなことを言った気がしたが、自分でもわからないほど混乱していた 捕まれた腕が焼けるように熱い 足の感覚も無くなって、もはや立ってすらいられなくなったノアを誰かが支えた 追いつかれる 奴の匂いがどんどん近づいてくる 必死にもがいても離してもらえず、依然として腕は掴まれたまま だからノアは衝動的に歯を剥き出した ガリッと、音と共に口内に鉄の味が広がって、自分が誰かに噛みついたと気づく まるで狼に捕まった兎のように、手段を選ばず暴れまくった だが突然パッと風景が変わる さっきまで濃厚に感じていた、奴の匂いも薄れて、幾分か視界も見えるようになった 「ノアっ!ノアっしっかりしろっ!」 「…あっ…くぅ、はぁ…」 やっとノアは目の前の人物がアランだと気づく アランの肩も上下しており、額には汗が滲んでいた ノアは視線をゆっくりと動かす 広く豪華な作りをしたこの部屋は、かつて一度訪れたアランの部屋だということに気づいた どうやら取り乱したノアを追いかけて、咄嗟に転移魔法でここに連れてきたんだろう 奴からの脅威も去り、グレンに知られていないと安心したのも束の間、ノアの体の昂りはまだ収まっていなかった 「あつ…あついぃ…んんっ」 思考がクリアになった分、体の異変がダイレクトに伝わってきて余計に辛くなる ノアは拙い頭でこれがヒートなんだと理解する 震える手でなんとか懐に手を伸ばすと、抑制剤を取り出した 「くす、くすりをっ」 「っ!馬鹿っ!そんなに一気に、ノア!!」 ノアは箱をジャカジャカと乱暴に振り、手に出た数粒を一気に口に放り入れた 慌てた様子のアランが咄嗟にノアから抑制剤を取り上げる そのせいか勢い余って薬は床にバラバラと散らばった だがノアは止まらなかった アランの手を振り払い、床に散らばった抑制剤も掻き集めた 声を上げたアランに制止され、飲み込むことはなかったが、ノアは再び取り乱してしまった 「やっ、やだっ…いやだぁ」 「落ち着け、大丈夫だ、落ち着け…」 アランは床にへたり込むノアを抱き上げると、自身のベッドに座る アランに横抱きにされ、膝の上に座る形は、普段のノアならありえない体制だろうが、今のノアは混乱していて暴れかねないので仕方がない ノアは可哀想なほど震えていて、譫言のように熱い、嫌だと繰り返す 即効性とはいえ薬が効くにはまだ時間がかかる それまでノアはこの苦痛に耐えなければならなかった ノアは今までと見る影もなく弱っている アランはただ、見ているだけではいられなかった 「あっ、あぅ、やだぁ…」 「わかってる、大丈夫だ」 アランはノアが纏っているシャツのボタンをゆっくりと外す シャツはノアの汗を吸い、しっとりと濡れていた 外気に触れたノアの肌はぶるりと震えた ノアは嫌だと身じろぐが、そのままにしておくこともできなかったアランは、子供をあやすように柔らかな口調で言った ノアがその言葉を聞いているのかはわからないが、少し大人しくなったように思える アランはそれを良いことに、ノアの胸で主張する、小さな突起に触れた 「はぁあっ、んくっ…ぁあっ」 「出せば少し楽になる…すまない、ノア」 アランは突起を悪戯に弄り始める 刺激を受けノアは体をくねらせた 普段のノアからは想像もつかないほどの淫らな様子に、アランは目が逸らさなかった ゴクリと、自分の喉の音でアランは首を横に振る 頭の中で浮かんだ恐ろしい考えを、アランはグッと押し殺した 「下も触るぞ…いいな?」 「ふぁ、んぅっ、ぅあっ!」 そう言ってアランはノアの昂りに手を添えた それだけの刺激だけでノアの体は、強い刺激にのけ反った ビクビクと震える肩を、アランは落とすまいと自身に引き寄せる ノアは快楽に耐えるように、アランの腕に爪を食い込ませた 「あっ、あっ、んくっ…いや、いやぁ」 「大丈夫だ、楽にするだけだ」 「たすけ…んっ、たすけ、てっ、あつぃ…」 「ノア、ノア俺だ、わかるか?出せば楽になる…すまない、ノア」 本人はまともに返事もできないのに、アランは律儀にノアに謝り続けた 今の状況もノアは理解しているかすら怪しいが、アランはそれでもノアに小さく語りかけ続けた 大丈夫、すぐに良くなる そんな声がノアの頭で反芻して、何度も何度も語りかけてきた なんでもいいからなんとかしてくれ こんな気分、気持ち悪くて吐きそうだ 自分の意思とは関係なく快楽を拾う体に、ノアは頭の隅で毒づく ひっきりなしに自分の口から出る卑猥な声が心底嫌で、だが耳を塞ぐこともままならず、羞恥で涙が止まらなかった そんなノアを他所に、アランは徐にノアの項をチョーカー越しに撫でた ノアの体が一層強く跳ね、心の底からそれを求めて強請る だが、ノアの体はほんの少し否定の色を見せた ノアの口から、勝手に出たものだった 「ああっ、ちが、ちがうぅっ!あの人のっ、あの人がっ…!」 「わかってる、すぐに良くなる、何も考えるな」 ノアは咄嗟にそんなことを口走って、はたと気づくと唇を結んだ 体が勝手に、奴を求めている それは酷く耐え難く、自分で自分を裏切ったような気分だった こんな、こんな惨めなの、あんまりだ ぼんやりと浮かぶのはそんな思いばかり ただ感じるのは与えられる強い刺激と、どこからともなく香ってくる仄かな匂い ルイスのように鋭い匂いでもなく、奴のように焼きつくような甘い香りではない 落ち着くような、爽やかな優しい香りだった そして時々、ぐるぐる、くんくんと意味不明な音が耳元で聞こえてくる 頭の弱くなったノアは、その音がアランの腹の音だと思い込んでいた お兄様お腹空いてるの? お願いだから、僕は食べないでね 今になって思えば馬鹿なことを考えていたものだ それくらいノアの判断力は鈍っていた 「はあっ、あっ、んああっ」 「もう少しだ、ノア…」 一方アランの手はノアのものを握って優しく上下に動き、反対の手はチョーカーの隙間に手を入れて、ノアの項を指先で撫で続けた 曝け出た胸の突起に、アランか控えめに口付ける たったそれだけの刺激が、今のノアには毒薬だ ガクガクと足を揺らし、薄い腹を上下させるノアに、アランは追い討ちのように手を早めた ノアにとってはこれが初めての経験だ 絶頂に至るまで、そう時間はかからなかった 「はぅっ、あっ、んぁあ!————-っ!!」 ビクビクっと身を震わせ、ノアは欲を吐き出した アランの腕に強く爪を立てたが、ノアはそんなこと気にしてはいられなかった 全て出し終わると、ノアの体から力が抜ける 先ほどの苦しさはどこへ行ったのか、ノアの体からむず痒さは消え、思考もぼんやりとだが、幾分かマシになった だが同時に、ノアはとてつもない眠気に襲われて、耐えることなく目を閉じた 抑制剤の副作用だった すぐにノアの意識は夢に落ちる ぐったりと眠るノアを、アランは起こさないよう丁寧にベッドに沈めた ノアの目は開くことなく、小さく身じろぐ 初めてのヒートで体力はすでに限界のはずだ アランはノアが休めるように髪飾りを取り衣服を緩める だが紅潮した顔に解けた髪、乱れた衣服とは、想像以上に艶めかしい情景だった アランとて、淫らな義弟に何も思わなかったわけではない ただアランは、ノアがそれを望まないから、という理由だけで己を律していた ふと自分の腕に気を向ける その腕にはノアが乱心して噛みついた歯形と、血が滲むほど強く立てられた爪の跡がしっかりと残っている それはノアが必死に抵抗した証 アランはこの小さなオメガを、本能のままに押さえつけることもできたはずだ そうしなかったのは、それはノアが望む結果ではないということだけ それだけだ だがそうは思いつつ、アランもかなりギリギリ理性を保っていたに過ぎない 現に今も主張している自身を収めるために、必死に理性を取り繕っていた こんなのに構っている暇なんてない まずはノアが風邪を引かないよう、汗を拭いてやらなければ それからグレンにどう誤魔化すか、第二王子をどう躱すか そんなことに考えを馳せていなければ、アランはとっくにノアに食らいついていただろう 先ほど自分の喉から出た獣の声に、アラン自身も驚愕した 今だってあの忌々しい首輪を取り払って、思うがままに噛み付いてしまいたいと、無意識にそう思ってしまった 弟に欲情する兄 今まで否定し続けていたが、こんなザマじゃ今更、言い訳など思いつかなかった

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